第389話 マーサ2、宇宙船収納


 マーサというか宇宙船の大切な荷物と思われる結構大型のコンテナを収納し、宇宙船を後にした。マーサ自身の荷物はこれといってなかったようだ。


 そうはいっても、これから俺たちの屋敷で寝泊まりするとは思っていないだろうから、またここに荷物を取りに戻ってくることになると思う。


 宇宙船はここに置きっぱなしになってしまうのが心配だ。収納してしまううほうが安全だ。この程度の大きさなら何も問題なく収納できる。


 宇宙船を出す場所に困るが、とりあえずここに戻って一時的に出せばいいだろう。


『スカイ・レイ』に向かって歩きながら、マーサに、


「マーサ」


 そういって俺に注意を向けさせ、後ろの宇宙船に向けて両腕を広げて、それから、ズボンのポケットに入れるしぐさをしてやった。


 これでおそらく俺の意図は理解はできたんじゃないだろうか?


 マーサがじっと俺の顔を見ているのは、やはり意味が伝わっていないようだ。


「アスカ、この宇宙船をこの際だから収納していた方がいいと思わないか?」


「中に本当に生物がいなければ問題ないでしょうし、いたとすればマーサがこれまでに何か行動していたはずですから大丈夫ではないでしょうか? 収納時に人などがいた場合、空中から落下しますが、高いところからの落下なら二、三人なら私が地面に衝突する前に受け止めることもできると思います。低いところからの落下なら、少々ケガをしても万能薬で何とかなるでしょうからそちらも問題ないでしょう」


「どうもマーサが俺のジェスチャーを理解していないんだよな」


「やはりあの大きさのものが収納できてしまうということをマーサには想像できないからだと思います」


「さっきのコンテナも仕舞っているわけだし、やっちゃうか?」


「いいんじゃないでしょうか」


「最後に、もう一度だけマーサに確認してみる」


 今度は、先ほど食事した石のテーブルを指さして、


「シュウノウ」と声を出して収納した。


 そのあと、「ハイシュツ」と声を出して、そのテーブルを目の前に出してやった。


 マーサが、


「スウノウ」「ハイスツ」などと口の中でつぶやいている。


 そして、また宇宙船に向けて両腕を広げて見せ、くちだけ「シュウノウ」と言ってみる。


 そしたら、マーサは大きく目を見開いて俺をみた。ようやく理解してくれたようだ。


 アスカは落下者があった場合の対応のためすでに宇宙船の近くに立っている。


 よし。


「収納!」


 宇宙船が目の前から消え、窪んだ地面に入り江から海水が流れ込み始めた。幸い生物は宇宙船内にはいなかったようで、何も上空から降ってくるのもはなかった。


 宇宙船が目の前からなくなったマーサはじっと宇宙船のあった窪みを見つめていたが、そのうち再起動した。



『スカイ・レイ』に乗り込み、珍しそうに艇内を眺めるマーサを乗客席に座らせ、アスカは操縦席、俺が副操縦席に座り、すぐに『スカイ・レイ』は発進した。


 前面がキャノピーとなった操縦席にそれらしいレバー類がたくさんあったので、ここが家の中ではなく、何かの機械の中なのだということは理解していたようだが、垂直に上昇を続けるレトロな物体には心底驚いているようだった。巨大宇宙船を作れる宇宙文明人からすれば、恐怖すら感じさせる乗物かもしれない。


 一度アスカは島の上空で『スカイ・レイ』を旋回させて周囲の景色をマーサに見せた後、王都を目指した。


 20分弱で屋敷の南の草原くさはらに着陸した『スカイ・レイ』から降り立ち、屋敷に向かうのだが、草原にはエメルダさんたちを運んで戻ってきたシルバーたちが日差しが強くなっている中、呑気のんきに草を食べながら日向ひなたぼっこをしていた。


 二頭の馬を見たマーサはよほど驚いたようだ。馬のいない世界から来れば驚くと思う。


『スカイ・レイ』は整備する必要がないのでそのまま収納してしまい、俺たちはシルバーたちに見とれるマーサをかして、屋敷に入って行った。



 玄関に入ると、壁の脇に巨大な置き時計。マーサには用途不明の謎の機械に見えると思うが、これこそ、アデレート王国の最新技術の結晶なのだ。


 俺から見てもレトロだよね。いや、レトロというより骨董品こっとうひんかもしれないな。買った時の値段もそれなりだったけれど、もう百何も経てば相当な価値がでるんじゃないか?


 玄関に入ったところで、ハウゼンさんがやって来たので、今日からマーサがとりあえずうちの一員になることを告げておいた。部屋は昨日エメルダさんたちが使った客室の隣ということになった。


 マーサはなにも衣服持っていないことをハウゼンさんに言ったら、


「それでしたら、ミラを買い物にやりましょう。下着以外は古着になりますので、明日にでも、仕立て屋を屋敷に呼びましょうか?」


「そうですね。ちゃんとした服があって悪い物じゃないし、それでお願いします」


 そういうことになった。何も衣服を持たない人間がいきなりやって来ても驚かないのはさすがはハウゼンさんだ。最近、いろんな人間を連れてきているので今さら驚きはしないのだろう。


 もうすぐ昼食だが、俺はアスカとマーサと先ほど口に入れているので今のところあまり食欲はなかったが、マーサをみんなに紹介しなければいけない。


「マスター、昼食まで少し時間がありますから、早速ですがマーサの語学学習を始めましょう」


「そうだな。アスカの部屋でするのか?」


「何冊か簡単な本もありますから、居間でいいと思います」


 女子たちの好むあんまり変な本が散らばってないことを祈って、


「それなら、俺も一緒に居間に行こう」



 マーサを居間のソファーに座らせ、さっそくアスカによる語学授業が始まった。


 最初は、アスカが部屋にある物を指さしながら、名まえを言っていく。それをマーサが聞き取って発音する。その繰り返しだが、マーサは恐ろしいことに習ったことは一度で覚えてしまうらしい。その記憶力が俺にもほしいぞ。


 たどたどしかった発音も安定してきた。それと一緒に、マーサも自分たちの固有名詞の発音を、ここの言葉になるべく近い発音で話せるようになった。



 二人の勉強の邪魔になるかもと思って黙っていたのだが、少し休憩気味になったところでアスカに、


「俺に最初やったようにマーサの記憶を読み込めばアスカはマーサの言葉を話せるようになるんじゃないか?」


「おそらく可能でしょうが、記憶の取得に成功しようが失敗しようが、マスターからあの時取得した記憶データを消去してからの読み込みになりますので、それはしたくありません」


 そう言ってもらうと、何だか嬉しいような、不思議な気もちになってしまった。


 確かに俺もアスカとの記憶をちょっとでも無くすのは嫌な気がするものな。


「アスカ、ありがと」


 そう言っておいた。マーサはもちろん俺たちの会話の意味は分からなかったと思うが、確信はない。




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