第388話 マーサ


 宇宙船はここにこのまま置いておくより収納しておいた方がいいのだろうが、所有者のマーサの了承りょうしょうを得てからでないとマズい。


 一応食事も終えたところで、これからどうしようかと思いアスカと相談することに。マーサは俺たちの会話はいまのところ理解できないため、黙って俺たちの話しているのを見ている。


「アスカ、宇宙船の中を勝手に見て回るわけにもいかないし、どうする?」


「そうですね。おそらく、この宇宙船は何らかの理由で正常着陸できずやむなく不時着したのでしょうから、簡単には飛び立てないと思います。本人が同意すれば、マーサを取りあえず屋敷に連れ帰って、言葉の練習をしていきましょう。言葉が通じあえれば、この星にたどり着いた経緯なども聞き出せるでしょうから、そこから本人の希望などを聞いてやればいいでしょう」


「それじゃあ、屋敷に帰るか?」


「そうしましょう。マスターは、『スカイ・レイ』を出してください」


 発着場の真ん中に『スカイ・レイ』を出してやったら、マーサもさすがに驚いたようだ。


 飛空艇『スカイ・レイ』も男のロマンではあるが、後ろの巨大宇宙船と見比べてみると、どうしてもレトロ感バリバリの前近代的なオブジェに見えてしまう。そこは今は考えないことにしよう。


 一度『スカイ・レイ』のタラップを降ろして、中に入るしぐさをマーサに見せてやったのだが、マーサにとって初めて見る得体のしれないフォルムの物体。


 俺のジェスチャーでは全く意図を理解できなかったか、マーサにポカンとした顔をされてしまった。


 人が中に入れるということは理解できたと思うが、それが空を飛ぶものとは想像できないだろうな。


 よくて俺とアスカの簡易住居とでも思ったか。まあ、これに乗ってマーサを屋敷に連れ帰ろうというのだから、そう思ってくれても実際大差ないのだが。


 俺とアスカが『スカイ・レイ』にマーサを誘うようなしぐさを何度かして見せたのだが、中に入ってこようとしない。本人は何度か宇宙船の方に意味ありげに目を向けている。


「宇宙船から離れたくないのかな?」


「何か荷物を持っていきたいのかもしれません。一度、マーサを宇宙船に連れていきましょう」


 また、張り出しのところに移動したらすんなりついてきたので、やはり宇宙船の中に用があったようだ。


 張り出し部分に梯子はしごくらいくらいあればよいものを。というか、そもそもこんな大きな宇宙船は地上に着陸することなど考えて作られているとは思えない。着陸するなら連絡艇とか呼ばれる小型の宇宙船だろう。そういったものを使わずこの地表に強行着陸だか不時着したということは、それなりの理由があったに違いない。


 アスカなら張り出しまで簡単に飛び上がって登れるが、俺だとアスカに引っ張り上げてもらわないと上れない。むろんマーサもそうだ。


 と思っていたら、アスカが飛び乗った後、俺より先にマーサも張り出しの上に飛び乗ってしまった。アスカが髪の毛で引っ張り上げたわけではないらしい。


 なら俺も。と思って上を見たら、俺の身体能力ではやはり無理そうなので無難にアスカに髪の毛で吊り上げてもらった。マーサには俺以上の身体能力があったようだ。



 船内に戻ったマーサの後について操縦室にいったん入った。


 最初の時には意識しなかったが、三つの机の上には赤い色のスイッチのようなものがいろいろ並んでいるほか、机上のパネルなどもほとんどの表示が赤色だった。どう見てもあまりいい表示ではない。


 マーサは自分の座っていた席に座って、机の上の赤い模様の並んだモニターを見ながらスイッチやキーボードのようなものを操作してしていたが、いきなり立ち上がって、操縦室から飛び出して宇宙船の後方に駆けて行った。



 通路の突き当りで、一度立ち止まって、マーサが右手をかざしたら、扉が開いてその先に進むことができた。


 突き当りの先は通路ではなく、用途不明の機器が並んだ部屋で、さらにその先に進んで、次の部屋に出た。



 その部屋の室温はかなり低くおそらく10度くらい。さすがの俺も今は薄着だしそれなりに寒く感じる。


 その部屋の中には、映画などで見る銀行の大金庫の扉のような重そうで厳重な扉が4つ並んでいた。その4つの扉の横にはそれぞれ操作パネルらしきものがついていて、それらの表示は全て赤くなっていた。


 マーサはそれを見て、その場に崩れ落ちてしまった。


 どういった理由なのかはわからないが、赤い不吉な色の表示。不時着のショックか何かで扉の中の大切なものが壊れてしまったのかもしれない。


 並んだ操作パネルをよく見れば、一つだけ、表示は赤いもののゆっくり点滅している。


 わからないが、点滅中の物はまだ壊れていないのではないだろうか?


「アスカ、赤い表示が点いたままの物はマズそうだけれど、一つだけ点滅中の扉の先は、まだ大丈夫なんじゃないか? 俺が中身を収納してやったらとりあえず何とかならないか?」


「何が入っているのか分かりませんが、マスターの収納庫の中で時間が止まっているあいだは悪くならないでしょうし、その間に対策を立てることもできます。マーサに提案してみましょう。収納を説明するため、マスターはマーサの目の前で、何か物を出し入れしてください。空中に何か取り出して、すぐに収納して、また同じ場所に排出するのを繰り返せば、収納中に時間が止まることがマーサに伝わると思います」


 なるほど、俺がうなずくと、アスカが、泣き崩れていたマーサに声をかけた。


「マーサ」


 マーサが顔を上げたところで、俺がアスカに言われたようにこぶし大の石を何度も収納に出し入れして見せてやった。


 反応は、きょとんとした顔だけ。


 これでは理解できないか?


 そうだ!


 今度は、小枝を収納から取り出して、指先ファイヤーで火をつけた。


 それをマーサの目の前の床の上に出してやったら、火が消えて細く煙が立ち上った。


 じっとその煙を見ているマーサ。


 今度は、枝ととともに煙まで一緒に収納してやった。俺もこんなことができるとは思っていなかったが、意外と簡単にできてしまった。


 そして同じ場所に煙と枝を出してやった。煙は収納前と全く同じ形だ。


 はっ、とした顔をしたマーサが俺の顔を見た。


 俺がうなずいてやったら、マーサは点滅していたパネルに駆け寄り、何やら操作したところ、重そうな扉が開いて中から強烈な冷気が漏れてきた。


 扉の先は特大冷蔵庫だったようだ。中を覗くと、かなり大きな銀色のコンテナが一個設置されていた。マーサが俺を見てうなずいたので、俺はそれを収納した。


 室温が相当下がったので、すぐにマーサはパネルを操作して扉を閉じた。操作パネルの赤い表示はなくなっていた。


 涙でかなり汚れてしまった顔のマーサが俺とアスカに向かって頭を下げてほほ笑んでくれた。


 マーサに俺はタオルを渡してやったら、笑顔で受け取って顔の涙をぬぐっていた。


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