第375話 悪乗り(わるのり)


 第2陣のみんなは武器以外ほとんど荷物を持っていないように見えたので、食べ物が何もないようなら串焼きを持っていってもらおうとハンナさんに食事のことを聞いてみた。


「そういえば、みなさん食事はどうしています?」


「昼は持参した携帯食料で済ませましたが、料理人たちも帝宮内で見つけましたので、厨房もまもなく稼働すると思います」



 そういった話をしていたら、一群の男女が橋を渡ってきた。肉を求めている人たちの列に並ぶわけでなくこちらのほうに整然と歩いてくる。ざっと数えて20名ほど。着ている服装は、われわれを囲んでいた首都警備隊の連中とほぼ同じだった。


「われわれは、旧帝国軍の兵士です。これまで地下に潜伏せんぷくしていましたが、帝宮が新皇帝陛下により解放されたと聞きここにやってきました」


 首都警備隊も旧軍の装備を使っていたのだろうから、同じような服装にはなるよな。ただ、ここに来た連中、帝都の行政官をしていたという3人と違い血色は良さそうだ。


 ハンナさんがやってきた連中に向かって一歩前に出て、


「それはありがたい。

 とはいっても、スパイがまぎれ込んでいると厄介やっかいだから、確認をしなくてはならない。

 失礼だが、貴殿らの旧所属部隊名とおのおのの官姓名かんせいめいをお教え願いたい。その際に部隊に割り振られた符丁ふちょうを言ってもらえるかな?」


 さすがはハンナさん、帝国には何やらこういった時の手順のようなものがあったようだ。すでにハンナさんの左手は左の腰に下げた長剣のさやの根元に添えられて、右手と剣の握りとの距離は幾ばくも無い。いつでも剣を抜ける体勢だと見て取れた。


 ハンナさんにそう言われた最初の男の人が目をきょろっきょろしてしている。どう見てもあやしい。というか、誰が見ても怪しい。


 今のところミニマップ上の表示は赤くはないので手は出さないが、アスカもこの連中を無表情で見ていることからも、ちゃんと警戒していることは分かる。


「最初の方から、お願いします」


 もう一度、ハンナさんがうながしたところで、ミニマップ上の表示が一気に赤くなり、それと同時にやってきた全員が腰に下げていた武器を手にして構えをとろうとした。ハンナさんも同時に腰の長剣を抜き放つ。


 俺はというと、連中が武器を構えようとしたところで、連中の隠し持つ武器まで含めて全ての武器を収納してやった。


 構えようとしたはずの武器が無くなって驚いたもののすぐに別の武器を抜きだそうと自分の体をまさぐるが何もない。


 わずかの間に、先頭の男の首筋にハンナさんの長剣の切っ先が添えられている。ハンナさんが剣を止めずに振り切っていたら、そのまま首がはねられたかもしれないが、大した運動神経だ。


 人数はいるがさすがに素手で長剣を構えたハンナさんに襲い掛かってくるような者はいなかった。


「ショウタ殿かたじけない」


 ハンナさんには今の武装解除が俺の仕業しわざだと分かったようだ。


「アスカ、テープを渡すからこいつらを拘束してくれ」


「はいマスター」


 俺自身はたから見れば落ち着いているように見えるかもしれないが、ハンナさんがいなかったら、ミニマップだけを頼りにこの連中を味方と判断して、帝宮の中に入れてたところだった。ラッキー。


 アスカが砂虫テープで、なりすまし連中の手を縛っていく。自分の両手が何かの力で勝手に動き、空中に舞うテープが自分のその手を縛っていくわけだから、ビックリしただろう。


「ハンナさん。この連中、このあたりに転がしておくならアスカに頼んで足も縛ってもらいますがどうします?」


「ここに転がしておいては邪魔でしょうし、また似たような連中が来た時警戒するでしょうから、私が帝宮内の一室を使った収容室まで連行します」


 そこで、普段はうちの連中にしか話しかけることのないアスカが珍しくハンナさんに、


「ハンナさん?」


「はい、どうしました?」


「セントラルからの飛行中、ワイバーンを見ませんでしたか? 騎士団の飛空艇だと巡航速度が300キロなので、セントラルから1時間半くらい西に飛んだ時、北の空に何かいませんでしたか?」


 何の話かと思ったのだが、何の脈絡もない話をアスカが唐突に始めてしまった。 


「そういえば、北の空にゴマ粒のようなものが何個か見えました」


 ハンナさんも何の話かと思ったはずだか、無視はできないのでちゃんとアスカのイミフの質問に答えてくれたようだ。


「おそらく、それはワイバーンだと思います。そのうち退治する必要があるので、ワイバーンをおびき寄せるエサに、この連中を使えば一石二鳥です。

 マスターの収納には生きたエサは入らないので、当然殺すことになります。あまりここで出血させず、現地で首でも落として血をバラまけば、ワイバーンも匂いに釣られるでしょう。

 尋問するにしても、この人数は多すぎでしょうし、エサとして半分くらい残していただけませんか? エサは血をあまり流さず殺したいので、延髄えんずいを切り取って活き〆にしてみましょう」


 そう言ったアスカが左右のブラックブレードを抜き放ち、


「まず、最初の男からいきます。ハンナさんもよく見ていてください。こつは、ためらいなく刃物を振るうことです。こんな感じに」


 ここで、アスカが最初の男に向かって右手にプラックブレードを振り上げた。男は震えながら目をつむっている。


「ア、アスカ殿、ここで切り刻んでしまうと子どもたちも近くで見ていることですし殺すのは止めませんか?」


「残念ですが、確かに子どもに見せるものでもありませんね。それでは連行お願いします。尋問等で何もしゃべらないようでしたら無価値ですのでここに連れてきてください。有効利用します」


 そう言ってアスカは手に持ったブラックブレードを鞘に納めた。


 ここまで来ると、ハンナさんもアスカの言いたいことを理解したようで、


「はい、無価値な人間の有効活用ですね。

 今思い出しましたが、モンスターのエサにするには柔らかい肉がいいそうです。そういった肉をどういうふうにして作るかというと、エサとなる動物をなるべく苦痛を与えて殺すそうです。エサが苦しめば苦しむほど、おいしくなるそうで、それで余裕のあるモンスターはエサをいたぶって殺すそうです」


 この話は何だか本当のように聞こえたな。この連中も選ばれてここに来たのだろうから、ちゃんと協力的な態度を示さないとひどい目にあうことくらい分かっているだろう。何人か膝を震わせ始めたよ。


「なるほど。普通に殺したエサと苦しめながら殺したエサ、どちらが食いつきがいいか実験したいので、ぜひとも四、五人連れてきてください」


 もはや、アスカも悪乗りだ。


 あまり、拷問的なことを話していると、先日のでき事を思い出してしまうので、おふざけはこのくらいにしておいたほうがいいだろう。


 結局、捕まった連中は、ハンナさんにき立てられながらもおとなしく帝宮の中に入っていった。



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