第376話 皇帝の帰還


 どれほどの尋問じんもん効果があるかわからないが、アスカとハンナさんが新しく捕まえた連中をビビらせた。まさかそんなことはないだろうが、実際、無用な捕虜ほりょだと言ってここに連れてこられても困るのだが。


 そんなコントを肉を求める連中と、串焼きを食べにきている子どもたちの前で演じていたが、アスカも俺も作業だけはちゃんと続けていた。


 そのうち、持参した布袋に木炭を入れて持っていく人も現れ始めた。かなりいい加減な炭だけれど作っていてよかった。



 長時間作業を続けながら、気が向いたら串焼きを食べたりしていたら日が暮れてきた。


 いちど、ハンナさんがやって来て食事をここに届けようかと聞いてきたのだが、串焼きで十分だったのでそれは断っておいた。


 夜が更けていき、子どもたちも顔を出さなくなり、肉を求める人の数もだいぶ減って来た。そろそろ店じまいをしてもいいと思い、


「アスカ、ある程度肉を山積みにしておけば明日までもつだろう。いったん砂虫の輪切りの方は仕舞っておくか」


 アスカが20センチの角切りを机の上にいっぱいに山にしたところで、残った輪切りと火のついたままのバーベキューコンロは収納しておいた。


「少し休むから、後はアスカ、頼んだ」


 俺は前回と同じく毛布を重ね、その上に寝転がって朝まで寝ることにした。この世界、いままでいろんなところで夜空を眺めたけれど、どこの夜空も星が無数に見える。



 翌朝。


 明るくなってきたので、早めに起きだしたところ、すでに肉を求めて人が集まっていた。腰の辺りや首のあたりが少し硬くなってしまったが、軽く体を動かしていたら、調子は戻ってきた。


 テーブルの上の肉はまだだいぶ残っていた。10時には第3陣がやって来るはずなので、それまでの作業だ。先に昨日の砂虫の輪切りの残りを取り出して、


「アスカ、おはよう。ご苦労さん」


「マスター、おはようございます。夜間取りたてて変わったことはありませんでした」


 変わったことがあれば起こされたはずだから、実際何事もなかったのだろう。


 収納していた濡れタオルをアスカにも渡して顔を拭き、さっぱりしたところで、またバーベキューコンロを取り出して、串焼きを作っていく。



 無心になって作業を続けていたら、帝宮の中から、騎士団総長のギリガンさんとハンナさん、それにあと6名ほどのギリガンさんの部下がやってきた。軽くお互い会釈をした。そろそろ、第3陣が到着する時刻なのだろう。


 東の空をみんなで見ていたのだが、なかなか飛空艇が現れない。


「アスカ、今何時だ?」


「10時15分になります」


「何かあったかな?」


「15分程度は、風向きなどでも簡単に到着時間はずれますから。……、マスター、飛空艇が到着したようです」


 東の空に小さく飛空艇が見えた。それが上空までやって来て降下を始める。庭の中央部分を俺が占有しているので、バーベキューがらみの物品と、砂虫の輪切りは収納しておいた。肉を乗せた机の方も、飛空艇の噴気で飛ばされてはマズいので、一応肉を求めに来た人たちにことわってから肉ごと収納しておいた。木炭も同様だ。



 飛空艇の噴気音が大きくなり噴気が感じられはじめ、そのあとすぐに飛空艇は着陸した。いったん後ろに下がっていた人たちも間近に着陸した飛空艇を見守っている。


 飛空艇の後ろのタラップが下ろされ、最初に出てきたのは、正装をしたアリシア陛下だった。赤いマントでもひるがえしてもらえばカッコいいと思うのだが、この季節ではさすがにマントはないようだった。


 その後に冒険者ギルドのバツーさん、そして、バルゴール帝国の軍人に見える人たちが続いた。最後の方の人は軍人には見えなかったので文官か何かなのだろう。飛空艇は搭乗していた人を降ろすとすぐにタラップを仕舞い上昇して飛び去っていった。まさにピストン輸送だ。



 肉を求めて帝宮までやって来て、いったん後ろに下がっていた300人ほどの人たちが、アリシア陛下を認めたとたん、どよめきが起こった。ザワザワとする人たちの中から、誰か一人が、


「皇帝バンザイ!」「パルゴール帝国バンザイ!」と叫んだ。


 その声に続いて、何人もの人が「皇帝バンザイ!」「アリシア陛下バンザイ!」


 そのあとは、バンザイの連呼になった。ちゃんと、昨日の三人は帝都内で新皇帝のことを宣伝してくれていたようだ。


 こうなると、アリシアさんもみんなの前で何か一言必要になる。


 アリシアさんが、バンザイを連呼する人たちの方に向かって進んだところで新皇帝の言葉を聞こうとバンザイも止んだ。


 そこで、アリシアさんが、


「ありがとう。わたしが新たにパルゴール帝国の皇帝として立ったアリシア・パルゴールだ。

 いままでみなに苦労を掛けた。これからまだしばらくは苦労が続くと思うが明るい未来はもう見えている。帝国は不滅だ」


 そこからまた、バンザイの連呼が始まった。


 アリシアさんはその中できびすを返し、俺の方にやってきた。


「ショウタ殿、ありがとう」


 そう言ってくれた。


 アリシアさんたちはそのまま帝宮の中に入って行ったが、ハンナさんだけが残り、


「ショウタ殿、おそらくこれで帝国の再建は地方も含め軌道に乗っていくでしょう。ありがとうございました。今年中には、ここハムネアで改めて陛下の戴冠式たいかんしきが行われると思います」


 まだ、帝都内には防衛隊の連中も残っているし帝都の完全奪還も終わってはいないが、なんとか一連のクーデター騒動も収拾の目途が立ったようだ。


 それは結構なことなのだが、帝宮でのバンザイが帝都内にも響き渡ったのか、どんどん堀にかかった橋を渡って、人が集まり始めてしまった。帝宮前の広場がいくら広いといっても、前半分まえはんぶんに入れる人の数は2000人くらいなので、人が橋の先にもどんどん増えて行った。その人々が、バンザイを連呼する。



 クーデターが起きたほどの皇室なのだが、国民にはしたわれていたということなのだろう。それに輪をかけてクーデター政権の統治が悪かったこともあるか。なにはともあれ、アリシアさんの人気が上々なことは喜ぶべきことだ。これからの帝国の運営にもかなりプラスに働くだろう。


 砂虫の肉がこの夏空の下、どの程度日持ひもちするのか分からないが、今回の砂虫の輪切りのほか、もう一つ転圧用に使った砂虫の輪切りを出しておいた。一週間ぐらいは多分大丈夫だろう。



 さて、そろそろ、俺たちもおいとまするとしよう。


 ハンナさんにあとはよろしくと別れを告げ、広場の隅の方に『スカイ・レイ』を排出し、すぐに乗り込んだ。



「『スカイ・レイ』発進!」


「『スカイ・レイ』発進します」





[あとがき]

一連のハムネア騒動編はこれで終了です。


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