第374話 店開き


 俺とアスカで、帝宮前の広場で店開きをしてからだいぶ時間が経った。


 ふと視線を感じて広場の隅の方を見ると、肉を受け取る列に並ぶわけでもなく、20人ほどの子どもたちが遠巻きにテーブルの上の肉の方を見ていた。上は10歳くらい、下は5歳くらいだろうか。


 着ている服は貫頭衣かんとういか貫頭衣に毛の生えたようなもので、汚れてもいるしあまり上等な服ではない。そういえば、孤児奴隷の制度のあるアデレード王国では街中などに孤児などはいないが、あれはあの国だけの制度と聞いたことがある。


 もしも、あの子どもたちが浮浪児だったら自分たちで肉を焼くのもままならないだろう。


 肉の配給はアスカに任せておけば問題ないので、俺は以前用意したバーベキュー用具を収納庫から取り出して、砂虫の肉で串焼きを作ることにした。


 バーベキューコンロの中に、先ほど作った木炭でなく、バーベキュー用に用意していた上等な木炭を敷き、小枝や葉っぱの炭を足してそこに指先ファイヤーで火をつけた。


 アスカのマルチタスク能力を当てにして、まっすぐな木を少し乾燥させたものを収納から取り出し、


「アスカ、ご苦労だけど、この木で串焼き用の串を作って、それに砂虫の肉を適当に突き刺してくれるか?」


「了解しました」


 最低でも、今の髪の毛の本数分のマルチタスクが可能なアスカさん。


 瞬く間に、木串の山ができ上り、アスカが髪の毛を使ってその串に適当な大きさに切った肉を通していく。


 でき上がった串が金網の上に並べられたところで、俺が塩コショウをふり、串をひっ繰り返しながら焼き上がるのを待つ。


 肉を求めている人たちの目の前で、肉の突き刺さった串が宙を飛び交っているわけで、相当人目を引いているのだが、みんな気にしないことにしているようでちゃんと列に並んでテーブルの上から肉を受け取っていく。


 もう血の臭いも硝煙しょうえんの臭いもわからなくなったけれど、少し前まで吹っ飛んだ手足が転がっていた場所の近くで肉を焼いているのだから俺もたいがいのものだ。慣れとは恐ろしい。


 バーベキューコンロは炭火全体に火が回ると火力がかなり強い。その分焼き上がりは早いが焦がさないよう早めに裏返したりとこまめに様子を見る必要がある。


 ずらっと並んだ串焼きの串をひっくり返しながら、最初に焼けた串焼きを手に取ってちょっとだけ試食。転圧てんあつ用に転がしてくたびれてしまった輪切りだったおかげか、心持ち肉が以前食べた時と比べ柔らかいような気がする。塩コショウもいい塩梅あんばいだ。実際かなりうまい。シャーリーの学校で開かれたバザーで屋台やたいを出店した経験がこんなところでかされるとはな。


 うちの応接室にあった長机は全部収納庫から出して肉置き場として使っているので、台になりそうな石を取り出し、その上に大皿を置いて、焼き上った串焼きを積み重ねていく。



「おーい、そこの子どもたちー、串焼きができたから、食べにこーい」


 一度大きな声で、呼んでやったのだが、周りの顔をお互いに見合ってなかなかこっちに来ない。


「おいしいぞー。アスカにも一本」


「ありがとうございます」


 そう言って、アスカと一緒に子どもたちの方に向いて串焼きを食べてみせる。一歩二歩と子どもたちがこちらに近づいて、最後には、


「ワー!」


 競争になった。子どもは遠慮する必要なんかないからな。


「どんどん食べていいけれどゆっくり食べないと喉に詰まるぞ。おなかいっぱいになったら街に戻って、腹を空かせているような子がいたらここを教えてやってくれ」


 水も出してやりたかったが、あいにくコップの数が足りない。そこは我慢してもらうか。


 いくらおなかいていても、やはり子どもではそんなに食べられないようで、大きな子でもひとり二本も食べればお腹いっぱいになるようだ。


「あんまり欲張ってもらっても困るが、一本くらい持っていってもいいからな」


 そう言ってやったら、お腹いっぱいになった子どもたちから順に串焼きを一本持って帰っていった。どこに帰っていったのかはわからないが、いらぬ詮索せんさくをしても俺にできることはここまでなので気にしないでおこう。


 まさに偽善だけどな。誰かに迷惑をかけるわけでもないし、それでも別にいいんじゃないか? 


 その後も、数人からなる子どもたちのグループが入れ代わり立ち代わりやってきた。



「アスカ、肉の方は今までにどれくらいの人に配った?」


「いまのところ、4000人くらいです」


「押し合いへし合いしていないところは感心するよな。ここで混乱したら簡単には収拾つかないものな」


「混乱すれば結果的に自分たちが損することを知っているのでしょう。それに、何人かの人が自発的に列を乱さないようみんなを誘導してくれているので間違いはないようです」


「それも含めてラッキーだった」


「そうですね」


 なんだか、またアスカが笑ったような気がしたが? なにか言いたかったのかな?



 それなりに忙しく、帝宮前の広場でバタバタしていたところ、捕虜ほりょと騎士団のみんなを連れて帝宮の中に入っていったハンナさんが帝宮の中から戻ってきた。


「外の様子を見に来たのですが、えーと、この状況は?」


 ハンナさんは並んだ長机の前に列を作って並ぶ群衆とまだそれほど小さくはなっていない砂虫の輪切りに驚いたようだ。


「街の人たちが食糧不足だということを聞いていたもので、持っていた肉を提供しているところです。それで、今焼いているのは、身寄りのないような子どもたちがいたので、同じ肉で串焼きを焼いて配っているところです。ハンナさんもどうです? 結構いけますよ」


「は、はい。いただきます」


 手渡した串焼きを一口食べたハンナさんが、


「おいしい」


「でしょう」


「あれが、この肉ですか?」


「以前捕まえた砂虫の胴体を輪切りにしたものです。見た目はああですが食べてみればそこそこ食べられますよ。私自身はそこまで好きではなかったんですが、今日食べてみたらそれなりにおいしかったです。それに私の知っている連中は以前おいしいと言って食べてました」


「あの輪切りの大きさからすると元の大きさは?」


「これは、全長で250メートルくらいだったかな?」


「そ、そうなんですね。信じてはいましたが、たった二人での帝宮奪還といい、アデレート王国のAランクの冒険者は私の想像を超えているようです。しかも、他国の住民へ肉の配給まで。ええと、あの黒い小山は炭? 炭までも」


「ハハハ、たまたま、たまたまですよ。そうそう、みなさんが帝宮に入ってから帝都の行政官をしていたという人が三人ほどやってきました。地下組織を作ってクーデター政権に対抗しようとしてたらしいです。それで、帝宮が新皇帝によって解放されたことを触れ回ることと、残存兵への投降呼びかけを頼んでおきました。そのほかにはかわったことは特にはありません」


「そこまでしていただいたのですか。ありがとうございます。アデレードの騎士団の方たちは、帝宮に残っていたクーデター側の兵士たちの拘束を終え、兵士以外の使用人たちに対して帝宮内の片付けなどを指示しています。帝宮内が片付けば、帝都内で募兵を開始する予定です」


 襲撃そのものは簡単だったけれど、あと始末はそれなりに大変なようだ。それでも着々と前に進んでいるみたいなのでさすがというべきか。


 いずれにせよ、こちら側の人数がまだまだ少なすぎる。騎士団の飛空艇が今後何往復するのか分からないが、自国での仕事もあるだろうからそう何度も往復できないだろう。帝都内での募兵は早めに必要だろう。



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