第373話 収納操作、脱水


 アスカと暇つぶしで駄弁だべっていたら、ちらほら住民と思しき人たちが、つりばしを渡って、きょろきょろしながら、俺たちの方にやってきた。


「肉をもらえると聞いてやって来たんですが、ここでいいんでしょうか?」


「ここでいいんで、少し待っててください」


 後ろにある砂虫の輪切りは傍から見れば謎オブジェだし、何かそれと分かるようにしとけばよかった。何かないかな?


 先日のダンス教室の時に応接室の机と椅子を片付たままで収納庫の中にまだそのままだった。


 中に入っていた長机を全部取り出して並べてやった。もちろん、やって来た人は驚いていたが、それは無視して、


「アスカ、机の上に砂虫の肉を適当に切ってそれを並べてくれるか?」


「はい。マスター」


 机の上に一辺20センチくらいの肉塊が並べられ積み上げられていく。


 後ろに続く人にも聞こえるように、


「取り敢えず、一人一塊ひとかたまりでお願いしまーす」


「本当にいいんですか?」


「もちろんです」


「ありがとうございます」


 その人は持参したトレーの上に砂虫の肉を一塊り乗せて帰っていった。一塊りは20センチ角に切り出した肉の塊なので8キロ近い重さがある。その人はかなり重そうにトレーを両手で持っていた。


 先例があると、次からはハードルが一気に下がるようで、どんどん肉を求める人が増えていき、アスカがどんどん肉を補充していった。


 火を使ってはいないので厳密には炊き出しとは言えないけれども、ここも被災地のようなものだし、何となくいいことをしている気になれる。


 帝都内では肉を焼くための燃料も不足しているだろうが、燃料になりそうなものとしては、収納の中にあるのは鉄道工事で切り取った灌木だけだ。量だけは山のようにあるが、なにせ生木なまきなので、あまりよく燃えないだろうし煙も相当出そうだ。それでもいいなら提供してもいいんだが。


 待てよ。収納庫の中でドラゴンの血を抜くことができたのだし、木の中の水分といったら動物に例えれば血のようなものだろうから、生木の中から水気みずけを抜けるんじゃないか? 


 以前生木の半分は水だと聞いたことがある。完全に水分を抜き去ってしまうと、木ではない変なものができ上りそうなので、1割程度の水気は残しておいた方がダジャレではないが、いいがする。




 さっそくやってみよう。


 砂虫の肉を置いているテーブルの前は今では黒山の人だかりとなっている。救いは、ちゃんと列を作って並んでいるところか。ありがたいことに数人の世話役的な人が街の人を誘導してくれているようだ。


 そのテーブルの上に、アスカがせっせと、砂虫の肉を補充している。そっちはアスカに任せ、俺は目をつむって自分の収納庫に意識を集中させ、生木から水分を抜き出そうとしている。


 収納庫の中の一本の灌木に意識を集中して、ドラゴンから血を抜いたときの感覚を思い出しながら、水分の分離・・を試みる。


『うううーん』


『ううううーん』


 きた! これだ!


 水分が分離できた。今の灌木は4メートルほどの長さのある細目の生木だったが、8から9割の水を抜いたところ、多いのか少ないのかは分からないが、水の量は20リットルほどだった。


 このくらい水分が無くなれば、まきになるはずだが、どんなものか一応試してみるか。


 前の方に排出するとアスカの邪魔になるので、後ろの方、庁舎の方に今の水分を抜いた木を排出して、俺の『なんちゃってエアカッター』で枝を払ってやった。『なんちゃってエアカッター』では生木だろうと乾燥した木だろうと簡単に切れてしまい違いは分からないが、枝が石畳の上に落ちた時の音はカサカサした音だったので、うまく乾燥しているような気がする。


 枝や葉は今は邪魔なので収納し、残った幹を輪切りにした後、輪切りを縦に何等分かにしてまきを作った。先ほど収納した乾燥した葉っぱを取り出し少し盛って、その上に薪を組んでやって指先ファイヤーで葉っぱに火を点けた。


 うすく煙が上がっただけで葉っぱの山全体に火が回って、薪にもすぐに火が点き燃え上がった。


 いいんじゃね。


 明るい日差しの中で燃え上がった炎の下、炭化しながら燃えている薪を見ていたらひらめいた!


 木の中から完全に水分、H2Oを抜き取ってやれば炭になるんじゃないか? 売り物になるほどの叩けば金属音がするような高品質の木炭はできないだろうが、燃料と考えるならそこそこの物ができるような気がする。



 よーし、やって見よ。


 今回も目をつむって集中する。一本の灌木を選び、先ほどと同じ感覚で水分を抜き取っていく。そして、さらにもう一段。


 できたんじゃないか?


 収納庫の中で完全に脱水した灌木を石畳の上に横向きに排出した。


 茶色になった葉や黒くなった枝が、石畳にあたり砕けていく。少し上から落っこちたため、幹の部分まで砕けてしまった。幹の部分の色は茶色を帯びた黒。よくみると表面に何やら真っ黒いぬめっとしたものが付いている。売り物ではないしここらは我慢してもらおう。


 直接石畳に触れたわけでもない枝葉も大半が落下の衝撃で折れて落ちてしまった。炭はできたようだが、扱いがやや難しい。


 割れた破片を手に取って観察すると、細かい孔、『す』が入っている。これだと火力は上がると思うが長持ちする炭ではなさそうだ。しかし、これはどうしようもないんじゃないか。ゆっくりじっくり脱水してやればもう少し質の良い炭も作れるかもしれないが、今は量が欲しいので、このままでいいだろう。


 先に切断して炭にするよりも炭にしてから切断するほうが作る側から言って楽だな。形はいびつになるけれども、枝や葉も一緒に炭にできる。今作った炭は落とせば砕けるし、小さくなりすぎた炭も何かですくえば使えるし。


 それじゃあ、そういうことで。今度は一気にまとめて木炭を作るぞ。


 おおよそ1000本の灌木から一気に水分を抜き取っていき、さらにH2Oを意識して水分をもう一段階抜いてやる。


 うまくいったようだ。



 できあがった炭を塀のあったあたりに積んでおいてやった。下の方には粉々になった木炭だが、少し上になればちゃんとした炭の山だ。


「マスター、この夏空の下で焚火たきびを始めたと思っていたら、木炭を作っていたのですね」


 どうもアスカのヤツ言い方にとげがあるよな。


「最初は薪を作ろうと思ったんだけど、どうせなら木炭の方が肉を焼くにはいいかなと思ってな」


「見たところ、木材から水を強制的に抜いたようですね」


「そういうことだ」


「さすがはマスター」


 フフフ。アスカくん、きみのマスターは実は有能なのだよ。




 勝手に持っていってはまずいと思っているかもしれないから、ここで肉を求めている人たちには、いちおう伝えておいた方がいいな、


「そこの木炭も必要なら持っていってください。あまり高級なすみではありませんが、肉を焼く程度なら問題ないでしょう」


 集まった人たちは、木炭が急に現れたことには驚いていたようだが、まだ誰も木炭を持っていくものはいなかった。今は肉が優先だろうから仕方がないか。




 俺たちが炊き出しもどきを初めてかなりの人が砂虫の肉を持っていった。明日の朝までここにいるのは面倒だと思っていたのだが、それまでは、こうやって店開みせびらきしていられるので、結果的に良かったようだ。



 アスカが肉を補充しながら、


「ところで、マスター」


「なんだ?」


「木材から水を抜いたということですが、今は収納庫の中の生木から水を抜いたわけですよね?」


「そうだな」


「たとえば、普通の野外に生えている立木などからも水が抜けるんでしょうか?」


「やってみないと分からないけれど、おそらくできそうだな」


「だとすると、生きているモンスターから、魔石だけでなく、血を含めて、水分を抜き取ることができませんか?」


 言われてみれば魔石が抜けた以上そういったものも抜き取ることができそうな気がする。モンスター相手には魔石奪取で十分だが、そういった攻撃も、ちょっとグロくなるが可能と思う。


「アスカの言うようなことは、おそらく可能と思う」


「マスター」


「自分でも、怖いくらいだ」


「その自覚がマスターにある以上問題はありません」


「そうだな。ありがとう」





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