第368話 中央庁舎襲撃


 とりあえず俺の準備は整った。『スカイ・レイ』の整備も終わっているし、アスカはいつでも準備万端なので、これでいつ作戦の決行指示がアリシアさんから来ても大丈夫。


 そう思っていたら、間をおかず作戦決行は三日後に決まったと連絡があった。細かい打合せのため、俺とアスカはアリシアさんの屋敷に一度出向いて会議を行っている。会議の席で先日のアリシア邸の襲撃犯はパルゴールのクーデター政権が送り込んだ刺客だったということを聞いた。


 そのあと、王都警備隊からも連絡があり、やはりうちを襲撃した賊もクーデター政権が送り込んだ刺客の一人だったようで、俺とアスカを狙って屋敷に報復にやって来たと自白したらしい。



 作戦は、


 当日明け方、俺とアスカが今は中央庁舎と呼ばれている旧帝宮に殴り込みをかけ、クーデター側の主要人物たちを拘束する。基本的にはそれだけだ。


 俺たちの成否にかかわらず、アデレート王国騎士団の飛空艇が午前10時に中央庁舎に降下し占拠要員を降ろす予定になっている。俺たちの成否にかかわらずとは言っていたが、会議に出ていた面々の誰もが俺たちは難なく成功すると思っているようだった。ちょっと怖いが、まあ、アスカがいる以上何とかなるだろう。


 騎士団の飛空艇は人員を降ろせばすぐに折り返し、もう一度人員を運んで、翌日午前10時ごろ到着するそうなので、そこまで俺とアスカは帝宮で待機していくことになる。騎士団の飛空艇はその後も何度か往復して人員と物資を輸送するそうだ。



 作戦決行前日午後6時。


 冒険者学校の方は助手4名に任せて、すでにペラには屋敷の方に帰ってきてもらっている。



 見送りのみんなを後に、俺とアスカが『スカイ・レイ』に搭乗。西日に向かって『スカイ・レイ』は飛び立った。行き先は、2500キロほど西方のパルゴールの首都ハムネアである。


 ……


 途中何事もなく10時間の飛行の後、『スカイ・レイ』はハムネア上空に到着した。後方、東の空はだいぶ白み始めており夜明けは近い。


 今回は、いわゆる夜明け前の奇襲作戦であるため、『スカイ・レイ』を中央庁舎前の広場に直接降下、着陸させ俺とアスカは迅速に中央庁舎に突入するつもりだ。


 中央庁舎内の見取り図も簡単なものはアリシアさんと打合せした時にいただいているので、だいたい主要人物たちが寝泊まりしている部屋などは把握している。


 襲撃途上で投降した連中がいれば、砂虫テープで手足を縛って拘束するするつもりなので、それなりの量の砂虫テープも用意済みだ。



「マスター、中央庁舎上空に到達しました、これより『スカイ・レイ』降下します」


「了解。……、うん? アスカちょっと待て!」


 副操縦士席から身を乗り出して下の様子を見ていたので気付かなかったのだが、ミニマップを見ると下の中央庁舎の辺りに多数の赤い点が見え、しかもその数が多くなってきている。


 前回のソニアさんを救出し帝都から脱出する際『スカイ・レイ』の姿が多数に目撃されたはずなので、そこから襲撃者は俺たちだと割り出して、空からまた俺たちがやって来ると警戒を続けていたに違いない。


「アスカ、待ち伏せされているようだが、強行着陸はマズくないか?」


「魔術師のファイヤーボールを数発受けたところで『スカイ・レイ』がどうにかなるとは思えませんが、危険を冒す必要はありません。もう少し高度を下げて中央庁舎の上空を、攻撃を回避しながら旋回します。マスターは適当に瞬発爆弾を敵の中で爆発させてください」


「了解。ばら撒いてみる」


「それでは降下再開します。ファイヤーボールの射程は200メートルもありませんからその辺りで旋回します」


「高度800、750、……、300、250、200。降下停止し旋回始めます」


 下の方から確かに火球が何個も打ち上げられているが、『スカイ・レイ』の高度まで到達するものはないようだ。火球はファイヤーボールなのだろうが爆発することもなくむなしく空中に消えていく。


「それでは、爆撃を開始する」


「マスター、大丈夫ですか?」


「大丈夫。腹はくくっている」


 赤い点の多そうなところで、一発爆弾を爆発させれば少なくとも10名は四肢を吹き飛ばされて死傷するだろう。そこで死傷する兵隊は命令に従っただけなのかもしれないが、俺や俺の仲間に手を出そうとした側に立っていたことが不運だったと諦めてくれ。


 ミニマップをよくみると、中央庁舎の前にある広場のようなところに赤い点が集まっている。そこに目がけて、


「排出!」「排出!」、……。


 10発ほど瞬発爆弾を送り込んだところ、ミニマップ上の赤い点がいっきに減った。動いていない点は死傷して戦力外になった者で、動いている点も赤くなければ戦意をなくして逃げ回っている者なのだろう。


 それでも依然、火球は下から打ち上げられていたので、さらに、


「排出!」、……。


 5発ほど瞬発爆弾を送り込んで様子を見たところ、打ち上げられる火球は無くなったようだ。


「アスカ、降下してもよさそうだ」


「了解。『スカイ・レイ』降下再開します。着陸脚展開開始!」


 着陸脚が伸びるカタカタ音が魔導加速器の噴気音と一緒に足元から聞こえて来る。


 降下中ざっと見たところ、爆撃の結果、中央庁舎の建物で大きく破損したところはないようだ。よほど丈夫な建物の作りなのだろう。


 降下は続き、着陸脚が石畳の上に接地したコトンという音とわずかな振動が伝わってきた。魔導加速器も停止したようだ。


 すぐに後ろのタラップ兼出入り口を開く。アスカに剣帯とブラックブレード二本をすぐに渡してやり、そのアスカが先に出て俺が後に続く。攻撃は今のところ受けていない。


 振り返って『スカイ・レイ』を収納して、だいぶ明るくなってきた空の元、あたりを確認すると、爆発で発生したやや青みを帯びた硝煙しょうえん砂埃すなぼこりで、もやもやして見通しは悪い。ミニマップでは近くに赤い点は見えない。


 足元の石畳の石には亀裂が入り、ところどころ破損はしていたが、石畳の石が分厚いものだったのか、浮き上がって下の地面が見えているということはなかった。それでも石畳はだいぶ傷んでいるので、中央庁舎もかなり傷んでいる可能性があるが、こればかりは仕方がない。


 周りからうめき声やら何やらが、硝煙と血の臭いの中から聞こえてくる。石畳の上には血だまりや手足がちぎれて吹き飛んだ死体も、ちぎれ飛んだ手足もかなりの数が転がっていて、そういった諸々もろもろからはいまだに血が流れ出ていた。


 心のどこかで、こういった生々しい惨状さんじょうがゲームのように起こらなければいいと思っていたようだが、これですっかり目が覚めた。


「敵は待ち構えていたようですので、敵の中枢部はどこか別のところに移動している可能性があります」


「そうかといって、どこをどう探せばいいのかも分からないし、時間はあるから計画通り庁舎の中をめぼしいところから探していこう」



 正面の石段を上がった先に中央庁舎の巨大な金属製の扉があった。瞬発爆弾の爆発で蝶番ちょうつがいが数カ所壊れたようで、扉は斜めに半開きになっている。ミニマップを見ると扉の向こうに赤い点がちらほら見えるので、アスカに先に立ってもらって、扉はそのまま収納してやった。


 いきなり扉が無くなってしまったが、敵の動きは鈍い。


 脅しの意味もかねて、扉の先の適当な場所で瞬発爆弾を二発ほど爆発させたところ、赤い点はなくなり黄色い点が何点か逃げ散って行った。建物の中は照明が消されたのか、今の爆発で消えてしまったのかは分からないが、外からだと薄暗くて中の様子はよくは見えなかった。


 アスカは『スカイ・レイ』から降りた時から、二本のブラックブレードを鞘から抜いて、その切っ先をいつものように斜め下に向けて歩いている。ブラックブレードの威圧効果を期待してのことだが、そんなことには関係なく、敵は逃げ散ってしまったようだ。


 扉の先は前回侵入した玄関ホールだった。先ほどの爆発で、壁の高いところに並んでいた天窓てんまどがほとんど吹き飛んで、そこから明るくなってきた空が爆弾の硝煙とホコリの向こうに見えた。




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