第362話 セントラルへ


 セントラルへの飛行を初めてしばらく経ったが、全く食欲はない。


「アスカは朝食、何か食べるか?」


「いえ、私も結構です」


 艇内も少し臭うし、窓でも開けて換気をしたいところだが当然キャノピーは全てごろしだし、たとえ開くことができたとしても、時速250キロでの飛行中に窓を開ければえらいことになる。帰り着くまで我慢するより仕方ない。もうしばらくすればこの臭いに順応じゅんのうしてしまうだろうから感じなくなることを期待しよう。


「アスカ、魔石の交換は大丈夫かな?」


「やはり、途中で一度着陸して交換した方が無難でしょう」


 こうなっては急いでも仕方ないし、安全第一だものな。


 ハムネアから飛び立って一時間ほどしたところで、ソニアさんがもぞもぞ動き始めた。そろそろ目覚めるのだろう。顔色はすでに健常者けんじょうしゃのそれだ。


 急激に体が回復した影響で、空腹を感じている可能性もある。こういった場合すぐに食事を与えて良いものかと迷うが、使ったのが『エリクシール』だから、そういった心配は無用だと思いなおした。


「う、ううっ。……? 光が、目が、目が見える……、

 ここは?」


「ソニアさん、お久しぶりと言っていいのか分かりませんが、アデレード王国の冒険者、ショウタです。それで、ここは私の飛空艇『スカイ・レイ』の中で、いま『スカイ・レイ』はアデレードのセントラルに向かっています」


「あの時の、ショウタ殿か、そこにいるのはアスカ殿。私は二人に助け出されたのか? 二人ともありがとう。新政府と称する連中に人質を取られ不覚にも捕まってしまい、拷問を受けてこのまま死んでしまうのかと思いながら意識を失ってしまった。そこからの記憶はないが、こうして生きているし、目も見えれば手足も動かせる。『エリクシール』でもなければ治るわけのない傷だったはず。アデレート王国の、……、まさか『エリクシール』を私のために?」


「そのことはもはや済んだことですし、あのまま放っておくわけにもいかなかったわけですから。気にしないでくださいとまでは言いませんが、われわれが今回の仕事をたまたま請け負ったことで、ソニアさんが助かったのは運が良かったということでいいでしょう」


「ありがとう。この恩は一生忘れない。私にできることは何でもいってくれ」


「それではお言葉に甘えて」


 いつぞや、同じようなことを、フレデリカさんの師匠のアルマさんに言ったことはあるが、今回は見た目30歳くらいの女性だ。


 そしたら、ソニアさんが目を閉じてじっとしている。これはこれで困ってしまった。


「いえいえ、そういうのじゃないんですが、まず、われわれがハムネアを訪れたのはアリシア殿下、今では皇帝に即位してアリシアI世陛下ですが、陛下に依頼され、この手紙をソニアさんに渡すためです。あと、小箱に荷物を預かっています」


 そういって、預かっていた手紙をソニアさんに渡した。


「殿下、いや陛下が私あてに?」


 ソニアさんは受け取った手紙の封を開き中に入った手紙の束を一通り読んだ。


「内容は話せないが、殿下がハムネアのギルドに潜んでいた時今後の方針について幾度か話し合ったが、その時話し合ったことが具体的に進んでいるようだ。私がハムネアで動ければ陛下にご助力できたろうが、このていたらく」


「預かった荷物はこれですが、重いものなので一応今は私が預かっていましょうか?」


 床の上に、小箱を取り出してやった。


「これはいちおう軍資金らしい。済まないが収納しておいていただきたい」


「わかりました。

 ところで、ソニアさんは、お腹が空いていませんか? 私とアスカはいいんですが、ソニアさんはお腹が空いているでしょう?」


「情けないが、ひどく空いている」


「最初は軽いもので、サンドイッチでもお食べ下さい。いくらでもありますから」


 五、六人前はあると思われるサンドイッチが山盛りになった大皿をソニアさんの前に出し、適当な小皿に移し替えて渡してやったら、むさぼるようにそのサンドを食べ始めた。


 欠損個所や負傷個所、それに落ちていた筋肉を修復したのだから何かが足らなくなっているはずだ。おそらく食事で補えるはずなので、ソニアさんの手に持った小皿が空になったら、新しい小皿に取ったサンドイッチと飲み物も一緒に渡してあげた。小皿を三度お替りしたところで、一応落ち着いたようで、


「おいしかった。今まで食べたどんな食べ物よりおいしかった。ありがとう」


 今回ソニアさんに食べてもらったサンドは、すこし前の宴会用に用意したものが余ったので俺が収納していたもので、少々パン表面が乾いたところもあったろうが、それ以外は問題ないだろう。


「ところで、今の私だが、何か臭わないか?」


 うーん、臭いますと言っていいのか、言わない方がいいのか悩むところだ。黙っていたら、


「すまない、不快な思いをさせてしまったようで」


「セントラルの私の屋敷に着けば風呂にすぐ入れますから大丈夫です」


「ほんとうに? 返す返すかえすがえすありがとう。

 お腹が落ち着いたら急に眠くなってきたので、申し訳ないが、ひと眠りさせてもらう」


 そういってソニアさんは目を閉じたと思ったらそのまま寝息をたてはじめた。


 肉体的には急速に以前の体に回復してしまったため疲労感だけは残っているのかもしれない。


 何もすることはないので、ゆっくりしておいてもらえば十分だ。



 そのまま『スカイ・レイ』は飛行を続け、以前ワイバーンに遭遇した辺りに差し掛かった。


「マスター、北に見える山並みの手前の上空に、黒い点が何個か見えます」


 ミニマップを拡大してみたところ、距離があるせいか、確認することはできなかったが、確かに黒い点が何個か見える。


「ミニマップだと遠すぎて確認できないけれど、空を飛んでいてそれなりの大きさがあるってことは、ワイバーンの可能性が高いな。あの方向にワイバーンの巣があるかもしれないが、今はセントラルに帰るのが先だから放っておくしかない。場所だけは覚えておいてくれ」


「了解しました。

 あと1時間ほどしたら、魔石の交換のため『スカイ・レイ』を着陸させます」



 ワイバーンらしきものを発見した後は何事もなく東への街道上空を『スカイ・レイ』は飛行し、その1時間後、適当な空き地に着陸した。


 魔石の交換と簡単な点検を終えたアスカが、


「『スカイ・レイ』発進します!」


 俺は、座席で眠っているソニアさんの隣の座席に座って屋敷に帰ってからのことを考えていた。




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