第353話 あー夏休み2、ダンス

[まえがき]

2020年12月12日12:10

前話に「投擲とうてき練習は行うが、投擲弾の使用は考えていないので今回は防爆ぼうばく用の盾は作っていない。」を追加しました。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ジャングル部屋の扉が珍しく開いていたためか、うちのプープー犬が一度のぞきに来たのだが、部屋の熱気が漏れる戸口近くまで来てそのままどこかに行ってしまった。俺にとっても少々暑かったので、早々に退散し、アスカと北の原っぱにブラッキーとホワイティーを見にいくことにした。


 ブラッキーとホワイティーは、今では日が昇ると、サージェントさんの用意したドラゴン肉を食べたあと、小屋の中から外に出て草原くさはらを駆け回っている。特に巨木の周りを走り回るのがお気に入りのようで、その周りを二羽で追いかけっこをしている。そのため、木の周りの地面の草がげてしまって輪っかのようになっている。二羽はときおり走りながら翼を広げてバタバタするのだが、まだ飛び上がることはできない。遊び疲れたら木に寄りかかって目を閉じているが俺が近ずくとすぐに目を開けて突進してくるので、寝ているわけではないようだ。


 今も、二羽は巨木の根元で横になっている。この状態での二羽の知覚範囲は20メートルくらいあるようなので、すぐに見つかってしまう。


 そして、


『おとうさーん』


『おかあさーん』


 といいながら、俺とアスカに突進してくる。今では子牛ほどもあるグリフォンの子どもがほぼ全力で突進してくるわけだから、一般人だと大けがをしそうだが、アスカはもちろんだが俺もちゃんと受け止めることができる。二羽もその辺りは理解しているようで、俺とアスカ以外に突進していくことはないようだ。


 両手でブラッキーを受け止めて首のあたりをわしゃわしゃしてやる。


 アスカもホワイティーを受け止めて首のあたりをわしゃわしゃしている。


 しばらくそうやってスキンシップをとっていたら、急にブラッキーが俺の手を離れて走り出し、勢いをつけて巨木の幹に爪を立ててするすると、一番下の一番太い枝の上に登ってしまった。そこから飛び降りたと思ったら翼を広げて、バタバタしながら滑空で原っぱを一周して俺のところに戻ってきた。


「すごいぞ、ブラッキー」


 そう言って頭を撫でてやったら、今度はホワイティーも同じようにして原っぱを一周してアスカのもとに戻ってきた。


『うれしー』


『楽しー』


 そう言って何度も二羽は木に登っては滑空を続けた。巨木の幹が二羽の爪で傷んでしまうが、枯れる前ならアーティファクトも元通り修理できる『エリクシール』を少し垂らせば治るだろうと高をくくっている。



 もうヒナではなくなった二羽と遊んで時間を潰したあとは、夕方のダンス教室に備えようと午後の早いうちから風呂に入ってやった。


 風呂の中で、ダンスについて思いを巡らすのだが、


「うーん、タンゴ以外に覚えろと言われても、ダンスと聞くだけで『スロー、クイック』が頭の中によみがえってしまって、どんな曲でもタンゴになってしまうような気がする。これは言うほど簡単じゃないぞ。これこそまさに一芸を極めた弊害へいがいだな」


 風呂から上がり、動きやすそうな服装に着替えて、部屋に戻ると当たり前のようにフーがいる。額の数字が増えていないことを確認して少し安心。それからまた一階に下りて、居間で待機。



「マスター、そろそろ練習を始めますか?」


「そうだな」


「前回はここで練習しましたが、ここでゆっくりしたいみんなの邪魔になりますから応接室の机などを片付けてそちらで練習しましょう」


「わかった、俺が片付けておくからアスカはシャーリーとラッティーを呼んで来てくれ」


「はい」



 簡単に応接室の机と椅子いす片付けしゅうのうして、広々とした部屋の中で、『スロー、クイック、スロー』のステップを華麗に踏んでいたら、アスカが二人を連れてきた。


「シャーリーとラッティー、きょうからダンスの練習だ。二人ともレディーになるわけだからしっかりやってくれ」


「はい、頑張ります」「頑張ります」


「マスター、他人事のように言ってますが、マスターもしっかりやってください」


「はい、頑張ります」


 言われなくてもそれくらい俺でも分かってますヨ。


「それで、最初は何をするんだ?」


「ここは、もっとも一般的で、ダンスパーティーでかなりの頻度で流れる、ワルツから練習しましょう」


 あれ? 俺の時はそんなことは言っていなくて、タンゴが一番とアスカが言っていた気がするが。


「マスターの記憶障害は継続中かもしれません」


 じゃあ、どうして、俺はタンゴを練習したの?


「難しいことは考えず、そろそろ練習を始めましょう」


 まあいいや。


「それでは、まず、ワルツですから『、2、3、、2、3』のリズムで、

1、1歩目は右足を大きく右前に踏み込む。ステップ、ここで、出した右足のかかとを上げ始めます

2、2歩目は左足を踵を上げながら踏み込み、かかとの上がった右足を左足の位置まで引いて両足を揃えます。これがライズ、両足の踵は上がったままです。

3、上げた踵を降ろしながら腰を落とす、これでフォールです」


「今の動きを基本にしてステップを組み上げていきます。

 はい、ステップ、前に出した右足の踵を上げて、

 はい、ライズ、左足の足の踵を上げながら前に出し、右足を引いてそろえる。

 はい、フォール、かかとを下ろしながら腰も落とす」


 なにこれ? タンゴと全く違うじゃないか。シャーリーもラッティーもきれいなステップを踏んでいるが、俺はアスカの『はい、……』に全くついていけないぞ。頭の中で鳴るタンゴの『スロー、クイック』が邪魔なのに、ますます『スロー、クイック』の音量がアップされて行く。


「次は、左右の動きを逆に、左足から、はいステップ、ライズ、そしてフォール。

 シャーリーとラッティーはその調子。マスターはみんなから少し離れたところで練習した方がいいかもしれません」


 そうですか。失礼しました。


 まあ、俺だけ動きが大きく遅れているのは事実なので仕方がないが、少し腹が立つ。だからといってその怒りを梃子てこにしてモリモリとやる気が出るかというとそんなことはまるでない。


 やはり現役の学生のシャーリーとちょっと前まで受験生だったラッティーに気持ちだけ高校生の俺などが太刀打たちうちできるわけがない。あきらめムードを漂わせながら何となく動いていたら、


「マスター、分かりました。マスターはダンスはもういいので部屋の隅に椅子を出して、そこで見ていてください」


 とうとう、ダメ出しならぬ、あきらめ宣言をいただいたしまった。それはそれで悲しいが、心のどこかでは、嬉しいと思っている。『老兵はただ去り行くのみ』草葉の陰から見ていてやるよ。いや、草葉の陰はないな。



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