第354話 アリシア殿下、ご新居


 ダンス教室はアスカにダメ出しされたことで実質解放された。応接室の隅に置いた椅子いすにちょこんと座って、アスカの指導の元一生懸命練習しているシャーリーとラッティーの姿を眺めながら、拍子をとって手をたたき声援を送るのが主な役割になってしまった。後の仕事はたまにタオルを二人に渡してやることくらいだ。


 気持ちは付き人だかアシスタント。二人のためなら俺のできることなら何でもやってやるつもりだったのだが、タンゴ以外のダンスは俺のできないことだったようだ。



 第一回ダンス教室のあった翌日。


 昨日きのうのダンス教室のおかげで精神的に疲れた俺は、居間でアスカの隣に座っていつも以上にぼーっとしていたら、ハウゼンさんがやってきて、


「ショウタさまとアスカさまにお手紙が届いています」


 そういって差し出されたトレイの上から、俺あての二通、アスカ宛の一通を受け取った。


 俺宛の二通の内の一通は王宮からのもので、いつぞや見つけた石油の埋蔵地点周辺の優先使用許可だった。もう一通はかなり立派な封筒に赤い封蝋ふうろうがしてあり、上から見たことのない紋章もんしょうの封印が押されていた。アスカの受け取った手紙にも同じ封印がされていたので同じところから来たもののようだ。もちろん俺には見たことのある紋章などほとんどないので、たいていの紋章は初見だがな。そう言えばうちの封印は先日ハウゼンさんが手回しよく用意してくれていて、手渡してもらったはずだが机の中に仕舞ったよな?


「少なくとも私の机の中には封印と封蝋が入っています」


 それならいいや。なければアスカに借りればいいものな。それはそれとして、この封印はどこのものなのだろう?


「この、封印の丸に六角形の星はどこの紋章マークなのかな?」


「丸に六芒星ろくぼうせいは、アリシア殿下のパルゴール帝国の紋章もんしょうだと思います」


「なんだろう?」


「開けてみましょう」


 封筒を開けてみると中から現れたのは、アリシア殿下の新居のお披露目式への招待状だった。


『ショウタ・コダマ伯爵殿


 このたび、王都内に新居を構えましたので、ぜひお越しください。


 その際、できれば正装・・でお願いします。シャーリーさん、リリム殿下もご一緒にお越しください。


 アリシア・パルゴール』


 アスカにも同じ文面での招待で、お披露目式の日時は今週末の10時からだった。あらたまって『伯爵』と書かれた文章を見るとちょっとうれしいかも。


 封筒の中にもう一枚入っていた紙は、新居周辺の地図だった。




「やはり、帝国ともなると、招待客は正装でなくちゃいけないんだな」


「そう書いてある以上、そうなんでしょう」


「この前陞爵しょうしゃく式用に作った正装があるから衣装はいいとして、新居のお披露目となると、何かお祝いを持っていった方がいいよな?」


「そうですね。正月前に私が作ったドラゴンの置物はどうでしょう?」


「まだ、二、三体残っているからそれでいいな。どういった新居なのかは分からないけれど、あれなら、見栄みばえもいいし喜ばれるだろう」


「新居の場所は、アルマさんの屋敷の近くですから屋敷街ですね」


「それはそうだろうな。なにせ皇女殿下だもの。

 あれ? アルマさんの屋敷がおそらく、これだから、この場所は?」


 地図を見ていたら、気が付いてしまった。


 アリシア殿下の新居の場所は、俺が屋敷の上物うわものを収納してやった何とか侯爵の屋敷跡だった。奇遇きぐうと言えば奇遇だが、王宮近くの一等地を空けておくわけのもいかないから当然かもしれない。


「マスター、差出人ですが」


「アリシアさんがどうかしたか?」


「通常ならなにがしかの肩書などが名前の前に付くと思いますが、この招待状には何も肩書がありません。本来なら第三皇女とか付いていると思いますがそれがありません」


「うん、それが?」


「あの国で肩書のないのは、平民と」


「平民と?」


「皇帝だけだったと思います」


「で?」


「アリシア殿下は、パルゴールの皇帝に即位されたのではないでしょうか? 今は亡命中ですから『亡命中の』と付きますが」


「そうだとすると、名前だけとはいえ、皇帝陛下ということか。えらいことになったな」


 どのくらいえらいことなのかは全く分からないが、知ってる人が皇帝陛下だか女帝陛下だ。凄くえらいことになった気がする。


「パルゴールへの帰還のための準備をされているのかもしれません。その一環での即位ではないでしょうか?」


「帰還というと、今のクーデター政権から政権を取り戻すということか?」


「そういうことになります」


「だとすると?」


「ただの新居披露ひろうではないかもしれません」


 招待された以上行かざるを得ないが、なんか変なことを頼まれたりでもしたら嫌だな。


「いずれにせよ、『魔界ゲート』問題が落ち着くまでは大きな動きはないでしょうから今回はそこまで警戒する必要はないと思います」


「だといいな」


「それより、シャーリーとラッティーの衣装はどうしますか?」


「ラッティーにはこの前、エメルダさんから貰った服があるからそれでいいんじゃないか? シャーリーの方はどうしようか? いっそのこと学生と言うことで今の学生服で済ませてしまうか?」


「それはいくら何でも可哀かわいそうなので、急いで仕立てましょう。ついでですからラッティーにも仕立てやればいいでしょう」


「だったら、二人を呼んですぐにでも仕立て屋に行こう。いつもうちに来てくれている仕立て屋さんの店はわかるかい?」


「わかります。シャーリーとラッティーを呼んできます」


「それじゃあ、俺はサージェントさんに言って馬車を用意してもらっておく」




 仕立て屋さんのお店はサージェントさんも知っている有名な店だったらしく、アスカに頼ることなく大通りに面した店の前に馬車は到着することができた。


 われわれの昼食は不要であると厨房に伝えてくれるようサージェントさんに頼んで、馬車は屋敷に帰した。帰りは近くの馬車駅からタクシー代わりの箱馬車で屋敷に帰ればいいだろう。


 お店の中に入ると、広い店内にマネキンがずらりと並んでいた。マネキンと言っても、麻袋をそれっぽくして中にわらかなにかを詰めただけの代物しろもろなので、人の形ではあるものの見た目はゴーレム以下だ。できのいい田舎いなか案山子かかしといったところか。


 衣装の基本形をこのマネキンが着ている衣装から大まかに選ぶようだ。マネキンの着ている衣装からすると、この一階は男性用らしい。


 すぐに係りの人がやって来たので、連れの二人の女の子に服をあつらえてくれるように頼んでいたら、見知った店長さんのような人がやって来て、


「いつもお世話になっております。お嬢さま方のダンスパーティー用のご衣裳ですね。かしこまりました。さっそく採寸さいすんさせていただきます。女性用の採寸室は二階になりますので、こちらへどうぞ」


 前回採寸してから半年以上たっているから、成長中の二人はもう一度採寸の必要があるようだ。俺なんか、16歳の時から全然成長していないんですけど。


 店長さんと係りの人にくっ付いて二階に上がると、またマネキンが並んでいた。マネキンを見るに、ここは女性用のフロアーのようだ。一階には数人お客さんがいたが、二階にはお客さんは今のところ見当たらない。


 採寸室は奥の方にあるらしく、そこに案内されたが、俺が採寸作業を見ていても仕方がないので、シャーリーとラッティーのことはアスカに任せて、俺はほかのお客がいないのをいいことに、ぶらぶらとそのへん陳列物ちんれつぶつを眺めていることにした。



[あとがき]

異世界ファンタジー、バトルもの完結作『闇の眷属、俺。-進化の階梯を駆けあがれ-』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054896322020

ですが、先週(2020年12月5日)にカクヨムコンに応募してみたんですが、翌日の順位が1380位くらいでした。本日(2020年12月13日)は685位まで躍進?していました。前回の宣伝で律義にあっちを呼んでいただいた方もいらっしゃると思います。ありがとうございます。

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