第350話 20層ボス戦、一期生卒業


 階段を下りた先の部屋の真ん中に、黒いシルエットの大男がたたずんでいた。オーガロードだ。俺が最初に見た時は舐めていたのか構えもせずに近づいてきたが、今回は大所帯の俺たちを見て、警戒しながら大ナタを構えた。


『アスカ、オーガの即死性の一撃だけは生徒たちに当たらないように見てやってくれ』


『了解です。手足の一、二本は万能薬のテストもかねて見逃しますか?』


『いや、それは可哀かわいそうだから、それも面倒見てやってくれ』


『了解です。残念ですがまたの機会まで待ちましょう』


『そうしてくれ』


 一応保険だけはかけておこう。生徒たちにはもちろん内緒だ。


 今回も、生徒たちはボスであるオーガロードを取り囲み、メイスを構えて突撃していった。今回は保険をかけているので安心して見ていることができるが、素人目には無謀な突撃に見える。


 オーガは向かってくる生徒たちに対して構えていた大ナタをぐように大振りしたのだが、突撃から一転、間合いの外に離脱していた前面の生徒たちの目の前のくうをナタの刃先が切って行った。


 オーガロードが鉈を振り終えた時には後方からのメイスの攻撃を背中の中ほどに数発受け、左右のかかとの骨まで砕かれてしまった。


 悲鳴だか咆哮ほうこうだか分からない叫び声をあげながらオーガロードは、そのまま床に沈んでしまった。


 その後はいつものように生徒たちのメイスによる情け容赦のない滅多打ち。滅多打ちされながら咆えるオーガの声が少しずつ小さくなっていくのだが、それが悲壮で哀れを誘われてしまった。


 オーガロードは素材として高値で取引されるため、巻いていた鉢巻きは引きはがされ、着ていた上下の胴着も脱がされ、その場で生徒たちによって解体されてしまった。全部は持ち帰れないので、その中で値の張る、魔石、肝臓と睾丸それに目玉が油紙のようなものにくるまれて生徒たちのリュックの中に仕舞われた。


 オーガの持っていた大ナタは『大鬼おおおに大鉈おおなた


 鉢巻きは『大鬼の鉢巻はちまき』、胴着は『大鬼の胴着どうぎ、上下』


 大ナタだけは大きかったためサービスで俺が収納しておいてやった。



 何にせよ、強い! この連中強すぎる。 



 オーガロードが斃されたと同時に、部屋の真ん中に宝箱が現れ、その先には21層へ続く階段も現れている。


 解体も終わって、今度は宝箱だ。


 今回は前回とちがう女子生徒が、前回の女生徒と同じような手順で宝箱を破壊して中身を取り出した。


 取り出されたのは、腕輪が一個。呪いのアイテム『狂乱きょうらんの腕輪』だ。これについては、ここで俺が鑑定したと説明して生徒たちを納得させることは難しいので、ペラ預かりということにした。上に上がって、しかるべき『鑑定屋』で鑑定してもらうほかはないだろう。


 また、部屋の中が凄惨せいさんなことになってしまって血の臭いも鼻につくので、19層に戻ってそこでキャンプすることにした。


 生徒たちは全くケガなどしていないのだが先ほどの解体で手先が真っ赤だ。手を洗うことができればいいのだが、水は貴重なため手を洗うことはそうそうできない。解体用の薄手の手袋があれば売れそうだ。


 俺としてはそう思うのだが、生徒たちは血で汚れた手などお構いなしに夕食の準備を始めた。ここでは固形燃料をそのまま床の上に置いて火を点け、その上で鍋の取っ手を持ったままで湯を沸かし始めた。たくましいものだ。


 ダンジョンの中なので風が吹かないのでちゃんとお湯が沸いたようで、そのお湯で乾燥肉と乾燥野菜で作ったスープもどきとパンで食事を始めた。



 生徒たちが食事をしているかたわら、俺たちも簡単に食事をとる。今日はポタージュスープとドラゴンジャーキー、生徒たちには悪いが柔らかいパンというメニューにした。


 食べながら、


「これほどまでに生徒たちが成長したのは全てペラのおかげだ。よくやった」


「ありがとうございます」


「マスター、ペラには優しいんですね」


「いや、あの連中を見れば、ペラをめざるを得ないだろう。それに俺はいつもアスカには感謝してるからな。俺あってのアスカとは微塵みじんも思っていないし、アスカあっての俺だといつも思っているぞ」


「そうでしたね」


「後は、途中で一泊して、明日の午前中にはダンジョンから出ることができるだろ」




 こういった感じで、第一期生の修学旅行を兼ねた実習旅行は終了した。



 10層でたおしたゴブリンロードの右耳を冒険者ギルドの買取カウンターに提出すれば、いくら12名での共同とはいえ、間違いなく生徒たちはGランクから一気にCランクになるだろう。それから、数週間もあればBランクもありうる。


 と思っていたのだがオーガロードまでたおしてしまった。これならいきなり全員Bランクだ。たった三カ月の訓練でGランクからBランク、いいのか?


 いずれ、冒険者学校の卒業生の着る革鎧の胸元のペラマークが、他の冒険者たちから羨望せんぼう眼差まなざしで見られるわけだ。フフフ、ワッハッハ!




 ヤシマダンジョンでの実習を終え、黒い渦からヤシマの街に戻ってきた。ダンジョンの出入り口のすぐ近くにある冒険者ギルドの買取所で、実習期間中に手に入れた金目の物や魔石、そして、ゴブリンの耳などの討伐証明部位を買い取ってもらった。


 金額的にはそれほどではなかったが、『オーガロード』の素材のおかげで、予想通り12名はGランクからBランクに昇進した。いや昇進してしまった。そのとき、Aランク冒険者の俺が、ちゃんとこの12名で『オーガロード』をたおしたと係りの人に告げたことで、すんなり全員昇進できたようだ。


 何事も、権威という物があると話はスムーズにいく。権威がなければお金でもいいが、相手と場所を選ぶし、あまりおおっぴらには使えないので、使いどころは意外と少ないと思う。


 新たなギルド証ができるまでしばらく待って、それから、来た時同様の手順、道順で冒険者学校に4時過ぎに帰り着いた。


 Bランク冒険者の銀色の冒険者証を胸から下げた生徒たちの誇らしげでうれしそうな顔が印象的だった。ペラの預かっていた『狂乱きょうらんの腕輪』はヤシマダンジョン近くにあったあの『ボルタッ』商店で銀貨1枚で鑑定してもらった。呪いのアイテムであることをみんなも納得したので、俺がそれを大金貨1枚で買い取ることにした。


『オーガロード』の装備品は、オークションに出すよう冒険者ギルドに手続きして実物は置いてきた。後日現金化されると思うが、そのころには生徒たちは卒業してしまうので、冒険者ギルドに無理を言って、各人が現れたら、オークションでの代金の12分の1を各人に渡すようお願いしておいた。将来有望なBランク冒険者を囲い込むチャンスなので、すぐにそのことは引き受けてもらえた。



 それで、今日は生徒たちの卒業式。


 生徒たちは、訓練時と同じ防具にメイスの格好で校舎の前に並んでいる。


 ペラが十二人の生徒たち一人一人に対し、


「いままでよくやった。おまえはもう立派な戦士だ。私が保証する」


 そういって、手を握ってまわった。



 来週から、新たに20名の新入生がやってくる。



 結局、大方・・の予想通り、第3パーティーの四人が全員助手として残ってくれることになった。めでたしめでたし。給料は、一カ月大金貨一枚。交代制だが週一の休みが付く。


 ペラを含めたこの五人とヒギンスさんたち二人、計七名で今後冒険者学校の生徒の面倒を見ることになる。新入生たちへ説明や、防具の新調なども任せて大丈夫のようだ。軌道に乗ったということだろう。


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