第351話 ラッティー付属校入学試験


 ラッティーは結局シャーリーの通う文官養成部の付属校を目指すことにしたようだ。将来女王として国を運営していく以上妥当だとうな選択だろう。先月初めには付属校への入学試験の申し込みを終えているので、後は試験に臨むだけだ。



 そして今日は、その試験日。


 シャーリーの方は受験がらみで今日から途中の日曜を含め四連休だ。連休明けに期末試験があり、夏休みに突入する。



「ラッティー、筆記用具はちゃんと準備できてるか?」


「はい」


「ラッティー、受験票は持っているか?」


「はい」


「ラッティー、ハンカチは持ったか?」


「はい」


 ……


 自分が受験するよりよほど緊張する。シャーリーが転入という形で付属校に入学してくれてほんとに良かった。こんなのはそう何度も経験したくはないものな。



 サージェントさんの馬車で、アスカと俺と点検済みのラッティーで、試験会場の付属校に向かった。今ではうちの馬車の扉と二本の門柱には、コダマ・エンダー家の家紋である一文銭に二本のポーション瓶の意匠が描かれている。家紋に何かいい名称を考えたいところだが今のところンノーアイディアだ。



 馬車で付属校の正門に乗りつけたかったが、正門の近くには保護者と思われる人でいっぱいだったのでかなり手前で馬車を降り、馬車はそのまま屋敷に帰した。


 校門の中に入れるのは受験生だけのようで、校門の横で腕章わんしょうを付けた係りの人が受験票をチェックしていた。


 馬車を降りて、


「ラッティー、落ち着いてしっかりな」


「はい。それじゃあ、いってきます」


 そう言ってラッティーは荷物と受験票を持って校門の横で受験票をチェックしている係りの人の方に歩いて行った。


 一際小柄なラッテイーが人ごみの中に入って行ったので、なんだか気が気でない。


「マスターが受験するわけではありませんから落ち着いてください。受験後本人申告でもし落ちそうだというようでしたら、今夜にでも学校に忍び込んで、答案を修正してしまいますから大船に乗った気でいてください。いずれにせよ今日の筆記試験でラッティーは必ず合格しますから、われわれはその後の保護者面接に備えなければいけません」


 そうだった、ラッティーの試験でうろたえていた俺が、面接でちゃんと受け答えできるだろうか? 圧迫面接などされたら精神がもたないと思う。


「マスター、大丈夫です。面接など何とでもなりますし、どうとでもできますから」


 要するに、武力行使? 金の力? 伝手頼みつてだのみ


 強力な手札が三つもあるということは頼もしいのだが、前の二つはなるべくなら使いたくないですよ。


「アスカ、試験が終わるのを待っていてもどうにもならないから、シルクハット仮面に変身へんそうして中の様子を確認してみないか?」


「マスター、受験生の保護者が試験会場にキテレツな格好をして忍び込んでそれが万が一見つかってしまえば、不正を疑われますし、保護者の面接に悪影響が出てしまいます」


 アスカに言ったらダメだしされてしまった。アスカの言うことはもっともではあるが、クランナンバーツーの無敵のマスカレードレッドが、クラン・マスカレードの正式コスチュームをあろうことかキテレツな格好とか言ってはダメだろう。アスカさんには、幹部、しかもサブリーダーとしての自覚が足りないようだ。


「申し訳ありません」


 それなら許す。



 アスカによると、筆記試験の内容は、


 算術:90分

 国語:45分

 歴史・地理:45分の三教科で、配点は算術200点に対し後の二つが各々100点の合計400点満点となっている。文官といっても算術が最も必要とされる技能のようだ。


 例年、400点満点中260点から280点以上が合格範囲といわれている。ただ算術のみ足切り点があり、他の教科がたとえ満点であっても、算術が120点未満の場合失格となるそうだ。入学できても授業についていけないようでは問題なので仕方のないことだろう。



 試験は12時20分ごろまでかかるので、それまで時間を潰さなくてはいけない。


「アスカ、それじゃあどうする? いったん屋敷に戻るか?」


「ここで、待っていても仕方がないので、いったん屋敷に戻って、昼にサージェントさんの馬車で迎えに来ましょう」



 そういう訳で、俺たちはいったん屋敷に帰ってみたものの、やきもきしてしまってどうにも落ち着かない。俺一人でも学校に侵入しておけばよかった。


「それでは、完全な案件ですよ」


 そうですね。自分でも分かっております。


 シャーリーなどは、ラッティーが入試で失敗するなどとつゆとも思っていないようで平然として、


「ラッティーちゃん、どうでした? 落ち着いていたでしょう? ラッティーちゃんが付属校の生徒になれば二人で通えるので楽しそー」


 ラッティーは落ち着いていたのかもしれないが俺は少しも落ち着けない。




 そわそわしながらもなんとか二時間ほど屋敷で時間を潰して、サージェントさんの馬車で学校に。


 馬車をだしてもらったものの、今は中途半端に昼時なので、サージェントさんには馬車と一緒に屋敷に帰ってもらって俺とアスカで大勢の保護者に混じって、ラッティーが学校から出てくるのを待つことにした。


 試験終了を報せるのか校舎の方からカランカランと鐘の音が聞こえてきた。しばらく正門の前で待っていたら小柄なラッティーが他の受験生たちに交じって校舎の玄関から出てきた。


「おーい、ラッティー!」


 手を振りながら大きな声でラッティーを呼んだら、周りの注目を集めてしまったが、いまはそんなことを気にしている余裕はない。


 ラッティーが俺を見つけたようで受験生の合間を縫って駆けてきてくれた。


「それで、手ごたえはどうだった?」


「うーん、なんていうか、」


「なんていうか?」


「簡単すぎて、拍子抜けひょうしぬけ


 すごい自信だが、アスカが勉強を見てやっていたのだから当然のことなのかもしれない。


 なんであれ、これでひとまず安心した。明日の午後には筆記試験の合格者が発表されるので、またここに来る必要があるが、ヒヤヒヤ度が今の言葉で大きく下がったな。明後日の保護者の面接に多少の不安があるが、アスカの言うように、面接は何とかなるだろう。座っての面接だろうから、二人羽織ににんばおり作戦は必要ないし、最悪俺は何も言わなくてもアスカが受け答えすればいいだけだしな。


 試験会場だった学校からの帰りは、三人でゆっくり歩きながら途中のカフェレストランで食事をとって屋敷に戻った。今回も何となく三人で手をつないで歩いたのだが、ラッティーも付属校の生徒になったらこれが最後で、もう手を繋いでくれなくなるかもしれないと思うと、世のお父さん方の悲哀ひあいのようなものを少し感じてしまった。



 翌日午後。


 筆記試験の結果発表だ。


 1学年の定員は200名だが、試験の成績が基準に満たない場合、定員未満でも補充されることはないと聞いている。また、保護者の面接は、学校の定める基準を超えるものを定員まで振り落とすためのものだそうだ。この際、筆記試験での成績は一切考慮されないという。


 合格者の受験票番号を書いた板が校舎の特設掲示板に張られて行く。1枚の板には、50個数字が並んでいる。ぴったり4枚、200名以下の場合は全員合格し、保護者面接は行われないのだが、果たして結果はいかに?


 ラッティーの受験番号は523番、受験者数はアスカによると1000名は超えていたそうだ。実に5倍の競争率。順当なら、2枚目か3枚目の板に523の数字が乗っているはずだ。


 2枚目の板が張り出された。その板の最終番号は、498番。


 そして、3枚目。


「ラッティー、落ち着くんだぞ!」


 左上から3番目に523の数字があった!


「ヤッター!」


 大声で歓声を上げてしまったが、周囲にも同じように歓声を上げる者も多いせいでそれほど目立たなかったはずだ。


「マスター、受年生で歓声上げる者はいるようですが保護者ではいないようです」


 まあ、いいじゃないか。嬉しいものは、嬉しいってことで。


「ラッティー、おめでとう」「おめでとう」


「ありがとうございます。アスカさん、ショウタさん」


 自信はあっても少しは不安があるものな。さーて、次は明日の面接だが、伯爵になった時着た正装で面接に臨んだ方がいいだろうか? しまったな。ちゃんとこの日のために衣装をあつらえておけばよかった。


「マスター、今4枚目の板が張り出されましたが、48個しか数字がありませんでした。これで試験結果の発表は最後のようです」


「うん? それが?」


「筆記試験合格者の総数が198名だったようで、保護者の面接は無いようです」


 エッ、そうなの?


 ちょっと、拍子抜けしてしまったが、ラッティーの合格は確定したわけだ。


 バンザーイ!


「改めてラッティー、おめでとう」

 

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