第343話 グリフォンの家


 陞爵しょうしゃく式も無事に終了し、俺は晴れて伯爵閣下となった。年金も倍増の年間大金貨200枚となった。


 伯爵という爵位の実感が全く湧かなかったが、大都市キルンの代官さんがたしか伯爵だったはずで、それを思うと、とんでもないことになってしまった。


 伯爵に陞爵しょうしゃくした特典として、また50メートル四方の土地が国から貸与されることになり、運よく、うちの母屋おもやの北側の区画が空いていたため、その土地を借り受けることにした。これで、グリフォン二羽の住居問題が解決できるはずだ。



 陞爵式から一夜明け、


 新しく貸与された土地は、立木たちきは生えていなかったが、草ぼうぼうの空き地で、範囲を示すため周りに木の杭が打ってあった。


「アスカ、まず草を刈ってからだな」


「了解しました。この程度の広さですと簡単です。

 できました」


 1秒もかからず草刈りは終わったようで、俺は雑草というくくりでそれを収納しておいた。いずれシルバーとウーマの飼料にすることもあるだろう。


 雑草がきれいに根本あたりで刈られた50メートル四方の土地は結構広く感じる。


 次は、周囲に打たれている杭がまばらなので、へい代わりではないが、もう少し密になるように、杭を打った方がいいだろう。


「アスカ、鉄道工事中に伐採した灌木かんぼくを出すから、それで杭を作って、今の杭と杭の間に打ちこんで通り抜けできないようにしてくれるか?」


「分かりました」


 アスカの前に灌木を出してやったのだが、結構幹が曲がっている。


「曲がっているけど杭にできるかな」


「曲がっている分、杭にして打ち込めば、通り抜けにくくなりますから逆にこの方がいいでしょう」


 アスカが灌木の枝を払って幹からどんどん杭を作っていく。


 俺は払われた枝を収納していく係だ。


 でき上がった杭をアスカが髪の毛を使ってどんどん地面に突きさしていくので、こちらの作業もあっという間に終了してしまった。


 でき上がりを確認したところ、新しい杭は灌木製なので、かなり曲がったものが多いのだが、通り抜けできないという意味ではちょうどよかったようだ。



 原っぱ自体の地面は少々凸凹しているが、小屋を建てるあたりを、適当に砂虫の輪っかで転圧てんあつしておけば十分だろう。


「それで、どのあたりに建てようか?」


「面倒を見てもらうサージェントさんの利便性を考えて、今の馬小屋の裏手あたりに建てましょうか?」


「そうだな、それでいこう」




 砂虫の輪切りで転圧して少し沈んでしまった地面に、まだだいぶ残っていた砕石を敷いて、その上に板葺いたぶきの小屋を作った。もちろん俺は材料を出しただけであとはアスカが全て作業した。いつもと全く変わらない。


 いわゆる役割分担。『運転手はきみで車掌しゃしょうはぼくだ』というヤツだ。



 ゆか三和土たたきで作れればよかったのだが、材料もないしでき上がるまでに結構時間がかかるものなので、板敷にすることにした。


 そういったことで、馬小屋の裏に日陰にならないよう少し離して、グリフォンのヒナ用の小屋が1時間ばかりかかってでき上った。縦5メートル、横10メートル、屋根の真ん中の一番高いところで7メートル、低いところで4メートルくらいある結構大きな小屋である。中は仕切りがあるわけではないのでかなりだだっ広く感じる。成獣になれば体長が3メートルから4メートルになるわけだから、この小屋もいずれ狭くなるのかもしれないが、いつでも建て替え可能なので問題ない。



「マスター、せっかく小屋を作ったのですから、二羽のために、止まり木になるような木を見繕みつくろってきませんか?」


「アスカ、見繕みつくろうといっても、二匹が成獣になったら合わせて1トン近くなるんだろ? そんなのを乗っけられる枝のある大木なんて、滅多にないだろ?」


「『スカイ・レイ』で南の山地の方に飛んで適当な木を探してきましょう」


 妙にアスカが積極的だが、俺も別に反対する理由はないので、アスカの提案に乗ることにする。



 善は急げですぐに、目の前の原っぱに『スカイ・レイ』を収納から取り出して、二人で乗り込んだ。


 このところ座っていない副操縦士席に座って、


「『スカイ・レイ』発進!」


 久しぶりだったが、やはり、これを言うと気持ちがいい。


「『スカイ・レイ』発進します」



 上空で南に向かって旋回した『スカイ・レイ』が飛行して行く。途中、冒険者学校の上空も通ったが、露天掘り跡地には人は見えなかったので、ペラたちはダンジョンに入っているのだろう。


 徐々に山が深くなっていき、標高4、500メートル程度の山並みの上空をジグザグを描きながら『スカイ・レイ』は飛行している。


「マスター、前方にひときわ大きな広葉樹を発見しました。何とか近くに着陸を試みます」


 前方の緑の森の中にひょっこりと伸びた一本の巨木が見えた。しかし、周りにはそれなりの木が生い茂っているので、近くには着陸できそうもない。


「アスカ、どうも近くに下りられそうもないから、『スカイ・レイ』の中から収納できないか試してみる。あの木の周りでゆっくり旋回してくれ」


「了解」



 おそらく生きている木なので、そのままは収納できないのだろうが、これまでのように地面と切り離してやれば、収納できるはずだ。


 木の根っこは、枝の先まで広がっているというのを聞いたことがあるので、その線で考えてみよう。


 周りの土ごとならあの木を収納してやろう。


 見た感じ、枝の長さは長いもので10メートルくらいあり結構太い。枝の根元近くなら1トン程度なら余裕で支えることができそうだ。


 ということで半径10メートル、根っこは樹高に対してかなり狭いと聞いたことがあるので深さは10メートルくらいの円柱を想定して、巨木と一緒に収納を試みた。


「収納!」


 最初から手ごたえがあったのだが、ちゃんと収納することができた。巨木にんでいたのか飛び去る鳥と一緒に数匹の小動物と無数の虫たちが落ちていく。


「アスカ、うまく行った」


 小動物が下まで落っこちる前に、素早く空いた大穴には、レール工事で引っぺがして収納したままになっていた土砂を詰めてやった。虫の方は気に掛けないことにした。


「さすがはマスター、こと収納にかけては、この世界に右に出る者はいませんね」


 俺も大げさではなくそう思う。段々と俺の収納のチートさに磨きがかかってきたことが実感できる。


 それでふと思いついたのだが、収納は動物の体の一部を「生物」と判断するのか、それとも命の通っていない「物」と判断するのか?


 モンスターには魔石があるから、それが無くなってしまうと死んでしまう。ゆえに、魔石奪取からの収納のコンボ攻撃で瞬殺できるが、魔石のない猛獣などには当然通用しない。


 しかし、今考えたように、相手の体から主要部位をむしり取ってしまえばどんな敵でも楽勝できるのではなかろうか? 内部破壊攻撃で敵の体内に岩石などの異物を無理やり押し込めてしまうよりでき上がりはきれいそうだが、どんなものだろう?


 感触的にはできそうだ。どこか適当な相手を見つけたら試してみよう。


「マスターの収納士という職業は、まさに最強の職業だったのですね」


「試してみて成功したらな。その時は存分に俺のことをめてくれ」


「了解しました。それではどこかで、熊でも探してみましょうか?」


「それは、そのうちでいいだろ。それより早いところ、今収納した木を小屋の脇にでも移植いしょくしてしまおう」


「了解。『スカイ・レイ』旋回して帰投します」


 


 屋敷に戻った俺たちは、さっそく、巨木の移植作業に取り掛かった。


 まず、小屋の近くに、先ほど収納した土の範囲と同じく、直径20メートル、深さ10メートルの穴が空くよう地面を収納して、できた穴に巨木の根の張った土の塊を巨木ごと排出してやった。うまくはまって段違いにもなっていない。大成功のようだ。こうやって近くで今植え替えた木を眺めると、まさに巨木。高さは40メートル近くあり、根元あたりの幹の太さは直径で4メートル以上ある。


 移植した場所は屋敷の敷地の北側なので、屋敷内の建屋は陰にならないが、うちの屋敷の敷地のななめ北側に建つ建物は太陽の位置が低い時間帯には陰になると思う。悪く思わないでほしい。苦情が出るようならば、『万能薬』の1本でも持っていけば許してくれるだろう。そういった面でも『万能』そうだ。


 さっそく、ブラッキーとホワイティーを馬小屋から連れ出して、巨木の近くで放してやったら、その周りを走り回り始めた。四本の足で走り回っている姿を見ると、やはり野獣なので、一羽、二羽ではなく一匹、二匹と数える方が良さそうな気もするが、顔はあくまで猛禽もうきん類の顔だし、ときおり翼も広げるのでやはり一羽、二羽なのかとも思う。


 いつまでも飽きずに木の周りを走り回っている二羽を見ていたら、目が回ってきてしまった。


『たのしい』『たのしい』


 あれ? アスカ今俺に何か言ったか?


『たのしい』『たのしい』


 もしかして、もしかした?


「マスター、この子たちの最初の言葉は『楽しい』でしたね」


 最初の言葉は『お腹が空いた』だろうと予想していたが、これはこれでいいんじゃないか?


 木の周りで走り続けていると『ちびくろサンボ』の虎バターになりかねないので、走るのをいったんやめさせるためアスカと二人で一羽ずつ抱きとめてやった。今では大型犬程度の大きさがあるので一般人だと受け止められないと思う。


 もちろん、俺もアスカもこの子たちがぶつかってくる程度では何ともないので、俺がふざけてブラッキーを受け止めた後そのままひっくり返ってやったら、じゃれついてきた。それを横目で見ていたのか、ホワイティーを受け止めたアスカまでひっくり返ってしまった。


『たのしい』『おとおさん』


『たのしい』『おかあさん』


 おお! お父さんと呼んでもらえた!


「マスター、聞きましたか? 私のことをお母さんと呼んでくれました」


「あはははは」


「フフフフ」


 あっ! アスカが笑った!


 輝く笑顔というのはこういうのを言うんだ。ブラッキーにじゃれつかれながらもつい見とれてしまった。




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