第341話 夕食


 今日はお客さんがいるので座席は若干変則で、俺の前にエメルダさん、その右にシャーリー、左にパトリシアさん、ラッティーと座ってもらうことにした。パトリシアさんはエメルダさんの隣に座ることを遠慮していたが、エメルダさんが一言言ってそれで丸く収まった。


 みんなが揃ったところで、


「食事の前に、みんなに紹介しておく。もうみんなも知っていると思うが、ルマーニ王国のエメルダ王女殿下。シャーリーの友だちだからみんなもよろしく。となりが、エメルダさんの侍女のパトリシアさん」


「エメルダです。みなさんよろしくお願いします」


「パトリシアです。殿下ともどもよろしくお願いします」


 パチパチパチパチ。


 無難ぶなん挨拶あいさつは終わり、


「前回、ルマーニに行ったときはバタバタしたんでお土産みやげが買えなかったけれど、今回はみんなにお土産を買って来たので、食後に渡すから楽しみにしておいてくれ。

 エメルダさんとパトリシアさんにはお土産じゃないですが、プレゼントをアスカが用意してくれたので楽しみにしててくださいね」


 二人がびっくりした顔をして俺とアスカの顔をみる。アスカがあっという間に作ったブローチだったけれど、相変わらずの芸術品仕様しよう。ミスリル製でもあるし、オークションにでも出せば相当な値段が付きそうな品物ではある。


「それでは、食事を始めましょうか。うちでは、食事を始める前にみんな揃って『いただきます』と言うんです」



 いちおうエメルダさんたちに説明したところ、


「それは、シャーリーさんからうかがっています」


 シャーリーが学校ででも話をしたのだろう。


「それじゃあ、いただきます」


「いただきます」


 テーブルの上に並べられた料理は、スープはとじ玉子の入ったコンソメスープ。サラダはトマトと葉野菜のサラダにトロっとしたドレッシングがかかった物、そして、白身魚を透き通るほど薄造りにしたもの。小皿に醤油と緑のワサビが別々に。メインは後からドラゴンのヒレ肉で作ったローストドラゴンというものだった。


 飲み物は、普段は水で済ませているのだが、エメルダさんたちのため、度数のかなり低い白ワインを氷で冷やしたものを用意してもらった。


 ワサビの説明をしておかないと、みんなどうやって食べるものか分からないだろうし、間違ってそのまま食べてしまうと大変なので説明をする。


「いつも生魚の薄切りサシミは醤油だけで食べているけれど、醤油の隣についている緑っぽいワサビというのをほんのちょっとサシミにつけて、それから醤油を付けて食べるとまたおいしいんだ。ただ、付けすぎると鼻にツーンとくるから気を付けてくれ」


 エメルダさんたちもワサビが薬草であることは知っているかもしれないがこういった使い方をする食材だとは知らないだろう。もちろん新鮮な生魚なまざかなを醤油とワサビで食べたことはあるまい。


 俺の注意を聞いてめいめい料理に手を出しはじめた。



 注意しても誰かやるとは思ったが、やはり、


「鼻から頭にツーンと来たー」


 ラッティーでした。ラッティーにはまだ早かったかも。


 エメルダさんたちも最初は生魚と醤油の取り合わせにどうやって食べるものかと戸惑っていたようだが、シャーリーが親切に説明したようで、おいしそうに食べていた。本当なら、おはしでいただきたいが、今日は俺もフォークで食べている。


「このお魚、コリコリしておいしい。黒いソースとワサビ?が良く合うわ。ワサビというと、あの薬草のワサビですか?」


「そのワサビは、ブレトの薬草屋で買った物なんです」


「薬草ですから口に入れても大丈夫なんでしょうけれど、こういった薬味になるとは思いませんでした」



 和気あいあいと食事が進み、今日のメインのドラゴンのヒレ肉ローストドラゴンが運ばれてきた。厨房からワゴンで運ばれたお皿を、みんなで手分けして手際よく配っていく。見てて気持ちのいい動きだ。


 ローストドラゴンは今日初めての料理だ。ローストビーフほど赤くはなく全般的に薄いピンク色で焼かれた表面がやや色が濃くなっているだけなので、何の肉かは分からないと思う。そのローストドラゴンに赤いとろりとしたソースがかかっている。


 ソースの見た目は赤ワインをベースに各種の野菜を形が無くなるまで煮込んだものだと思う。いつもゴーメイさんの作る料理を食べているせいか、口はもとより目も肥えてきた気がする。


 非常においしそうに見えるが、はたしてお味の方は? 実食タイムだ。


 まず、フォークを突き刺してみる。何の抵抗もなく厚めにスライスされた肉にフォークが突き刺さった。フォークの刺さった所から透明な肉汁がジュワーと流れ出てきた。強烈な肉の匂いがするわけではないが、上品な匂いが漂って鼻をくすぐる。そして、フォークの先に沿わせるようにナイフを入れる。これも何の抵抗もなくきれいに肉を切ることができた。フォークを刺した肉に上に乗ったソースをちょっと付けて口に運ぶ。噛みごたえがないわけではないが非常に柔らかい。肉のうまみと、酸味のあるやや甘めのソースが良くマッチしていて、口の中に至福しふくが広がっていく。ソースには何かの香草でも入っているようで後味もすっきりしている。


 うんまーーい!


「マスター、今回のマスターの食レポは百点満点で75点くらいでしょうか」


 何? 俺はまた、思っていたことを口に出していたのか?


「顔と目の動きだけでマスターの考えていることは分かります」


 ここのところ、思ったことを口に出さないように意識しているのだが、成果があったようで何よりだ。


「というのは冗談で、顔と目の動きだけでマスターの考えていることなど分かるわけはありません」


 ということは、俺はまた口に出していたってこと?


「そうとも言えます」


『そうとも』って、それしかないじゃん。



 俺が食べても至福のローストドラゴンはやはりみんなにも大好評だったようだ。


 エメルダさんたちも喜んで食べてくれた。ただ、ドラゴンの肉だとは言っていない。そのうちシャーリーにでも聞いてください。



 食事もあらかた終わったので、


「それじゃあ、そろそろみんなにお土産を渡しまーす。女性陣には刺しゅう入りのハンカチだから、各自適当に持っていってくれ」


 そう言って収納庫に入っていたハンカチをテーブルの端に積んでおいた。


「ありがとうございまーす」



「男性陣にはお酒でーす」


 こっちは、テーブルの反対側の端に並べておいた。


「うおーー。ありがとうございます」


 おじさん連中には量も多かったせいか、ことのほか喜ばれた。


「そして、エメルダさんとパトリシアさんには、アスカ謹製きんせい薔薇ばらのブローチでーす」


 二人にアスカの作ったブローチを渡した。


「ありがとうございます。すごく綺麗きれー! えっ! この銀とは違うきらめき、これってもしかして」


「お嬢さま、これは確かにミスリルです。私はとてもこれほど高価なものなどいただけません」


「二人とも気にしないでください。ミスリルは珍しい金属かもしれませんが、そこまで驚くほどの物じゃありませんから」


 そう言ってミスリルのインゴットを二本収納から取り出し、左右の手に持ってコンコンと打ち合わせてやった。


「何でもアリのショウタさんですものね。わかりました。ありがとうございます。パトリシアもいただいておきなさい」


「は、はい。お嬢さま。

 ショウタさま、ありがとうございます。家宝にさせていただきます」


 家宝とは大げさな。逆に二人を恐縮させてしまったようだが、まあいいだろ。


 ちなみに、食後のデザートはお土産の乾燥果物と紅茶だった。デーツと乾燥イチジクが甘くて美味おいしかった。



 デザートを食べながら寛いでいると、アスカが、


「ところで、マスター、ダークン人形ですが、どうでしたか?」


「うん?」


「とりあえず、ポケットに入れるには大きすぎたようですので、私の方で削ってみました」


 アスカがやったことだったのか。冷静に考えればすぐに気づけたはずだが、オカルト現象かと思って少々ビビってしまって、あの時は何も考えられなかった。


「そうだったのか。気が利くな、ありがとう」と、心にもないことを言ってしまった。


「黒い塗料が無かったので、無垢の木目になりましたが、あとで塗料を塗って完成させましょう」


「いや、あれは、あれで味わいがあるからあのままでいいよ」


「そうですか。それでしたらそのままで。あと、後ろに紐を通せる孔を空けていますので、紐を通して首から下げることもできますよ」


 ご丁寧なことで。あんまりうれしくはないが、ありがとさん。




 翌日。


 朝食も済ませ、制服に着替えたシャーリーとエメルダさん、それと普段着のパトリシアさんが、俺とアスカが寛いでいた居間にやって来た。シャーリーで見慣れている付属校の制服だが、見た目の全く異なる二人が同じ制服を着て並んでいると眩しく見えてしまう。ここで、二人にくるっと一回りしてもらいたかったが、それは言わなかった。まさか口に出してはいないよな?



「それじゃあ行ってきます」


「お世話になりました」「ありがとうございました、失礼いたします」


 挨拶を済ませた三人は、二人の荷物を忘れずに乗っけたうちの箱馬車で付属校に向かった。付属校でシャーリーとエメルダさんを降ろした後は、パトリシアさんをエメルダさんたちが借り切っているスイートのある宿屋『銀馬車ぎんばしゃ』に送り届ける予定だ。



 これで、普段の生活という訳ではないが、だいぶ落ち着いた。


 俺とアスカはグリフォンのヒナたちの小屋をどこに作るか相談したのだが、最初は今の馬小屋の上にでも作ろうかと思ったが、面倒めんどうを見てもらっているサージェントさんが二階へエサを運んだり、敷き藁を替えたりするのは大変なので手詰てづまり状態になってしまった。もう少しヒナたちには我慢がまんしてもらうしかない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る