第340話 入浴


 今回は何事もなく戻ってこれた。いや、落雷直撃から石油を見つけてしまった。


 そういう意味では何事もなかったわけではないが、自分的にはおおむね大したことのない旅行だった。俺もビッグになったものだと久々ひさびさに実感した。


 一度、厨房ちゅうぼうに寄って、ゴーメイさんにルマーニで仕入れた乾燥果物と乾燥ワサビ、それと先日『シャーリン』で王女殿下たちにふるまった魚の残りを何匹か置いてきた。魚は刺身にしてもらうことにして、乾燥ワサビについても一応の説明はしておいた。


 試しに乾燥ワサビをすりおろしてもらって粉状にしたものを小皿に入れ、その上に水を数滴たらしペースト状にして、味が引き立つようにお皿をひっくり返して数分寝かせてめたところ、ちゃんとしたワサビだった。



 今日も食事の前に風呂に入ろうと着ていた上着だけクローゼットに仕舞しまおうとしたら、ポケットが膨らんでいる。ラッティーが選んだダークンフー人形を入れたままにしていた。このままにしておくと生地が伸びてしまうかもしれないので、人形を取り出して机の上に置いた。机の上にはすでに白銀に輝くミスリル製のアスカ人形が二体あるのでその間においてやった。ブレトの公園で見た石像と並びは同じだが大きさは逆で、アスカ人形の方がダークン人形の何倍も大きい。なんか勝ったような気がしてしまった。



 そんなどうでもよいことで幾分いくぶん気分が良くなり、男風呂に向かう。


 着替えやタオルなどの洗濯された物は、最初のうちは俺の部屋のタンスの中に綺麗にたたんで仕舞しまわれていたのだが、俺の場合どうせ収納してしまうので、下着などの洗濯物はたたまなくても籠に入れて部屋に置いておいてくれればいいといっている。


 脱衣場で裸になって浴室に。掛け湯をして湯舟に入り、体を伸ばす。大きなお風呂は確かに贅沢ぜいたくだが、魔道具である温水器の燃料は俺の魔力だし、このくらいの贅沢はいいだろう。今日は烏の行水からすのぎょうずいはやめてじっくり体を休めるとするか。


 俺が湯舟の中でくつろいでいたら、隣の女風呂に人が入ってきた。今日は日曜日なので、アスカ以外の可能性もある。


 少々緊張しながら気配を探るミニマップでみると、四人ほどの団体さまだった。極端に大きなマーカーはアスカで確定だが、ほかの三人は声から判断すると、シャーリー、ラッティー、エメルダさんの三人のようだ。


 普段、俺が入浴中にアスカ以外の女子が隣の女風呂に入ってくることはめったにないのだが、それでもたまにはある。そういった時でも別に何も気にならないのだが、いま隣の女風呂にお客さんが入っているとなるとこっちが緊張してしまう。


 逆に向こうも俺が隣の風呂にいるとなると緊張するんじゃないだろうか? ここは、あまり音を出さないようにして、隣に俺がいることを意識させないようにしよう。


 そろそろと湯舟から上がり、あまり音を立てないように体をゆっくり洗う。


 頭も顔も一緒に洗えるところがいつもながら簡単でありがたい。髪の毛も、拭くだけですぐに乾くところがさらに良い。世の女性に勧める気はもちろんないが、男性諸氏はぜひ坊主頭を試していただきたい。


 体を洗っていると、男風呂と女風呂を分けている仕切りがちらっと眼に入った。


 確かにこの状況において、フォレスタルさんの最初の設計通り仕切りにスリットが入っていたらえらいことになっていたと思う。少々残念な気持ちがないわけではないが、やはりアスカがスリットをつぶした今の形でよかった。


『マスター、申し訳ありませんでした』


 隣りの風呂場からアスカの声。


 そして、アスカの声に続いて、


『えっ! ショウタさんがいるの?』


 エメルダさんの声が聞こえた。


 俺とアスカは一心同体だが、こういうことをいうのではないと思う。


 俺が気配を殺してエメルダさんに隣の風呂に男性が入っていることを意識させないように配慮していたのに気が利かない奴だ。


 しかし、これまでこういったことが何度もあってアスカのことを気が利かないと思っていたが、アスカに状況判断ができないはずはない。これまでも、ワザとだったに違いない。チクショウ。


 とはいえ、アスカの声を無視するわけにもいかないので、


「アスカのおかげだから気にしないでくれ」


 アスカのおかげ・・・かアスカのせい・・かしらないが、嘘ではない。


『エメルダさん、ショウタさんならダイジョーブ』


『ショウタさんなんだからなんにも気にしなくていいんですよ』


『ショウタさんなら、そうでしたね!』


 そうなの? 俺ってなーんにも気にしなくていい男なの?


 地味に傷つく言葉のような。これ以上何か言われたらガラスの心にヒビが入ってしまうので、一度、湯舟に肩までつかって二十数えたら出よう。


 一、二、三、……


『エメルダさんて今おいくつでしたっけ?』


『私は14歳になったばかりです』


『14歳でその大きさ!』


 十、十一、二、三、四、……


『最近急に大きくなり出したの』


うらやましー。ちょっとだけ触ってもいいですか?』


『シャーリーさんならいですよ。優しくしてくださいね』


 十八、十九、十、十一、十二、……


やわらかーい』


『シャーリーさんのは、……、いえ、何でもないです』


『ねえねえ、わたしにも触らせて! ……、おー!』


 こら! ラッティー、遊び半分でそんなことを言っちゃダメです。『うらやまけしからん』とはこのことだったのか。


『わたしもエメルダさんみたいになれるかな?』


『ラッティーさんなら・・なにも問題ないですわ』


 三、四、五、……


 いかんいかん、女子の会話に聞き入って、数えていた数字が頭の中でループしていた。これ以上女子の会話を聞いていたらエライことになる。早いところ風呂から上がろう。



 風呂から出て、自室の机の後ろの立派な椅子に座ってしばらく涼んでいたら、机の上の三体の人形が目に入った。


 あれ?


 明らかにダークンフー人形が小さくなっている。


 アスカ人形の三分の一くらいだったダークンフー人形が、今ではその半分くらいの大きさになっている。しかも、さっきまで真っ黒だった人形が、無垢むくの木目の浮き出た鎧人形になっている!もうオカルトだよ。何とかしてくれよ。


 近くに謎金属のミスリル製の像があるからなにがしかの影響をダークンフー人形が受けたのかもしれない。謎だ。しかし、小さくなったダークンフー人形だが、これくらいなら上着のポケットに入れても問題はなさそうな大きさではある。


 ミニマップで確認したところ、一応こいつは生きていないようだ。そこだけは安心だ。もちろん本体のフーはいいのか悪いのかちゃんと緑の点のままだ。




 オカルトの実体験で少々おののいてしまったが、しばらくして、夕食の準備が整ったと知らされた。


 一階の食堂で自分の席に座り、みんなが揃うのを待っている。食事が終わったらブレトで買ったお土産みやげを渡そうと思っていたのだが、みんなに手渡す中、エメルダさん、パトリシアさんに何もないというのはちょっとかわいそうなので、どうしようかと思ったら、


「マスター、ミスリルのインゴットを一つお願いします。それで、二人に何か気の利いたものを作りましょう」


 アスカは渡したミスリルのインゴットの端の方を切り取って、アッというまに銀色の薔薇の花のブローチを二つ作ってしまった。


「これを二人に」


 アスカ、実に気が利くじゃないか。


「先ほどの評価と180度違ってますね」


 まさに以心伝心だった。



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