第337話 ダンスパーティー2


 女官長のハンナさんに連れていかれた先には大きな扉があり、なぜかその前でいったん待たされた。ハンナさんだけが扉をわずかに開けてするりと中に入っていった。


 そして扉の先から聞こえてきたのは、


『アデレード王国コダマ子爵閣下、同じくエンダー子爵閣下、アトレア王国リリム王女殿下がご入室します』


 結婚式みたいな口上が述べられていた。


 その口上が終わると同時に扉が大きく開かれた。そこは大広間のようで、シャンデリアがきらめき大勢の人たちが中にいて、俺たちの方を向いて拍手を始めた。


 ややや、なんだか大ごとになってきた。扉の脇に立っていたハンナさんが、


「そのままお進みください」


 という。ハンナさんは俺たちの後について来るようだ。


 正面には一段高くなったステージ。そのわきには楽団。アデレード王国でのダンスパーティーの時の広間の感じなのだがどこか違う。


 ステージの上を見ると、エメルダさんのお父さんである国王陛下が正装して立っている。


「そのままコダマ閣下とエンダー閣下はステージに上がられて、陛下の前にお進みください。リリム殿下はここでしばらくお待ちください」


 いわれるまま、二人で国王陛下の前に進み出る。


「コダマ子爵殿、エンダー子爵殿、このたびは母の命を救っていただきまことにありがとうございます。何も礼を差し上げられませんので、代わりにこれを」


 キラキラで立派なメダルを俺から順に首からかけてもらった。


 一応礼儀として、


「ありがとうございます」と二人で言っておいた。


 何のメダルなのかは分からないが、重さもあり相当立派なものだ。


 取りあえず、式のようなものはそれで終わったようで俺たちは大勢の人たちの拍手の中ステージをいったん下りた。


 ステージの下にいたハンナさんが、


「お二方はこれで、わが国の名誉子爵になられました。終生わが国から年金が支払われます。年金自体は高額ではありませんが、アデレード王国、セントラルの商業ギルドにある我が国の口座からお二人の口座に振り込ませていただきます。申し訳ありませんが、この名誉子爵位はご子息等には引き継がれません。お二方限りとなります」


 なんだか、知らぬ間にこの国の貴族さまにされてしまった。勝手によその国の貴族になっていいものかと思うが、ルマーニはアデレードの友好国らしいし、貴族といっても『名誉』つきだからかまわないのだろう。これも何かの縁だから、ルマーニのことを今後はなにかと気に掛けることになるのだろう。それがルマーニの主な狙いなのだろうが、その程度のことは問題ない。セントラルに戻れば、陞爵しょうしゃく式があるが先にこちらで受爵するとはビックリだ。



 その後、音楽が始まったので、俺たちは、会場の隅の方に移動した。いろんな人が挨拶あいさつに来るのだがそれらを適当にあしらうため、テーブルの上に並べられていた料理を適当に小皿にとって食べ始めた。


「ね! やっぱりフーのおかげだよね!」


『ね!』ってラッティーに言われたが、本当に『ね!』なのかね。


 しばらく、皿の物をつまんでいたら、エメルダさんがやって来た。


「お二人とも申し訳ありません。突然で驚かれたでしょうが父がどうしてもお二人をルマーニの貴族にしたいと言って」


「これでご縁もできたわけですからそれはそれでいいんですよ」


「そう言っていただき、ありがとうございます。私はダンスは苦手なので、ショウタさんとアスカさんで踊っていらっしゃたらいかがですか? ラッティーさんは私が一緒にいますからだいじょうぶですよ」


 と言われても、俺の踊れるのはタンゴだけ。その時を待つしかないのだが、不思議なことに、次の曲はタンゴだった!


 どうなってんの?


「それでは、マスター、踊りましょうか?」


 なんだか腑に落ちないが、確かにタンゴだ。俺がアスカをエスコートして、広間の中ほどまで進み出で、右手でアスカの左手をとり、左手を背中に回して、曲に合わせて踊り始める。


『クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスロー』


 ……


『スロー、クイック、クイック、スロー』ここで大きくのけぞったアスカの体重を受け止める。


 なんだかここでも注目を集めている気がする。確かにアスカは美人だものな。俺もタンゴのステップだけは自信があるので、いい気になってアスカと踊っていたらあっという間に曲が終わってしまった。


 最後にのけぞったアスカを受け止めて、曲は終わったのだが、そこで会場から拍手が湧き起こった。なんだかいい気分だ。


 ラッティーとエメルダさんのところに戻ると、


「お二人ともビックリするほどダンスがお上手じょうずなんですね。これは、学校に戻ったらみんなに報告しなければいけませんわ」


 そういえば、アスカのファンクラブが付属校にあるんだっけ。俺はファンが居なくても全然気にしないけどな。フン。


 先ほどの俺とアスカのダンスに刺激されたのか、こんどはラッティーが、


「二人ともいいなー、わたしも踊れれば良かったな」


「ラッティー、来月の入学試験が終わったら、アスカかヨシュアに頼んでダンス教室をしよう。そしたらラッティーも踊れるようになるぞ」


「やったー」

 


 俺は、アスカと違ってあまり飲み食いはしなかったのだが、アスカ以外誰もダンスに誘ってくれなかった。あまりの俺のステップの冴えに女性の方々は気後れしたに違いない。


「マスター。マスターの自己肯定じここうてい能力は一線を画していますね」


 フンだ!


 そうやって、時間を潰していたら、どこかで会ったことがあるような女性が俺たちの方にやって来た。誰だっけ? あっ! エメルダさんのおばあさんのイルラさんだ。見た目は40代にも見える。しかも体の線がはっきり分かるような真っ赤なドレスに真っ赤な口紅。


「コダマ子爵殿、良ければ私と踊っていただけますか?」


 タンゴしか踊れないので丁重にお断りしようと思ったのだが、なぜか急に今の曲が終わりタンゴが始まってしまった。こらっ! フー、仕事をせんかい。



 ということで、


『クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスロー』


……


 イルラさんは、自分から俺を誘いに来ただけあって、全くとしを感じさせない見事なステップだったとだけ言っておこう。



 アスカとイルラさんと踊っただけではイルラさんには悪いが損した気持ちがする。


 貴重なタンゴの時間に誰が俺を誘ってくるのか分からないのでその時間には決して飲み食いはしないようにスタンバイしていたがこの国の女性陣はイルラさん以外積極性はないようだ。それなら俺から他の女性を誘えばいいのだろうが生憎あいにくそのような蛮勇ばんゆうは俺にはないのだ。


 アスカも俺と一度最初に踊っただけで、その後はいつもの作戦で食事をし続けたせいか誰からもダンスに誘われることもなく、そのうちパーティーがお開きになった。

  


 部屋まで案内されて戻ったところで、部屋の中には夜食用に紅茶とサンドイッチがワゴンで届けられた。そろそろおねむのラッティーは着替えてすぐ寝てしまったが、アスカはまたそのサンドイッチを食べ始めた。健啖家けんたんかとでもいうのか。いくら食べても太らないから女性から見ればうらやましいことなのだろうが、俺から見るとやけ食いに見える。


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