第336話 ダンスパーティー1


 そんなこんなで半分鉄道敷設ふせつ言質げんちのようなものをエメルダさんとラッティーにとられながらしばらく雑談をしていたら、パトリシアさんがやって来て昼食の用意ができたと伝えられた。


 いま茶菓子ちゃがしをいただいたばかりなので、そこまで食欲はないが、よそさまのお招きを断ることなどできないので、昼食の準備された部屋にパトリシアさんに案内されるままみんなでついていった。


 すでに料理はテーブルの上に湯気を立てて並べられており、現金なもので、視覚と嗅覚とが刺激されたためか、食欲がいてきた。



 エメルダさんと食事をいただきながら、


「先週は、私の帰国が突然でしたのでみなさんの歓迎会を開くことができませんでしたが、今晩7時からみなさんの歓迎会を開くことになっています。歓迎会はダンスパーティーですのでよろしくお願いします」


 エメルダさんから爆弾発言があった。


「衣装などはお部屋のクローゼットの中に何種類か入っていますのでそこからお選びください。寸法などは、大丈夫と思いますが、問題があるようでしたら、取り換えますのでおっしゃってください」と後ろに控えていたパトリシアさん。


 用意のいいことである。俺とアスカの衣装は収納にいつも入っているので問題はないがラッティーの衣装は急に雨に降られるようなまさか・・・の時用にアスカが揃えた下着以外収納には入れていない。クローゼットの中にあればいいが。


「ラッティーさんの衣装はわたしのおふるになりますが、いろいろありますので、後で私の部屋で着替えましょう」


 と、エメルダさん。ラッティーの衣装の心配もこれでなくなった。



 ダンスパーティーか。まさかこんなところで、俺の唯一の必殺技のタンゴを披露ひろうすることになろうとはな。よーし、俺のステップのえをこの国の方々に披露しようではないか。


「マスター、今日は自信満々ですね」


「まあな。クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスローだよ」


 意識して思い出したら、また頭の中に『スロー、クイック、クイック、スロー、クイック、クイック』が鳴り始めてしまった。これが頭の中で始まってしまうと、体の中の重心が勝手に『スロー、クイック、……』に合わせて、あっちこっちに動いている気がしてしまう。



 食事を終えた俺たちは、いったん部屋に戻った。ラッティーにはエメルダさんの部屋に着替えに行くため5時ごろ迎えが来るそうだ。


 ラッティーにはまだダンスは早いだろうから、今回は踊る必要はないだろうが、いずれダンスは必要になる。ちゃんと教えておかなければいけない。すっかり失念していたが、これでは保護者としては失格だ。


 シャーリーだっていずれは子爵閣下になる。これからどういった付き合いがあるかも分からないから、いまのうちに覚えておいて損ではない。今回は、早い段階でそれに気づけて幸運だった。『幸運』という言葉を使うと、最近は妙なものを連想してしまう。そこのところは忘れよう。



 夕方まで暇になってしまったので、アスカがリバーシでもして時間を潰しましょうかといってきた。俺はアスカのおかげで後天的リバーシ恐怖症なので、


「俺はいいから、ラッティーと遊んでやってくれ」


 と断って、リバーシを一組収納から出してやった。そしたら、二人してテーブルに向かい合ってリバーシを始めた。


 結果は当然アスカが勝ったのだが、けっこうラッティーもいい線やっている。さてはアスカのヤツ、ラッティーに手加減してやってるな?


「ラッティーに手加減などしていません。まして、パーフェクトで勝つことは相手がよほど・・・弱くなければそうそうできることではありませんから」


 誰も、パーフェクト負けの話などしてはいないのに。人の古傷ふるきずえぐるやつだ。


 アスカとラッティーが数回リバーシをしたところで、


「ショウタさんもリバーシしようよ」


 ラッティーさん、きみに悪気はないことは十分承知しているけれど、そういった言葉が胸にグサッと突き刺さる人物がここにいるのだよ。


 俺はのがれられない会心の一撃を受けてしまったので渋々アスカと交代しようとしたところで、部屋の扉がノックされた。


「リリムさま、お迎えに上がりました」


 パーティー用の衣装に着替えるためラッティーに迎えがやってきてくれた。


 もうそんな時間か。九死に一生、ヒョウタンから牡丹餅ぼたもちだ。危うく大恥をかくところだった。ラッキー! あれ?


「じゃあ、行ってくる」


 ラッティーが侍女の人について部屋を出ていった。



「俺たちも、早めに着替えておくか?」


「はい」



 アスカの衣装はなぜか俺が収納しているので、一揃ひとそろい出してやり、俺も自分の衣装を収納から一揃い出した。正月明けのダンスパーティー用に作った衣装なのでアスカには悪いが季節柄少々厚っぽく見える。俺自身はステータスの関係かちょっとやそっとでは暑さ寒さを意識することもないので、少し場にそぐわないかもしれないが、どうせ坊主頭なのだし、どうってことはないだろう。


 とりあえずアスカと二人、衣装を着込んで妙なところのないことをお互い確認しあった。俺もこういった衣装を着ることに慣れてきたのか、そんなに着替えに時間もかからなかったので、そのままソファーに座って時間までくつろいでいることにした。


 俺たちが衣装を着て30分ほどしたところで、ラッティーもおめかしして部屋に戻ってきた。それまで着ていた服は明日の朝届けてくれるそうだ。


 ラッティーが着ている衣装は、えりと胸元、袖口そでぐちにヒラヒラのついたピンクの子ども用ドレスだった。腰の真っ赤なベルトがアクセントになっている。靴も真っ赤でエナメル製のようだった。


 最初のゴスロリ服の印象が強かったせいか、普通の子ども用のドレスを着たラッティーは何だか清楚せいそに見えてしまう。


「ラッティー、見違えるといっては失礼になるが、なかなかいいじゃないか」


「えへへ。この服、エメルダさんにもらっちゃった。他にも何着かもらったから、明日あしたの朝、着替えた服と一緒に持ってきてくれるって」


 ラッティーが嬉しそうに俺たちの前で一回りして、スカートをひらひらさせてくれた。


 ラッティーもかなり気に入っているようだ。エメルダさんはこのお城で生まれ育ったのだろうからこういったドレスなどもいろいろ持っているのだろう。本来であれば、シャーリーがラッティーのお姉さん役で、シャーリーのおさがりをラッティーがもらうことができればいいのだが、あいにく孤児奴隷のシャーリーは小さな時の衣装など持ってないものな。


 そのあと、三人で鉄道がどうの、石油がどうのと話をしていたら、迎えの人がやって来た。今回の迎えはたしか女官長ハンナさん。ハンナさんについて、暗くなってきてところどころ照明のともったお城の廊下をラッティーから差し出された手を握って歩いていく。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る