第335話 マーケティングと安請負(やすうけお)い


 エメルダさんとパトリシアさんに連れられて案内された部屋は前回泊まった部屋だった。普通はそうだよな。


「今お茶などをお持ちしますのでしばらくお待ちください」


 そう言って、パトリシアさんは部屋を出ていった。


 お茶の方は、用意済みだったらしく、すぐにパトリシアさんがワゴンを押して戻って来て、みんなにお茶をくばり、お茶菓子をテーブルの真ん中に置いてくれた。パトリシアさん自身は一歩引いて部屋の扉の前で控えている。前回もそうだが、パトリシアさんは良く走っている。クラン・マスカレードにスカウトしたいくらいだ。


 エメルダさんと、俺たちは居間のソファーに腰をおろして、この一週間の出来事などを話した。無難なところで『万能薬』の話などをしていたのだが、ラッティーはフーの話をエメルダさんにしたかったようだ。とはいっても、雑貨屋で人形にもなっているような鎧の元祖がんそが俺の部屋にあるとはさすがに言いにくい。


 ブラッキーとホワイティーの話をすることでごまかしてしまった。


 エメルダさんの話では、『万能薬』で年齢が若返ったように元気になったおばあさんは、むかし以上に活動的になり、この一週間は王都内を侍女数名を連れて歩き回っているそうだ。今日は午後には俺たちが王城にやってくるということになっていたので、午後にはお城に戻ってくると言って今は出かけているという。


「先週、見送りに来ていただいたときもお元気でしたが、そんなにお元気になられたんですね。シャーリーもエメルダさんのおばあさんが良くなって良かったって言ってましたよ」


「あら、シャーリーさんはほんとにお優しい」


「そうだ、いきなりですが、このブレトの街は冬になるとどうです? かなり寒くなるんでしょうか?」


 せっかくなので、石油のニーズでも聞いておこうと、エメルダさんにこのあたりの冬の気候を聞いてみたところ、


「かなり寒くなります。特にこのお城の中は昔ながらの石造りのせいか冷え込むようです」


 そういえば、この部屋の壁際かべぎわに暖炉がある。


「ですので、冬場にはまきで暖を取るのですが、近隣の山で薪になるような木材が不足しているようで、かなり遠方からここブレトまで薪を運んでいるようです」


 そうなると運賃もそれ相応にかかるから薪も高額にはなるだろう。石油ストーブを導入してしまうと、鉄道導入と同じように、そういったもので生計を立てている人が路頭に迷うことになってしまうので、一気いっきにはできないが、徐々に普及させていくことは可能かもしれない。ここルマーニよりもさらに北にも国があるようだし、ニーズはありそうだ。まあ、暖炉などより、薪ストーブでも格段に暖房効率がいいだろうからそっちを先に普及させていく方が現実的かもしれない。


 一応の顧客の潜在ニーズはあるようだ。薪も天然資源なので、何かの加減で入手しづらくなる可能性もある。選択肢はあった方がいいので、そのうち提案してやってもいいな。


「あと、この国の問題は、国内に数カ所ダンジョンを所有しているものの、冒険者の数と質が不足しているため素材以上に魔石が恒常的に不足しています。私も詳しくはありませんが、アデレートからかなりの魔石を輸入しているようです」


 魔石が不足しているということは魔道具がそれほど普及していないのかもしれない。魔素貯留器も魔力の有り余っている人間がそれなりに必要だ。どこでも魔石は喉から手が出るほど欲しいってことか。


 あとは、冒険者の問題。アデレートの冒険者たちも優秀とはいいがたいと俺のような者でも思うが、それでも、輸出できるほどの魔石を採集しているとは驚きだ。


 どこぞの大使も、こんな話を赴任先ふにんさきの国の主だった人と話しているのだろうか?


 こういった話をエメルダさんとしていて、俺もちょっと偉くなったような気がした。が、よく考えたら、気心の知れたエメルダさんだからこそ気兼ねなく話せただけで、これがほとんど面識のない、いかついおっさんが相手だとちゃんと話をする自信はこれっぽっちもない。


「マスター。マスターと私がいれば、この大陸の国々を占領こそできませんが、蹂躙じゅうりんするのはたやすいことですから、自信を持ってください」


 アスカさんのおっしゃる通りなのだろうが、俺はまだ17歳。気持ちだけは高2の男子生徒。難しいことはできるできないの前にしたくないのだよ。


「将来的に、アデレードのセントラルを中心に北はここブレト、南はわたしのアトレアまで鉄道が伸びればいいな」


「そういえば、ショウタさん、セントラルからヤシマダンジョンまで鉄道と呼ばれる鉄の道を作られたそうで、その上を魔導機械で多くの荷物を乗せた荷車が走ると聞きました。なんでも、片道50キロを1時間程度で走るとか」


 シャーリーとは限らないがエメルダさんも鉄道の話を誰かから聞いていたようだ。


「近いうちに営業運転を始める予定です。これまで荷馬車でヤシマで採れた素材をセントラルに運んでいたのですが、それを今度の鉄道で引き継ぐ形になります。今までの馬車は、そのほかの幹線道かんせんどうなどに割り振られて行くようです」


「すごいですわ。ラッティーさんの言うように、いろいろな国がその鉄道でつながればすばらしいことです」


 なんだか、この流れ、油断するといつもの悪い癖で安請やすうけ合いしそうだ。用心せねば。


「鉄道で使う鉄のレールの目途めどは立っていますので、将来的には鉄道を各国に伸ばしていくことも可能とは思います」


 用心せねばと思ったはしかららぬ事を口走ってしまった。アスカが俺の方を横目で見ている。エメルダさんとラッティーは嬉しそうな顔をしている。許せアスカ。とはいえ、実際鉄道を引くとなっても、俺たちはレール資材の提供ていきょうだけで済ませることもできるだろうから、それほど負担にはならないハズだ。


「マスター、楽観的に生きていくことでストレスが大きく低減でき、非常に精神的にはいいことなのだとは・・思います」


 アスカにイヤミを言われてしまった。アスカのマスター、これでいいのか?


「何か問題がありますか?」


 いいえ、なにもございません。






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