第332話 ブレト2


 アスカによると、今歩いている通りをまっすぐ行けばそのうち道に面して宿屋があるらしい。


 歩いていくにつれて、建物の数も増えてきた。住居らしい建物の並びの中に小物を扱っている店や、雑貨屋などの店がみえる。食堂っぽい店もある。どこにでもある街並みではある。


 まだ季節的に日が暮れるのには時間があるので、ブラブラと通りを歩いている。時間帯のせいか、荷馬車などの行き来は少ない。


 通りを歩いていると、右手に小さな公園のような場所があった。その公園?の真ん中に石像のようなものが三体立っている。真ん中の一番おおきな石像は黒い御影石みかげいしか何かでできているようで、黒光りしており、見た目はまさにフーだ。その両側に、おそらく大理石できた真っ白い女性の像が立っていた。


「真ん中のはフーに見えるけれども、何の像なのかな?」


「あっ! ダークンと二人の賢者・・だ!」


 何? ラッティーもダークンが何やらと言ってたものな。社会科勉強ができてよかったな。


 こんな妙な石像は無視して素通りしようとしたら、ラッティーが、


「油のことをお礼した方がいいよ」


 と言い出した。


 仕方ないので、その像の前まで行って、『二礼にれい二拍手にはくしゅ一礼いちれい』の神道しんとう形式で頭を下げてやった。


 アスカも俺について『二礼、二拍手、一礼』。


 ラッティーも見よう見まねで『二礼、二拍手、一礼』をしたところ、


 通りがかったお年寄りに、


「ほー、お若いのに正式な参拝さんぱいをされるとは感心ですな」


 と言われてしまった。


 たまたま、『二礼、二拍手、一礼』が正式な参拝方法だったらしい。世界が違ってもこういった『かたち』は同じになるようだ。


「マスター、このダークンも実はマスターと一緒で日本人だったかもしれませんよ」


 まさかな。



 公園?を出て大通りを進んでいくと、だんだんと三階建てや四階建ての建物も増えていき中心部の繁華街はんかがいに近づいてきたようだ。ここから王城の城壁までもう1キロもない。



「マスター、おそらく、あそこに見える四階建ての建物は宿屋のようです」


 いわゆる、らしい・・・建物が何軒か見えてきた。


「大通りに面した宿屋ならそこそこいい宿屋なんだろうから、どこでもいいんじゃないか? 明日はお城に行くんだから、風呂が付いていればありがたいが、シャワーでも問題ないな」


「それでは、一番近いあの宿屋にしましょう」



 三人で入ったその宿屋は、高級感はなかったが、清潔そうで明るい雰囲気のロビーの先にカウンターがあり、そこがフロントになるのだろう。その奥に係りの女性が一人座っていた。


「三人部屋をお願いします。できれば風呂が付いていればありがたいんですが」


「お風呂の付いているお部屋は少々お高くなりますがよろしいでしょうか?」


「おいくらですか?」


「スイートになりますので、一泊金貨3枚となります。お飲み物は別料金ですが、食事は今日の夕、明日の朝とすべての料理が無料となります」


 結構なお値段ではあるが風呂もついて食事が無料ならそこまで高くないのかもしれない。分不相応なことはしたくないが、最近金銭感覚が若干マヒしているところもあるので、一応アスカの顔を見るとうなずいてくれので、


「でしたらそれで一泊お願いします」


 そういって、先払いであろう金貨3枚を係りの女性に渡した。


「ありがとうございます。夕食は6時から10時まで。朝食は6時から9時まで、どちらも、この奥の食堂でお願いします。それでは、お部屋は二階ですので、ご案内します」


 お風呂は水が必要なので高い階には作りづらいだろう。そう考えると最上階に大きな風呂があった『ナイツオブダイヤモンド』のすごさが良くわかるな。



 案内されたのは、二階の角部屋かどべや。部屋は寝室二つ、居間と小さな台所、お風呂とトイレが付いていた。窓もガラス張りなので今の時間は照明を点けなくてもまだ明るい。


「外出される場合はフロントに部屋の鍵をお預けください」


 係りの女性はそう言って帰って行った。


 二つある寝室は、ツインが一部屋とダブルが一部屋だった。


「それじゃあ、俺がダブルの方で一人で寝るか? それとも、アスカたちが二人でダブルで寝るか?」


「マスター、選択肢はそれだけですか?」


「うん? 他にはないだろ?」


「分かりました」


「わたしはアスカさんとダブルベッドがいい」


「それじゃあ、それでいいな。街を少しだけ見物してから先に風呂に入って夕食にするか?」


「それではまず商店街に行ってお土産みやげになりそうな物や食材でも探しましょう」



 一階に下りてフロントの女性に鍵をあずけて、街に出る。


 アスカについていけばいいだろうという依存症になっているため、何も聞かずにアスカの歩みに合わせて歩いていく。



「この通りを横断して、少し王城側に進んだところを左手に曲がったところから商店街が続くようです」


 だいぶ、アスカの脳内タウンマップもでき上ってきたようだ。


 通りを横切ってしばらく王城方面に進んで、左手に折れると、歩行者専用ということはないのだろうが、夕方の買い物客と思われる人たちが大勢通りを行き来していて、その通りの両側にはずうっとむこうまで店屋みせやが並んでいるように見える。


「今回は、どんなお土産みやげがいいかな?」


「この国の特産品は乾燥した果実くだものだそうですので、厨房ちゅうぼうへデザート用に多めに購入すればいいと思います。乾燥した肉類などもいろいろ種類があるようです。屋敷の者への個別のお土産ですと何か形の残るものが良いでしょうから、まずは雑貨屋を探して小物類を見てみましょうか?」


「そうだな、お土産は忘れないうちに先に買っておいた方が無難だしな」


 これは、荷物を気にしないで買い物のできるから言えることだな。


 通りは人で混みあっているというほどではないが、かなりの人が歩いているので、


「ラッティー、手をつなごうか?」


 子どもの面倒はちゃんと見なくてはいけないからな。


「えー?」


「ラッティー、なに恥ずかしがってるんだ。ここではぐれたらお互い困るだろ?」


 正直に言ってしまえば、ミニマップを見ていればはぐれることなどないのだが、それは言わないでおこう。


 ラッティーがおずおずと伸ばした右手を俺が握り、左手はアスカが握った。


 ラッティーの手のひらは最初のころは筋張った感じがしたが、いまではプニプニして握っているととても気持ちがいい。俺も危ない人になりそうだ。


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