第312話 幽霊騒動3


 ミニマップを見ながら、全身鎧の怪人?を小脇こわきに抱えたアスカと廊下を歩いていき一度曲がって、しばらく進むと周囲に人の気配がほとんどなくなってきた。


 扉の鍵の開いている部屋を探しながら、歩いていく。廊下はところどころに照明があるだけなので、かなり暗いのだが、深夜の寝起きで夜目に慣れているようで、何とかつまずくこともなく歩いていけた。


「このあたりの空いた部屋にこいつを突っ込んでしまおう」


「はいマスター。しかし、この鎧、全く動く気配がありません」


不思議ふしぎだな。おっと、この部屋が開いてたぞ」


 何度か並んだ部屋の扉を試してみて、やっと鍵が開いていた部屋が見つかった。ミニマップで確認はしているものの、そーと中を覗くと、中は空っぽの空き部屋だった。


「ここにそいつを突っ込んで、早いとこ部屋に帰ろう」


「了解」


 アスカが小脇に抱えた大荷物おおにもつを床の上にあまり音を立てないようそっと置いた。


「毛布はもったいないから回収しとこう」


 簀巻すまきの全身鎧を転がして毛布を回収し、二人で元の部屋に撤収した。



「おう!?」


 部屋に戻って一安心だと思っていたのだが、部屋の扉を開けると、ヤツが立ってこっちを見ていた。しかも、巻いたはずの砂虫テープはどこに行ったのか外れてしまっている。こいつ、縄抜けなわぬけができるようだ。


 最初から分かってはいたがこいつはただ者ではない。


 かなりあせったが、この鎧、ミニマップ上では黄色いままだ。


「マスター、この鎧に気に入られてしまいました


 たとえそうだとしても、そうであってほしくはない。しかもアスカのヤツ何がうれしいのか、声が軽い。


「アスカ、俺が気に入られてるんじゃなくて、アスカが気に入られてるかもしれないじゃないか?」


「マスター、この鎧は明らかに私ではなくマスターの方を向いてますよ」


 らぬ指摘はしなくていいんだよ。気付かなければ幸せな気持ちが続くこともあるということをアスカも学んでほしい。


「うーん。実害じつがいは今のところないし、しかたないから部屋の脇にでも置いておくか? アスカ、何だか俺は疲れたから二度寝する。こいつをそこらに片付けて変な動きをしないか見張っておいてくれるか」


「分かりました。しかし、変な動きをした場合どうしましょうか?」


「毛布をそこに出しておくから、また巻いておいてくれ」


「了解しました」


 

 俺は気疲れしてしまったので、後はアスカに任せて二度寝することにした。




 変な夢でも見たら嫌だったが、何も夢を見ることもなく朝まで寝ることができた。


「マスター、おはようございます。鎧はあのままじっとしていました」


「アスカ、おはよう。そいつはよかった」


 やはり、あの鎧は夢ではなかったようだ。目覚めた時、夢であることを少しは期待したのだが現実は非常だ。まあ、最初から視界の隅にはいたんだけれどね。


 俺が顔を洗って戻ってきたら、夜の間はおとなしくしていたヒナたちも目を覚ましたようで、「ピーイ、ピーイ」と鳴き始めた。見ればウンチもしているようなので、そいつは収納しておいた。ウンチを収納するのはどうかと思ったが、ゴブリンの死骸よりよほど臭くはない。それに収納庫の中が汚れるわけでも、中の物にくっ付くわけでもないので、安心だ。


 そうこうしていたら、ラッティーも起きたようだ。


「ラッティー、おはよう」


「二人ともおはようございます」


 眠そうに眼をこすっているラッティーに、アスカが先回りして、


「ラッティーおはよう。そこの鎧の置物おきものは気にしなくてもいいから」


 と、言わないでもいいことを言ってラッティに鎧を意識させてしまった。


昨日きのうはなかったよね?」


「昨日はなかったけれど、今はある。そういうことだ」


 何がそういうことだか分からないが、そういうことで納得したのかラッティーは

顔を洗いに洗面室にトボトボ歩いて行った。


 ヒナたちへのエサやりはラッティーにさせておけば、ラッティーもご機嫌なので顔を洗って帰ってくる前にドラゴン肉の入った小皿を出しておいてやる。俺からするとほとんど匂いのしないドラゴン肉なのだが、ヒナたちには分かるようで、一際ひときわ大きな声で「ピーイ、ピーイ」と鳴き始めた。


 すぐに顔を洗って歯も磨いたラッティーが戻ってきたので、小皿を渡してやったら嬉しそうにヒナたちにエサをやり始めた。


 俺たちが朝のひと時を過ごしているあいだも、部屋の隅で鎧は立ったままでじっとしている。慣れてくれば、なんてことはないのかもしれない。どうせ、今日にはセントラルの屋敷の戻ってこいつとはオサラバ・・・・だ。


 一風変わった同居人を無視しつつ朝の支度したくをすっかり済ませ、ソファーに座っていたら、


「朝食の用意ができましたので、お越しください」


 と、侍女の人が告げに来てくれた。ヒナたちもお腹が膨れたので、今はおとなしい。少し心配ではあるが、この鎧がヒナたちに何かすることはないと信じて、侍女の人に従って部屋を出た。



 朝食は、昨日の会食室とは違う部屋で、部屋の中にはエメルダさん一人がいた。


「おはようございます」


 挨拶あいさつのあと、給仕の女性に椅子を引かれたので、めいめい席に着く。


 俺とアスカの間にラッティー、向かいにエメルダさんという並びだ。


 朝はこの四人だけらしく、すぐに食事が始まった。


 テーブルの上に並べられた朝食を食べながら、


今朝けさ、おばあさまのところに様子を見に行ったんですが、昨日以上に元気にしていました。朝食の前に散歩に出かけると言って、侍女を連れてお城を出ていってしまいました」


「あまり無理はしない方がいいとは思いますが、軽い散歩を継続的に行えば体にもいいようですから、様子を見ながら続けさせてあげてください」


「分かりました」



 朝食を食べ終えて、お茶を飲みながら、


「エメルダさん、いきなりつかぬことをおうかがいしますが」


「なんでしょう?」


 ちょっと、こわばった声で返されてしまった。いくら何でも女子に対して失礼なことを聞くわけではないので緊張しないでほしいものだ。


「このお城にまつわる変わったお話といったものはありませんでしょうか? そういったものに興味があるもので」


 いま、明らかに、エメルダさんがホッとした。


「お城にまつわる話でしたら、いくつかあるようですが、一番有名なお話は、……」


 エメルダさんに聞いた話はまさに部屋に置いてきた鎧のことだった。



 昔、このお城の中で、ある人物が鎧に気に入られてしまったそうだ。その鎧は各部を取り外すことができないため着ることもできない。気味も悪いし、何の役にも立たないので何とかこの鎧をどこかに捨ててこようと悪戦苦闘したのだが、どこに捨ててこようと気付けば自分の部屋の中に戻ってきている。


 結局鎧を捨てることはできなかったそうで、悪さをするわけでもなくじっと部屋の中にいるのでとうとう捨てるのを諦めてしまったらしい。そうしたら、その後間を置かず何度かの幸運が重なり、その人物は大富豪になった上、貴族にも陞爵しょうしゃくしたそうだ。


 それ以来、鎧に気に入られると、幸運がやってくるという噂が広まり、いまでは、このお城に勤める人たちは、ひそかに鎧に気に入られるのを待っているのだという。鎧が気に入った人が亡くなったりするとまた鎧はお城に戻って夜中に自分の気に入る人物を探して、さ迷い歩いているそうだ。


 鎧は気に入った人物の部屋の中にいつもいるそうで、置物と思って幸運が訪れるのを待っておけば問題ないということだ。



 エメルダさんの話を聞く限り、鎧は一生もののようだ。俺には爆運先生もついているのにこれ以上運が上がったらえらいことになりそうだ。どうすんのこれ。


「夢のある興味深いお話ですねー」


 一応エメルダさんに礼を述べておきた。お話について夢があるなどといってはみたが、俺にはいらない夢だと思う。


「まあ、おとぎ話のたぐいの言い伝えのようなものですので」


「そうですよねー。ハハハ」


 そこで、ラッティーが俺のそでを引いて、


『ショウタさん、あのお部屋の中にある鎧は?』


『ラッティー、あれはあれ。このお話はお話。別だから』


『そうなんだ。てっきりあの鎧のお話かと思ってた』


 誤魔化ごまかせたかどうかは分からないが、笑いで押し切って話題を変えてしまう。


 わが話術のさえを見よ。


「アハハ、ラッティーは気にしすぎだぞ。

 そういえば、エメルダさん、いつごろセントラルに戻りますか? いつでも迎えに来ますからおっしゃってください」


 ラッティーはきょとんとした顔をしている。すかさず、アスカが何かラッティーに小声で話している。どうにかラッティーも納得したようだ。アスカ、ナイスフォロー。


「ありがとうございます。次の日曜に帰ることができればありがたいですが、ご無理ならいつでも構いません」


「われわれの方こそいつでもかまわないので、大丈夫です。それでは、土曜の夕方にでもこちらにおうかがいして、日曜の朝セントラルに向けてちましょう」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「われわれは、おばあさまの容態を一度診てからとうと思っていましたが、お元気なようですので診なくても問題はないでしょう。ですので、もうしばらくしたら、騎士団訓練場をお借りして出発します」


「もう少し、ごゆっくりしていただきたかったのですが」


「ブラッキーとホワイティーのこともありますので、早めに失礼します」


「分かりました」


 そんな感じで、朝食を終えたわれわれは、いったん部屋に帰って帰り支度をすることにした。



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