第311話 幽霊騒動2


 俺が、幽霊やオバケが嫌いなことを知ってか知らずか、アスカが部屋の扉を開けてしまった。ミニマップ上の点はちょうど扉の前に来ていたのだが、アスカが扉を開けたとたん、ミニマップからも消えてしまい、


「マスター、誰もいません」


 出たよ、出ましたよ。これは明らかに幽霊だよ。ゾワゾワと体中に一気に鳥肌とりはだが立ってしまった。


「不思議なこともあるもんですね」


 アスカはいつも通りのアスカだった。


 それはそれで心強いのだが、幽霊に対して、物理特化ぶつりとっかのアスカが通用するのか? 通用しなければわれわれの唯一の魔法攻撃である俺の指先ファイヤーで幽霊をたおすことができるのだろうか? アスカの話の中では、俺の指先ファイヤーでいとも簡単に幻獣をたおしているのだが、現実問題として、射程5センチメートルの指先ファイヤーでは何もできないだろう。その前に幽霊に取り殺されてしまうのが落ちだ。


 何かないか? 幽霊に効く(利く)ものは? 焦りながら収納の中を確認するのだが、良さそうなものはみつからない。


 アスカは一度廊下まで出て、左右を確認して部屋の中に戻って来た。


「誰だ?」


 俺だよ。俺に向かってアスカが問う。えっ? 俺の後ろに向かって言ってんの?


 してくれよ。アスカさん、冗談は時と場所を考えて言わないといけませんよ。


 アスカの目線がとらえているのは、間違いなく俺の後ろ。俺は振り向きたくはない。


 ついミニマップが目に入った。俺の後ろに、何かがいます。いました。そいつがいまだに黄色い点なのが唯一ゆいいつの救いだ。


 こうなっては仕方がない、恐る恐る振り向くとそこに立っていたのは、


 真っ黒い全身甲冑ぜんしんかっちゅうだった!


 要するに、黒い鎧が立っていたわけだ。そいつは微動だにしないので、人が中に入っているような雰囲気ふんいきがない。体内には魔石もないようなので、少なくともこいつはモンスターではない。


 黒い鎧がじっと俺の方を見ている。こんな時はどうすればいいのでしょうか、アスカさん?


「マスター、何も反応がないようです」


 俺自身も全く反応ができないのだが、ここでアスカが何かすることで、黒い鎧が、黄色から赤く変色されては打つ手がなくなるかもしれない。


「アスカ、ミニマップでこいつが黄色いうちは手出しはしないように」


「分かりました」


 アスカの方はこれで安心だ。ところでこの鎧、こんなところでじっとしていられると、それはそれで困る。俺自身は、こんなヤツに話しかけたくはないのだが、このまま鎧に居座いすわられるともっと困る。


「えーと、どちらさまです?」


 無難ぶなん素性すじょうを聞いてみたが反応がない。じっと俺を見ているのか?


「用がないならお帰り願えませんか?」


 下手したてに出て頼んでみたのだが、やはり何の反応もない。


「マスター、この鎧?を収納できませんか?」


「生きているなら収納できないと思うけれど、収納できたら収納できたで嫌だな。それでも、ここに居座いすわられるよりは何倍も良いからな。それじゃあ、収納! 収納! ……、やっぱり駄目だった」


「つまりは生きていると言うことでしょうか? まさにリビング・アーマーいきてるよろいですね」


「まあな。それか、本当に幽霊なのか」


 全然反応のない全身鎧に対して、おそるおそる、指先を伸ばしてを触ってみる。


 幽霊ではないようで、ちゃんと触ることができた。ただ、金属鎧は思いのほか冷たかった。


 安心していい材料ではないな。


 生きているのに、ほどほどに冷たい。うーん。中に何が入っているのか気になるが、ヘルメットのバイザーの隙間の先は真っ暗で、バイザー越しに中に入っているかもしれないものの目や顔は確認できなかった。


「アスカ、返事もないし動かない。朝までこのままだと、ラッティーも起きだしてくるだろうから、とりあえずこいつを部屋の外に運び出しておくか?」


「そうですね。粉々になるまで切り刻んでしまえば簡単ですが、何もしない相手を切り刻むのも気が引けますから、いつぞやのように毛布でくるんで、どこかに持っていきましょう」


「いや、よそさまのお城の中で、あれ・・はマズくないか?」


「ミニマップで確認しながらいけば、この時間ですし大丈夫でしょう。どこか空いた部屋でも見つけて投げ込んでおけば問題ないと思います」


「そうかなー。まあ、アスカがそう言うなら、やってみるか」


 全身鎧をアスカが抱えて床に転がした。


 こいつがそれで何か反応すると嫌だったが、アスカになすがままにされて床に転がってしまった。こいつは一体何だったんだろう?


 こいつがおとなしくしている間に、簀巻きすまきに巻いてしまわなけらばならないので、すぐに毛布を二枚取り出して、グルグル巻いてやる。前回は痩せた女だったせいかうまく巻けたのだが、全身鎧はゴツイ分うまく巻けない。転がした感じでは、鎧の中はどう見ても空洞のようだ。ますますしい。いやしい。おっ! これはまさに妖怪ようかいでははないか。


「マスター、どうも、形がごつごつして大きさをとるようですから、一度砂虫テープを使って手足を固定してしまいましょう」


 アスカに砂虫テープを渡してやる。確かに、毛布でくるみにくい形状ではあるな。


 アスカが砂虫テープを器用に使って要所を固定していったおかげか、ゆかの上で要所を砂虫テープで固定された全身鎧を足で蹴って転がして見たらうまくまっすぐ転がった。


 もはや、怖いとか不気味ぶきみだとかという感情はこいつに対して全くなくなっていた。ただただウザい。


「これなら、うまく毛布を巻けそうだ」


 毛布を広げて転がしながら巻いていったら、今度はきっちり巻くことができた。何だか簀巻きすまきのスキルが生えてきそうだが、そんなスキルが生えてきたら、それはそれで嫌だな。



「それじゃあ、運んで行こう。幸いミニマップ上には黄色い点ばかりだし、いまは廊下にはだれもいないようだ」


「私が一人で抱えます」


 前回は、街中まちなかだったこともあり気持ちだけ人目をはばかったので、お猿のかご屋よろしく『エッサコラ』と二人で肩にかついだが、今回は人目につかないことが前提なので、アスカが小脇に抱えてしまった。髪の毛も使っているのかもしれないが、かなり大きな棒状の塊を片手で抱えているところは、不審者率ふしんしゃりつ20パーセント増量中だ。とはいえ、見つからなければ不審者ではないのでセーフ。


「マスターは周囲の確認をお願いします。それでは行きましょう」


 俺が確認せずとも、周囲の確認くらいアスカ一人でできるのだろうが、気づかいで俺に役割をふってくれたようだ。


 一応、役割をふられた以上、俺もロープレのプレイヤーなので、


 「右ヨシ、左ヨシ」ミニマップも意識しながら廊下の左右を確認。


 しかし俺も、こんなところまで来て人さらいのまねごとをするとは思わなかった。


「マスター、それを言うなら、去年の今頃の私は深淵の迷宮の最深部にいたわけですから私の方がもっと大きな変化だと思います」


 たしかに、『深淵の迷宮』の最後の大ボスが、人さらいをしている状況の方がギャップは激しいので、俺の負けかもしれない。アスカと境遇の変化自慢で張り合おうと思っていたわけではないのだがな。


 とにかく、与えられたこの部屋からなるべく離れた空き部屋を見つけて、こいつを放り込んでしまおう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る