第309話 会食


 エメルダさんと時間つぶしに雑談をしていたら、やっとホストの国王陛下と王妃殿下が会食室に現れた。


 エメルダさんが、金髪縦ロールお嬢さまなので、予想はしていたが、国王陛下は40代くらいのイケメンおじさんで、王妃殿下は30代に見える豊満な金髪美女だった。


 もちろん俺たち三人もすぐに立ち上がり、挨拶あいさつをしようとしたのだが、


「エメルダの父親のフェリト・ルマーニです」


「母親の、ビオラです」


「飛空艇でエメルダをお連れいただきまことにありがとうございます」


 先に二人に頭を下げられてしまった。さらに、


「母、イルラが先ほどお二人からいただいたポーションにより見違えるほど元気になり、今では自力で立ち上がって歩けるまでになりました。重ねてありがとうございます」


 王国云々うんぬん接頭辞せっとうじだか接尾辞せつびじだかが自己紹介になかったということは、あくまでこの会食はプライベートであるということなのだろう。こちらとしてもそうしていただけるとありがたい。しかし、王さまと王妃さまがこれでいいのかというくらいにエメルダさんのご両親は腰の低い方々である。


 いくら相手の腰が低いと言っても、一国の王さま夫婦にそろって頭を下げられると、小市民としては居心地が悪いものだ。


 何はともあれ『万能薬』の効能がある程度確認できたことは大きいので、そこらをからめて簡単に、


「ショウタ・コダマです。薬が効いてなによりです」


「アスカ・エンダーです」


「ラッティー・エンダーです」


 ちゃんと、ラッティーも名前を言えてえらいぞ。この前も王女殿下や皇女殿下の前でちゃんと挨拶あいさつできていたから心配はいらなかったな。


 俺としても、エメルダさんのおばあさんがどの程度回復したのかは気になるので、明日あした、おいとまする前にでも一度様子を見にいかないといけないな。



「遅くなりましたが、食事を始めましょう」


 すぐに数名の給仕の女性がワゴンに料理と飲み物を運んで来てくれて、みなで会食を始めた。ここの料理はいわゆるコース料理のようで順番に料理が出てくるようだ。最初はサラダとスープ。それに前菜になるのかカナッペのようなものが出された。


 そして、バケツに入れられていたビンのせんが抜かれ、各々のグラスに泡の出る液体が注がれた。どうもシャンパンのようなものらしい。未成年がどうとかこの国ではないのか、エメルダさんの前のグラスにも同じものが注がれた。


「それでは、みなさん、乾杯かんぱい!」


 こっちの世界でも乾杯はあるようだが、言葉の通り飲み干す必要があるわけではく、みんなでそろって手にしたグラスから飲み物を一口飲めばいいようだ。


 俺自身はちゃんとしたシャンパンなど飲んだことはないのでよくわからないが、グラスに入っていたのは、やや甘めの炭酸の入った透明のお酒のようだった。冷たく冷やされていて非常に飲みやすい上に結構おいしい。エメルダさんも気にせず飲んでいるところを見るとそんなにアルコール度が高いお酒ではないのだろう。


 グラスが空くと、すぐに後ろに控えていた給仕の女性が、


「お飲み物は同じものでよろしいでしょうか?」


「はい」


「それでは、お注ぎしましょう」


 といってグラスに俺にとってのシャンパンをそそいでくれる。


 お偉いさんVIPになったようで実に気分がいい。俺も子爵閣下ではあるし、屋敷の中で何不自由なく暮らしてはいるが、他のみんなと比べて特別な贅沢ぜいたくをしているわけではないので、こういった形でのVIP待遇は新鮮だ。


 次々出される料理を食べながら、正面に座るエメルダさんのお母さんである王妃殿下を見るに、エメルダさんは今はまだまだだが、大いなる可能性を彼女は胸に秘めていることを確信してしまった。


 そういえば、ラッティーの母親はどういった人だったのかうわさも聞いていないが、早いうちに結論が分かってしまうより、夢だけでも残っているのは大切だ。


『マスター、ラッティーも大丈夫です』


 えっ! また俺は独り言を口に出してしまっていたか?


『大丈夫です。マスターの目線だけで考えていることは分かりますから』


 そうだったんですね。安心していいのか悪いのか分からん。


『ただ、シャーリーについては不明です』


 ラッティーは、俺とアスカに挟まれて、自分の話をが出たところで、何のことだろうと考えているうちに、次はシャーリーの話になったのでさらに不思議そうな顔をしている。


「ラッティーは、実は恵まれているという話だ」


 アスカが結論だけをラッティーに伝えてたのだが、ラッティーは何を思ったのかにこにこし始めた。うがった見方をすれば、勝者の余裕の表情ともいえる。


『エリクシール』はシャーリーには無用の長物となったが、『万能薬』を飲ませればシャーリーの胸のうちに秘められている可能性が開花するかも・・しれない。


 今回はエメルダさんと仲の良いシャーリーがいないので、あまり学校での話題は出なかったが、われわれが錬金術師であると同時にAランクの冒険者であるということを、エメルダさんが両親に話してしまった。しかも、幻獣のエピソード付きでだ。


 子どもといっていいシャーリーやエメルダさんたちなら、『すごい』で済む話も、大人が聞いてしまうと非常に教育上よろしくないことは明らかなので、俺は少々赤面してしまった。両陛下も変な顔をしてその話を聞いていたのだが、娘の留学先を間違えてしまったと後悔させたかもしれない。


 話を作った当の本人は素知そしらぬ顔で食事を継続。ラッティーはすでにその話をシャーリーからでも聞いていたようでうれしそうにエメルダさんの語る俺とアスカの幻獣大作戦の話を聞いていた。


 俺の今の気持ちは、『穴があったら入りたい』という言葉がぴったり当てはまる。



 そういった赤面案件もあったが、なごやかに会食は進んで行き、一応最後のデザートと飲み物の時間になった。


「次はデザートになります。ショートケーキとクッキーをご用意いたしておりますがどちらにいたしますか?」


 と、給仕の人がアスカに問いかけた。だまって、片方を出してくれていればよかったのだが、


「それでは、両方とも。できればショートケーキは二つ」


 アスカさんにはそういうところがあるよな。他人事ひとごとと思っておこう。


 ラッティーはちゃんとクッキーを頼んでいたのが対照的だと言えば対照的。俺はお茶だけにしておいた。


 お腹もいっぱいになったので、そろそろお開きかなと思っていたら、何だか会食室の外が騒がしくなってきた。


 どったの?


 いきなり、会食室の扉が開いて、矍鑠かくしゃくとした、50代くらいに見える女性と侍女の人が現れた。あれ? ひょっとして、この人、ちょっと前まで死にかけてたあのおばあさん?


 万能薬にここまでの効能があるとは思わなかった。


 ひょっとして、いままで『エリクシール』を何度か使ったのだが、万能薬で間に合い『エリクシール』まで必要なかったものもあったかもしれない。


「えーと、こちらが、高名な錬金術師のコダマさまとエンダーさまですね。私はエメルダの祖母のイルラ・ルマーニと申します。お薬をいただきこのように元気になりました。お礼がしたくて、いてもたってもいられずお邪魔しました」


 いきなりイルラさんに詰め寄られてしまったので、あわてて、俺とアスカも立ち上がり、


「お元気になられてなによりです。こういっては失礼かもしれませんが、ここまでお元気になられるとは思ってもいませんでした」


「ご謙遜けんそんを。寝込む以前から足が少し不自由だったのですが、それもこのように治りましたし、視界が驚くほど広がりました。肩こり、腰痛、そういったものが嘘のようになくなってしまい驚いています。二十年は若返った感じです」


 これには俺の方が驚いてしまった。まさに『万能薬』は万能だったようだ。それも一度の服用で、効果の望める症状全てに対して効果があったようだ。イルラさんの薄い金色の髪の毛も、見ればつやがあるように思える。


「そうでしたか」


「それでは、簡単でしたがお礼も申し述べることもできましたので、私は失礼させていただきます」


 そういって、もう一度俺たちに頭を下げたイルラさんは、すたすたと一緒にやって来た侍女の人と会食室から帰って行ってしまった。


 エメルダさんも、ご両親の両陛下も、口をあんぐり開けてイルラさんを眺めていた。給仕をしてくれていた女性たちも相当驚いてしまったようだ。


 ここまで高い効能があるとすると『万能薬』も気安く使えないポーションかもしれない。実際図書館で調べた限りでは『幻の』と接頭辞の付く薬だけあって、とんでもない薬だったわけだ。何だかよく分からないエセ錬金術師の俺だが、錬金術師としての名ばかり上がってしまいそうだ。


『マスター、腕を切断しなくても、「万能薬」の効能がテストできてよかったですね』


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