第308話 万能薬2


 エメルダさんの案内で向かった先の部屋のドアは、最初から半分開いていた。


 エメルダさんが、


「エメルダです」と小声で言うと、


「どうぞ、お入りください」と中から女性の声がした。



 部屋の中には白い上っ張りうわっぱりを着た看護の女性が一人立っていてわれわれを迎え入れてくれた。かなり広い部屋の真ん中には大きなベッドが置いてあり、おばあさんがそこに横になっていた。そのおばあさんは目を閉じて今は寝ているように見える。その人がエメルダさんの祖母に違いない。それはそうだ。


 その部屋は、お城の中庭らしき場所に面した部屋で、今は陽も暮れかかっているのでそれほどではないが城の中の部屋にしては窓も大きくとってあり、日当たりの良さそうな部屋だった。


「少し前に眠られたようです」


「こちらは、先ほどお話したアデレート王国のコダマ子爵さまとエンダー子爵さま、それにお二人の養女のラッティーさん」


 紹介されたわれわれは看護の女性に会釈えしゃくする。


「こちらはおばあさまをていただいている看護師のカインズさん」


「看護師のカインズです。殿下から先ほどお話をうかがいました。イルラさまが意識のあるうちに殿下とお話させることができました。ありがとうございます」


「カインズさん、それでね、コダマ子爵さまたちがおばあさまをてくださるそうなの」


「そうですか。よろしくお願いします」


「任せてください、とまでは言えませんが、できるだけのことはしてみます」


 アスカとベッドに眠るエメルダさんの祖母のイルラさんの横に立ち、顔色などを観察する。もちろん病人なので顔色は良くないが、毒物などの異常は見受けられない。これはこれで一安心だ。こんなところでまたショタアス探偵団を再結成したいわけではないからな。ラッティーはエメルダさんと一緒に少し離れてわれわれの様子を見ている。


『アスカ、どうだ?』


背筋せすじと腰の位置がずれているようです。なにか背骨関係に異常がありそうです』


 そんなところまで分かるのか。


『老化により脆弱化ぜいじゃくかした骨格が転倒などによる外的要因で破損はそんないしは変形し、それによって神経関係が圧迫あっぱくされて異常が出た結果、体内各所に負担がかかり一気に容態ようたいが悪化したのではないでしょうか? 実際私は医者ではありませんし、体内を透過とうかして観察することもできませんのでただの推測ですが』


 かなり、詳しい内容だ。アスカは推測などと言っていたがおそらくイルラさんの今の状況はその通りなのだろう。とはいえ、


『アスカの推測が当たっていようがいまいが、できることは「万能薬」を試すくらいだし、いまの話からすると、いちおう「万能薬」の「たいていの病気やケガ、状態異常を健康状態にする」とかいう効能で何とかなりそうじゃないか?』


『そうですね、それではさっそくですが「万能薬」を患者に与えてみましょう』


 収納から取り出した『万能薬』とスプーンをアスカに渡す。アスカが一度光にかざした『万能薬』がポーション瓶の中で、虹色にキラキラ輝いた。


 それを見ていた残りの三人は息をのんだ。そう言えばラッティーも『万能薬』を初めて見るんだった。いや、ラッティーは『エリクシール』もまだ見てなかったか?


 アスカは眠っているイルラさんの背中にそっと手を入れて少し上半身を起き上がらせ、『万能薬』をスプーンに半分垂らし、イルラさんの口にスプーンの先を突っ込んで何とか口の中に流し込んだ。エリクシールの時はすぐに患者がスプーンからエリクシールをなめとってくれたが『万能薬』はそこまでではないようだ。


 スプーンから『万能薬』を数回口の中に流し込んで様子を見る。今までほとんど聞こえないほど弱々しく不規則な寝息だったのだが、ちゃんと規則正しく寝息が聞こえるようになった。


 少し効果があったようだ。


 アスカもそう判断したようで、ポーション瓶をそのまま患者の口元に持っていき、一気に流し込んだ。


 患者はせき込むこともなく、『万能薬』を飲み干してくれた。これで効果が現れれば万々歳ばんばんざいだが、今のところ寝息がしっかりしてきたことと、わずかながら額に発汗が認められる程度だ。効き目は劇的というほどではないがそれでも希望の持てる展開だと思う。


 俺たちにはこれ以上何もできないので、


「カインズさん、患者に『万能薬』を与えてみました。これで一晩様子を見てください。発汗が認められますので、様子を見て患者の下着などを代えてください。いちおうある程度の病状の改善はあると思います」


「コダマ子爵さま、エンダー子爵さまありがとうございます」


「ショウタさん、アスカさんありがとうございました」



 われわれは、その後もう一度エメルダさんの先導で部屋に戻った。


 部屋の中では、ブラッキーとホワイティーがおとなしく寝ていたので安心した。


 物語の展開的には、俺たちが部屋を開けているすきにブラッキーとホワイティーが何者かにさらわれていたところだが、ミニマップを確認している俺には死角はない。ハズだ。


「私もマスターのミニマップを共有して確認していますから、大丈夫です」


 アスカが言うなら安心だ。今度もまたそう思ってしまった。こればかりは信頼と実績のアスカだから仕方ない。


 待てよ、『アスカが言うなら~』? これって先日ゴーメイさんとミラがドラゴン肉を食べた時に言ってたのとほとんど同じじゃないか? こればかりは信頼と実績のアスカだから仕方ないのか。


 部屋の中でエメルダさんも一緒に四人でしばらくソファーに腰を落ち着けていたのだが、


「それでは、もうしばらくしたら会食の時間ですので、私がみなさんを会食室にご案内します」


 もう一度エメルダさんの後ろにくっ付いて、お城の中を移動する。そろそろ黄昏時たそがれどきなので一層通路が暗くなってきた。歩いているうちに壁に埋め込まれた照明が点灯され始めた。



 案内された会食室では、少し早かったためか誰もいなかったが、食器などはすでに並べられていた。


じきに父と母が参ると思いますから、座って待っていましょう」


 いきなり、国王陛下と会食というのも何だか気がひけるが、内輪の食事会ならこんなものだろう。今さらどうしようもないし。


 俺が右でアスカが左、その間にラッティーが座り、俺の右隣りがエメルダさんという席順だ。正式には、席順になにか意味があるのかもしれないが、適当に座っておいた。


 なかなかホストの方々が現れない。早く来すぎてしまったか?


「父も母も遅いですわね」


 エメルダさんも気になっているようだ。


 そうこうしているうちに、部屋の中に、侍女の人がやって来て、エメルダさんに何事か耳打ちした。


「それは、本当?」


「はい。いま、両陛下もイルラさまのお部屋にいらっしゃいます。お客さまをお待たせして申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちくださいとのことでした」


「ありがとう。

 ショウタさん、アスカさん。先ほどおばあさまが目覚めたそうです。それが、今まで寝たきりだったおばあさまが立ち上がることができたそうです」


「薬が効いたようで良かったです」


 良かった良かった。薬の効果も確認できたし言うことなしだな。


「あのー、ショウタさん、すごく簡単におっしゃってますが、これはすごいことですよ」


「そう言ってくれてありがとう。エメルダさんも何かあったら言ってください。『万能薬』はそれほど大した薬じゃないので」


「おそらく、オークションに出せば、大金貨500枚からのスタートになると思います」


「またまた、それはないでしょう」


「そうおっしゃるなら、私と賭けますか?」


「賭けてもいいですが、何を賭けましょう?」


「そうですねー。私もうわさに聞く『シャーリン』に乗せていただけませんか?」


「それなら何も賭けをしなくとも、夏になったら、『シャーリン』に乗ってどこかの海辺の砂浜にでも行こうと思っていましたから、その時お連れしますよ」


「本当ですか?」


「もちろん」


「それでしたら賭けの方はもういいです」


「エメルダさんがもしも賭けに負けたらどうしようと思っていたんですか?」


「それは、秘密です」


 最後の言葉を言うときエメルダさんの頬が少し赤くなったようだが、なるほど。よくは分からん。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る