第290話 邂逅(かいこう)2


『マスター、気づいていますか?』


『何だ?』


『訓練場のわきで、目つきの悪い男がこちらを見ています。あの男はたしか本物の勇者ではないでしょうか』


『何だって?』


 アスカは自分からは打って出てこないので、安心してアスカのいう男が視界のはしにくるように立ち位置を変えて様子ようすを見る。横目で練習場の脇の方を見ると、確かにあの勇者のようだ。


 ミニマップを見ると黄色い点なので敵意はないようなのだが、ミニマップの点の大きさが思った以上に小さい。脅威度きょういど的には低位のモンスターなみだ。


 勇者という職業には魔族に対して非常に有利になる特性があったはずだが、それでも今の時点でこんなので大丈夫だいじょうぶなのだろうかと不安になるレベルだ。


『確かに勇者のようだ。勇者連中もこの近辺で訓練してることを失念しつねんしていた』


『どうします?』


『なんか言ってくるようなら対処するしかないが、そうでなければ知らんふりだな』


『分かりました。マスターに何かするようでしたら、処分してしまいましょう』


『いやいや。ここではマズいだろう。騎士団は少なくとも勇者を訓練してるんだろうから』


『騎士団の千人、二千人どうとでもなりますが』


『俺たち二人の時だったらそれも可能だったかもしれないが、今は守んなきゃいけないみんながいるからな。さっきからこっちを見てるだけで何もしそうにないし、ここは放っておこう』


 俺はもちろんアスカと話をしているあいだも不自然にならないよう適当に八角棒を振り回している。


『マスター、どうもあの男はマスターのことを覚えていないのではないでしょうか?』


『?』


『覚えていれば何らかの感情が表情に現れそうですが、そういった表情が全く現れていないようですし、単純に私たちの試合を見ているようです』


『そうなのか? 俺にはよくわからんが』


『マスター、勇者と立ち会ってみませんか。殺さない程度に打ちのめしてしまえば、すっきりすると思いますよ』


『それはそれでマズくないか? 復讐ふくしゅうしたい気も今はあんまりないしな。勇者がやる気をなくして使い物にならなくなったら、マリア殿下が可哀そうかわいそうだし』


『マスターの答えは分かっていましたが、相変わらずですね』


『俺はアスカたちのおかげで恵まれているからな。そうでなければさすがの俺でもそういった気持ちにはなれなかったろ』


『それでどうします?』


『どうもしない』


『分かりました。それでは、そろそろ真面目まじめに試合をしましょう』


 今の言葉と同時に俺の突き出した八角棒にアスカの木刀が振り下ろされた。衝撃波しょうげきはが発生しなかったので音速は超えてはいなかったようだが、


 バシーーン!


 ものすごい音がして、八角棒に強い衝撃しょうげきが走った。


 これまで何度も同じてつを踏んでいる俺としては、この程度のことは予期したことだったので、少々手には負担がかかったのだが見事みごと八角棒を取り落とすこともなく、こらえることができた。


 今のアスカの動きも目で追えた者はおそらくいなかったと思うが、向こうの方では、騎士団の連中がああでもない、こうでもないと無責任に騒いでいる。


「マスター、今の一撃をこらえるとはお見事です。それではこれはどうでしょう?」


「何?」


「ここまで、マスターが上達したとなると、こちらからも打って出てもよさそうですね」


「えっ?」


「マスターの八角棒攻撃しませんから安心してください」


 アスカさん、それのどこに安心する要素ようそがあるのでしょうか?


 それでも、衆人環視しゅうじんかんしの中、突っ立ている訳にもいかないので、なるべくダメージが少なくなるよう恐る恐るアスカに向かって中段の突きを入れてみた。


 パーーーン!


 待ってましたとばかり、上から木刀の一撃を受けてしまった。


 今度も何とか八角棒を取り落とすことなく耐えることができたのだが、何のはずみか、アスカが俺の八角棒に一撃を入れた木刀がその反動でアスカの手から外れ大きくちゅうを舞って飛んで行ってしまった。初めて武器を取り落としたアスカを見た。いや、取り落としたのではなく吹っ飛ばしたことになるか。


 アスカでもこんなことがあるのかと思ったのだが、飛んで行った木刀の行き先を見ると、あの勇者の目と鼻の先だった。


 ははーん。アスカのヤツ。


 アスカが急いで勇者の前まで駆けていき、木刀を拾いあげた。


「あなたは、召喚された勇者殿ではありませんか?」


 アスカのヤツ、勇者に話しかけてしまった。ただ、近くで勇者を観察するために木刀を飛ばしたのかと思ったのだが違ったようだ。


 俺がただの傍観者ぼうかんしゃなら「さー、面白おもしろくなってまいりました」とでも能天気のうてんきなことを言ってれば済むのだが、この状況、そうも言ってられないよな。



「あんた誰だい?」


「私は、先年、子爵位をたまったエンダーと申します。今日は第3騎士団のみなさんに訓練をつけてあげようとこの訓練場に参りました」


「そのあんたが、どうして坊主頭と試合してるんだ?」


「騎士団のみなさんに少々疲労が溜まったようなので、余興よきょうに模擬試合をしているところです。あのは私と同じく先年子爵を賜ったコダマ子爵です」


「ふーん」


 アスカによる俺の紹介は坊主頭だった。しかしコダマという名を聞いての何も反応がなかったがこの勇者、大丈夫なのか? 妙な魔剣を長いこと使っていたせいで、オカシクなってしまったか?


「コダマ子爵と私はいつも手合てあわせしていますので、どうです、勇者殿、私と手合わせしてみませんか?」


 アスカ、いったい何を始める気なんだ?




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