第289話 邂逅(かいこう)


 何の因果いんがか、今日もアスカと対戦たんれんすることになってしまった。しかも観客が500人以上いる中でだ。


 あとからよくよく考えてみると、アスカは、最初からそのつもりで騎士団の訓練に付き合おうと言ったに違いない。アスカに騎士団を訓練させて気楽に高みの見物としゃれこもうと思っていたのだが、策士さくしさくおぼれるとは俺のことだったようだ。


 とにかく、アスカには俺の思考パターンはお見通しなので、ちょっとやそっとのことでは策にはめることはできないということが良ーく分かった。


「それじゃあ、お手やわらかにな」


 あれ? いま、アスカのヤツ俺の顔を見てわらってなかったか?


 両手で、相棒の『進撃の八角棒』を握り直し、アスカに近づいていく。余裕をかましてアスカは木刀を構えもせずに突っ立ているが、実際に余裕があるのがしゃくさわる。


 前回は『吸い出しくん』でいいとこまでいったが、今回は『収納』そのものが封じられてしまった。


 考えろ俺。このピンチから抜け出す方法を。


 待てよ、アスカは以前、杖術じょうじゅつなど知らないが、その時点で最適さいてきな動きをするだけだと言っていた。だとすると、俺が何かの動きをすれば、アスカはそれに合わせた最適な動きをするはずだ。最適な動きというからには、ただ一つの動きのはず。ということは、俺がこれまでの動きを全て覚えてそれを繰り返せば、アスカの次の動きが一歩先んじて俺に分かるんじゃないか?


 試しに、アスカの左足あたりを払ってみる。そして予想通り軽くかわされる。アスカの両脚はやや狭められた。その後またもとの位置に戻る。なるほど、全くこれでは意味がなかった。


 それでも、もう一度同じ場所を払ってみた。そしたら、アスカの両脚は先ほどと寸分変わらない位置に移動し、また元の位置にもどった。なんとなくヒントにはなっていると思うがその先に進めない。


 俺は軽くアスカに対して八角棒を突きだしたり払ったりしているだけなのだが、どういう訳か外野は妙に盛り上がって、俺が何か仕掛しかけるたびに喚声かんせいが上がっている。


 さーて、困った。この先、どうやってアスカに八角棒を当てることができるのか全く方法を思いつけない。





 こちらは、久々ひさびさの登場の勇者ヒカル。


 紆余曲折うよきょくせつもあったものの、呪いの『青き稲妻いなづまの大剣』が聖女モエによって解呪かいじゅされ跡形もなく消えて無くなって以降、徐々に意識障害いしきしょうがいも回復し、どういった風の吹き回しか訓練にも身を入れるようになった。


 その結果、トリスタン騎士団長では能力的にヒカルの練習相手とならなくなったため、最近は騎士団総長の直轄ちょっかつする第1騎士団に出向いて、総長直々じきじきの指導、訓練を受けている。



 今日きょうは、午後からギリガン総長が用事があると言ってどこかに行ってしまったので、ヒカルは仕方なく、与えられた訓練用の大剣で素振すぶりを行っているところだ。これも、以前のヒカルでは考えられないような進歩ではある。


 以前なら、『必殺技~』とか奇声を上げて大剣を振り回していたのだが、今ではおとなしく基本の型に忠実に素振すぶり行っている。


「1、2、3、……、55、62、64、……99、100」


 『青き稲妻いなずまの大剣』の呪いからは解放されたものの、意識障害いしきしょうがいはまだ少し?残っているようで、本人は100回素振すぶりをしたと思っているのだが、実際は50回程度しか素振りを行っていない。


「1、2、3、……、44、51、52、60、……99、100」


 不思議なことに、1、2、3、99、100だけは外さないようだ。


「1、2、3、……、向こうの方がなんだかうるさいな。あっちもどっかの騎士団の訓練場だったか?

 ……、77、79、……、99、100。素振りだけだと暇だな。何か面白そうなことをやってるみたいだから、ちょっとのぞいてみるか」


 武器を大事に扱わないと総長の鉄拳制裁てっけんせいさいを受けるため、普段なら訓練用の大剣を武器置き場に戻しておくのだが、騎士団長も不在だったためヒカルは訓練用の大剣を持ったまま第3騎士団の訓練場に向かった。ちなみに、訓練用の大剣は刃引きはびきされているため、それ用のさやはない。


 総長以外の第1騎士団員たちは、事情を知らされていないまま、総長自ら面倒を見ているヒカルに対して遠慮えんりょがあるので、目つきの悪い若造わかぞうがどこで何をしていようとも、誰も何も言わない。



 第1騎士団の訓練場から少し離れたところから喚声かんせいっぽい音が聞こえ、そちらの方にフラフラと歩いていく勇者ヒカル。


 実際は勇者ヒカルは第3騎士団の訓練場にも過去何回か訪れたことはあるのだが、本人の意識では初めて訪れたことになっている。


 今その訓練場の真ん中で男女二人が試合をしているようだ。


 信じられないことに、その二人は普段着で試合をしている。その様子を離れたところで座り込んだ大勢の騎士団員たちが眺めながら、喚声かんせいを上げている。いったいどうなってるんだ?


 女の方は、ここから見ても相当な美人だ。肩口まで伸ばした銀髪が、女の動きに合わせて揺れている。着ているのは長そでの白のブラウスに膝丈ひざたけの青いフレアスカート、そのスカートも動きに合わせて軽くふわっと広がる。左右の手には各々木刀を持っているが、その木刀を振るっているわけではないらしい。ただ、坊主頭の男が繰り出すゴツい棒をかわしているだけだが、その動きに全く無駄がないことが、ギリガン総長とここのところ訓練を続けてきた勇者ヒカルにはなんとなく分かった。


 あの二人は一体誰なんだ?


 意識障害いしきしょうがい若干じゃっかん記憶障害きおくしょうがいを持つ勇者ヒカルの記憶の中には、自分がダンジョンで宝箱の中の大剣のためにだまして犠牲ぎせいにしたショウタのことは全く残っていないようだ。






[あとがき]

勇者ヒカル、久々の登場。決して作者が失念していたわけではありません。

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