第288話 騎士団訓練場


 今日は第3騎士団の方で、午後から外部から招いた凄腕すごうで武術講師ぶじゅつこうしに訓練をつけてもらうという話だったので、騎士団総長のポーラ・ギリガンは自身が団長を務める第1騎士団の午後からの訓練を途中から抜け出して、第3騎士団の訓練場まで、様子ようすを見に来たところだ。鬱陶うっとうしいしい勇者の相手をしたくないという気持ちもある。


 ギリガンは、失踪騒動しっそうそうどう呪いのろい魔剣騒動まけんそうどうからなんとか勇者が回復したと第2騎士団団長のトリスタンより報告を受けて安心していた。それに勇者も今では、ちゃんと大剣も扱えるようになったようで非常に目出めでたいのだが、そうなると、トリスタンではもはや勇者の訓練相手が務まらなくなったようで、勇者の練習相手になってくれるよう頼まれてしまった。断るわけにもいかないので、いやいやながらも勇者の面倒めんどうを見ているのが現状だ。



 そういった事情で、第3騎士団の訓練場に様子見ようすみにやって来たギリガン総長。



「なんだ、ここは?」


 訓練場の真ん中にはあの女、普段着のスカート姿のエンダー子爵が二本の木刀を持って真ん中にっ立っており、その周りに二十人ほどの第3騎士団の連中が転がっていた。その少し離れたところにはコダマ子爵が立っている。


 第3騎士団の騎士や従兵たちはというと団長のレスターを除いて訓練場の隅の方で、座り込んでいるのだが、人数が人数なので隅の方といってもかなりの場所をとっている。


 彼女は一応面識のあるコダマ子爵に会釈えしゃくしたあと、一人立っていたレスターの元に行き、


「レスター、どう見ても訓練にはなっていないようだな」


「申し訳ありません。今日お招きしたエンダー子爵の腕前について、子爵の元で操縦士訓練を受けている若い者たちが総長並みだとか、それ以上だとか言っていたのを冗談だと思っていました。どうもそうではなかったようで、いまだに子爵に一撃も与えることもできず、すでにコダマ子爵からいただいたヒールポーションは500本を越えて使っています」


 ギリガンにとっても他人事たにんごとではないのだが、自分に直接被害のないことに内心安心しつつ、やや無責任な感想を述べる。


「世の中には上には上がいるということが分かってよかったじゃないか」


「そうおっしゃっていただけて、団員たちも本望ほんもうでしょう」


 と、訳の分からないような受け答えをするレスター団長。



 ギリガンは、第3騎士団が招いた武術講師があのエンダー子爵だとは知らなかったので、もし武術講師による訓練に効果があるようなら、その講師を勇者の訓練相手に招いてみようかと思っていただけに、今日、ここにきて確認した自分をほめたい気分だ。


 そう思っていたのだが、


「そこにいらっしゃるのは、騎士団総長のギリガン子爵殿ではありませんか?」


「えっ?」


 なぜか、面識めんしきの無いはずのエンダー子爵に呼び止められてしまった。ギリガンは背筋せすじに冷たいものを感じて振り返る。

 




 アスカが先ほど、4隊、二十四名をまとめて転がしたところで、以前商業ギルドの倉庫の前で会った騎士団総長のギリガンさんが訓練場にやってきた。お互い軽く会釈えしゃくして、ギリガンさんがレスター団長と何か話しをしていたところへ、アスカが、


「そこにいらっしゃるのは、騎士団総長のギリガン子爵殿ではありませんか?」


 アスカもギリガンさんを知っていたらしい。ギリガンさんも有名人なので知っていても不思議ではないな。


 ギリガンさんの方は、アスカに急に呼び止められてかなりびっくりしたようだ。


 びっくりするほどのことでもないと思うが。はて、どうしたのだろう?


「はい。うちの第3騎士団がお世話になっているようで、ありがとうございます」


 妙に平板へいばんな受け答えのギリガン総長に対してあくまで自然体しぜんたいのアスカ。


「いえ、私の方は楽しい時間を過ごさせていただいていますのでお気になさらず。よろしければ、私と手合わせしてみませんか?」


 ほう、これは珍しい。というか初めてじゃないか、アスカが俺以外に手合わせを求めるのは。こういった展開は予想外だ。おらぁワクワクするぜ。傍観者ぼうかんしゃだから言える言葉だけどね。


 アスカに急に手合わせを求められたギリガンさんが、額を大きなハンカチで拭きながら、


「申し訳ありません。今から所要しょようがありますので、失礼します」


 そう言って、そのまま速足はやあしで、訓練場を出ていってしまった。今日は汗をかくほどの陽気ではないと思うが、人それぞれ、ギリガンさんは暑がりだったようだ。


 どうみても、目上の人に対するようなギリガンさんのアスカに対する態度に俺も少し違和感いわかんを感じたが、まあ、騎士団総長にもなると、周りに対して気遣きづかいできる人じゃないと務まらないのかと一人で納得した。


『騎士団総長にも断られてしまいましたし、騎士団の団員たちもかなりお疲れのようですから、マスター、このあたりで、私と模範試合もはんじあいでもしてみませんか?』


『ほえっ?』


 なに? この超展開。今日は高みの見物モードでやってきただけなので、心の準備などできていませんヨ。


『試合って何だよ。俺がアスカとまともな試合なんてできるわけないだろ』


『騎士団のみなさんも、ただ転んだだけでは訓練になりませんから、なにがしかの有益なアドバイスとしての模範試合です。それでは、こうしましょう。マスターが適当に八角棒を私に繰り出す。それを私がかわしながら、たまに木刀を八角棒に当てる。これならいいのではないですか?』


『アスカ、それはいままで俺たちがさんざんやって来た鍛錬たんれんとほとんど同じじゃないか?』


『そんなことはありません』


「それでは、ここで私と、コダマ子爵が模範試合もはんじあい披露ひろうしますからみなさんは休憩しながら、動きなどを参考にして下さい」


「おおおーー!」「それは興味がある」「どんな試合になるんだ?」「あのエンダー子爵とそもそも試合になるのか?」


 アスカのヤツ勝手なことを。ご主人さまはこの俺なんだが。まあいい。ここまできたら恥をかかない程度は頑張ってやるか。俺には、『吸い出しくん』もあるしな。


『マスターにもその気になっていただけたようで何よりです。ここは騎士団のみなさんの訓練の一環ですから、先日の収納を使った技は無しということにしましょう』


 収納を使うなというアスカの言いたいことも理解できるしもっともだ、とも思うが、俺から言わせるとちょっと理不尽りふじんじゃね?


 ここまできたらもうヤケになってしまうぞ。


 でよわが相棒『進撃の八角棒!』


 収納から、八角棒を取り出して両手で構える。アスカとの距離は今のところ20メートル。先ほどまでそこらに転がっていた連中も、みんなのところに戻ったようでポーションを飲んだり、腰をおろしたりしている。


 訓練場は、一気にお通夜つやムードから野球観戦ムードに切り替わったように明るい雰囲気ふんいきになってしまった。明日あすはわが身ではなく、今日きょうがわが身だった。


 あれ、そう言えば乗合馬車で見学に来ると言っていたうちの四人はどこにいるんだ。訓練場を見回したら、ちゃんと訓練場の隅の方に固まって立っていました。


 覚悟かくごを決めて、いつもの感じで行くしかないな。

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