第273話 ハンナ・ベルガー


 ボルツさんに紹介状を書いてもらって、魔導加速器を作っているベルガーさんの工房をたずねることにした。


 アスカに連れられてやってきた場所は、王都の南西のはずれ、王都を囲む外壁にほど近い一角だった。


「ここが、ベルガーさんの工房です」


 アスカの示した場所には特に看板など何もないし、それほど大きくもない普通の民家が建っていた。強いて言えば、キルンで俺たちが借りていた家によく似た二階建ての建物だ。


「ごめんくださーい」


 ボルツさんのところを最初に訪れた時と違って、すぐに建物の中から返事があった。


「はーい。お待ちくださーい」


 建物の扉が開いて、中から見た目は二十歳はたち前の女性が現れて、


「ええと、どちらさまでしょうか?」


「私はショウタ・コダマといいます。となりはアスカ・エンダーといいます。こちらはベルガーさんのお宅でしょうか?」


「はい。そうです」


「ハンナ・ベルガーさんはご在宅でしょうか?」


「ハンナはわたしです」


 ボルツさんの幼馴染おさななじみというからもう少し年上の人を想像していたけれども、だいぶ若く見える。フレデリカ姉さんの時のようなこともあるし、見た目でとしを判断しない方がいいからな。フレデリカ姉さんは偽装魔法ぎそうまほうでおばあさんに変身していたが、ベルガーさんは逆? 実は相当なババア? いやいや失礼なことを考えちゃダメだ。


「ええーと、一度魔導加速器を開発されているベルガーさんにお会いしたかったもので、これがタチアナ・ボルツさんに書いていただいた紹介状です」


 紹介状をベルガーさんに渡したところ、簡単に中を読んだベルガーさんが、


「どこかで聞いたことのあるお名前だと思ってましたが、お二人がタチアナのスポンサーのコダマ子爵さまとエンダー子爵さまだったんですね。狭いところですがおあがりください」


「ありがとうございます。『さま』はかたぐるしいので、ショウタとアスカでお願いします」


「そうですか。それでは、ショウタさんとアスカさんどうぞ」


 そういって、家の中に招き入れられた。


 扉の内側はすぐ土間どまになっており、そのままそこがベルガーさんの作業場になっているようだ。壁に作りつけられた棚に材料だか部品だかがいろいろ並べられたいた。


「ここが、わたしの作業場です。ここには椅子が一つしかないので、奥の食堂に行きましょう」



 通された食堂には四人がけのテーブルがあり、そこに勧められるままアスカと腰をおろした。


「今お湯をかして、お茶を用意しますから少しお待ち下さい」


「いえいえ、お構いなく。それでベルガーさんは、魔道具職人さんとううかがいましたが、魔導加速器のほかどのようなものをお作りなんですか?」


 ベルガーさんは、話しながらも手を動かして、お茶の用意を進めている。


「私は、厳密に言うと魔道具職人ではなくて、魔法陣技師といったものです。ですから、簡単な魔道具くらいなら自分で作りますが、いろいろな魔法陣を設計、製作するのが主な仕事です。魔導加速器もふくめ大抵の魔導具は、それ用の魔法陣と設計図を用意して近くの魔道具工房で組み上げてもらっています」


「そうなんですね。私たちは魔法陣について全くの素人しろうとなんですが、魔法陣はどういうふうに作るものなのですか?」


「どういった機能のものを作るのか決めたうえで、魔法陣を設計します。その設計に従って、基盤となる特殊な粘土で作った板材いたざいに、設計通り魔法陣となる溝を彫り、魔法陣本体を作るミスリルの粉末を特殊な薬剤やくざいって粘土状にしたものをその溝に詰めて高温で焼き上げることで耐久性のある実用魔法陣ができ上ります」


「なるほど。何か、ベルガーさんの方で困っていることなどありませんか?」


「そうですね。今、資金の方は問題ないのですが、どうしてもミスリル粉末の出物でものが少なくて、もう一月ひとつきもすればこの作業場でも在庫が無くなってしまうということでしょうか」


「ミスリル粉末というのは、ミスリルのインゴットで簡単に作れるものなんですか?」


「それはもちろん簡単にできると思います。とはいえ、ミスリルのインゴットなどわたしは今まで一度も見たことはありません」


「貴重なお話をお聞かせいただいたことですし、これからもベルガーさんに活躍かつやくしていただきたいので、良かったらこれを使ってください」


 そう言って、ミスリルのインゴットを収納から一つ取り出してベルガーさんに渡した。


「これは?」


「えーと、ミスリルのインゴットのはずですが」


「ええっー! 本当ですか? 実物はこんな色、つやをしてるんですね。これを削ってミルに入れて粉末にすれば、相当な量のミスリル粘土ができます。これをいくらでゆずっていただけるのでしょうか?」


「いえいえ、差し上げますからご自由にお使いください」


「本当ですか? これだけの量、大金貨100枚は下らないのではないですか?」


「そうかもしれませんが、ベルガーさんのお役に立てるんならそれでいいです。そのかわり、」


「そのかわり?」


 やはり、女性はその言葉には警戒けいかいするよな。


「はい、そのうち私の相談に乗っていただければそれでいいです」


「たったそれだけでいいんですか?」


「そんなに簡単な相談ではないかもしれませんよ、なあアスカ?」


「そうですね。これから必要となる、あれば便利なものといいますと、動力系として回転するもの、後は、情報を伝えるもの。この二つでしょうか」


「回転するものというのは分かりますが、情報を伝えるものとは?」


「例えば、いま私とベルガーさんが、こうして話をしています。話しの内容が情報に当たります。今はこうして面と向かっていますから、声でお互い情報をやり取りできますが、ここから、1キロも離れればお互い声も聞こえませんし、おそらく姿も見えません。1キロ離れていても、お互いの考えを伝えることができれば便利だとは思いませんか?」


「おおー! すごい考えですね! 実は最近余裕よゆうができてきたもので、なにか新しいものを作りたいという思いはあったのですが、できるできないの前に実際どんなものを作ればいいのかということで悩んでいたところなんです。ショウタさんの今の言葉でやっと向かうべき道が見えてきたような気がしました」


「それは良かった。でも、一足飛びに言葉を遠くに伝えることは難しいかもしれませんから、まず第一歩として、最も簡単な情報、『はい』、『いいえ』、『ある』、『ない』などの二種類を遠くから区別できるだけでもすごいことだと思います。それから、順次複雑にしていけば最終的には言葉そのもので会話できるようになると思います」


「なるほど、まずは簡単なところからということですね。分かります。情報の方はこれから先の話になりますが、さしあたり、回転する魔道具は以前考えたことがありますので、すぐ作成可能と思います。小さなものでいいなら、魔道具工房に頼まなくともわたしだけで仕上げることができますから、二、三日いただければ作れると思います」


「われわれも今はそれほど急いではいませんので、お暇の時にでも作っていただければ十分です」



 ちょうどそのあたりでお湯が沸いたらしく、お茶を飲みながら雑談しその日はおいとました。


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