第268話 200万PV達成記念SS:VRmmO



「マスターの知識の中に仮想現実VRというのがありますが、これを私の記憶データの授受じゅじゅ機能を使って実現できるかもしれません」


 居間でくつろいでいたら、アスカがいきなり、妙なことを話し始めた。


「どういうこと?」


「私はマスターから記憶の一部を受け取っていますが、ペラの時のように私の記憶を相手に送ることもできます」


「そういえばそうだったな」


「その機能を使いつつ、マスターの記憶を元に私の方でその記憶をより鮮明化して送り返すことができます。その鮮明化したいわば映像データの中で、マスターが好きな行動を思い浮かべれば、そのまま映像に反映させることが可能です」


「ほほう。まさに、ラノベで言うところのVRMMOの世界だな」


「その中の大規模多人数というところのMM(Massively Multiplayer)部分はせいぜい十数名程度なのでMが小文字になってVRmmOですが、面白おもしろいとは思いませんか?」


「それができるのなら、すごいことだぞ」


「それでは、試しにやってみましょう。初めての試みですから登場人物は、マスター、私、シャーリーとラッティーでいいですか?」


「シャーリーとラッティーも参加できるのか?」


「もう少し多くても問題ありませんが、おためしですから。それでは、二人を呼んできます」


 ……


 居間から出て行ったアスカがシャーリーとラッティーを連れて帰ってきた。何も説明もしていなかったようで、二人ともやや戸惑とまどっている。


「シャーリーとラッティーは、マスターの両隣りょうどなりの席に座って目を閉じていてくれ。

 マスターも目を閉じてください。マスターはご自分の世界に帰りたいですよね?」


「それはそうだが、今の生活に満足しているから、それほど切実せつじつに帰りたいと思っているわけではないな。まあ、旅行に行きたいな、くらいかな」


「それでしたら、最初は、……」






 アスカのいうVRmmOを体験しようと、居間でシャーリーたちと目を閉じてソファーに座っていたはずだが、気が付くと、どこかで見たような日本の街並まちなみの中で突っ立ていた。


 知らぬ間に、VRmmOが始まっていたようだ。


 登場人物は俺自身なんだから、当然キャラメイクはない。


 俺の横にはいつものようにアスカが立っていた。


「アスカ、ここはどこだろう?」


「マスターの記憶から再現した日本の街です。記憶のあいまいな部分は整合性が取れる範囲で補正していますが、実際の街並みとは異なると思います。街の看板かんばんなどもそれなりに見えますが、実際存在していたとは限りません」


 なるほど。


 たしかに、街の看板には日本語や英語が書いてあるし、目の前の道路には自動車やバスが行き来している。すぐ先には高架橋こうかきょうも走っている。いわゆる街の喧騒けんそうがそれなりにうるさい。


 アスカの作った仮想現実VRと知っていても日本に帰って来たような感じがする。ビルの合間あいまに見えるのは東京タワーじゃないか?



 ここは、東京の一角を再現した場所のようだ。俺自身の記憶から作られたという話なので過去に一度は訪れたことのある東京のどこかなのかもしれない。


 アスカの後ろにはシャーリーとラッティーが突っ立って、目を丸くしながら周りをキョロキョロ見回している。この二人にはアスカは全く説明していなかったようだから、これは当然の反応だろう。


 このままではマズいので、アスカが二人に状況の説明をしてくれた。


「二人とも、一応これは夢とは違うんだけど、夢のようなものと思ってくれ。ここはマスターの故郷こきょうの街並みと思ってくれていい」


 アスカの説明を聞いてなんとか理解したらしく、再起動したシャーリーが、


「ええー! ショウタさん、ここがショウタさんの故郷なんですか? あんなに背の高い建物がたくさん。何でこんなに人が多いんです? お祭りでもあるのかな? あの黒い道の上をすごい速さで走っているのは何なんですか? ……?」


 シャーリーは疑問が一杯。


 大きな声をシャーリーが上げても道行く人は別に気にも留めていないようだ。ゲームと思えば当たり前か。


「これがショウタさんの国。すごい。アトレアが発展してこんな国に成れれば」


 ラッティーはいつも前向きなのはいいことだが、あんまり気を張りすぎても疲れてしまうからな。


「お祭りがなくてもいつも人はいっぱいいるんだ。そこらを走っているのは自動車といって、これも乗物だ。中に人がいるのが見えるだろ。

 ところでアスカ。何をするにも先立つものが必要だと思うんだが、俺は日本円を持っていないぞ」


「そこはご心配なく。初期装備として、10万円の現金がマスターの上着のポケットの中の財布に入っています」


 おっ。上着の内ポケットに札入れが入っていた。中を見ると一万円札が10枚。四人で10万円なら悪くないのか。お土産みやげを買う訳ではないし食事代くらいしか使わないだろうから、これくらいで十分なのかもしれない。


 今気づいたのだが、俺以外の三人はいつもの普段着を着ているが、俺の服装は、俺のかよっていた高校の制服ではなく、テレビなどで良く紹介されるお嬢さん、お坊ちゃまの通う有名私立高校のものだった。なぜにあの高校の制服を俺は着ているんだろうか? 何かあの高校に対して俺はコンプレックスを感じていたのだろうか?


「マスター、せっかくですから、甘いものでも食べに行きませんか? 味覚もちゃんと再現していますから期待しててください」


 そこまで言うのか。それでは、シャーリーたちもいるので、街の散策さんさくは後にして、それなりにおいしそうなケーキでも出してくれそうな店を探してみよう。


「アスカ、そういった店はどこにあるか分かるか?」


「もちろんです」


 それはそうか。この街をつくっているのがアスカなんだから当たり前の質問だった。ということは、これからアスカが連れて行ってくれるお店はアスカ好みの店ということだな。


 移動する道すがら、シャーリーとラッティーがこれは何だ? あれは何だとうるさいくらいに聞いて来る。俺もなつかしいので、あれは何で、これはあれだとか答えながら歩いていった。


 アスカに連れられてやってきたのは、さきほどの大通りから二本ばかり入った通り。その通りには違法駐車らしき車が何台も止まっているので、大型車はこの通りを通れなさそうだ。そこまで再現しているのかと思うとびっくりする。


「この店です」


 連れてこられたのは、フルーツパーラーのようだ。店先には高級そうなフルーツが並べられていて、付いていた値札ねふだを見ると、とても一般人では手の出ないような値段だった。急に10万円では心細くなる。中に入ると店の奥は喫茶室のようになっているらしい。


 その喫茶室の中にいたお客は、小柄な女性お一人さまと美男美女のカップル、他に二、三人。


「この店では、シャーベットがお勧めらしいです」


 さっさと四人掛けの席に座ったアスカが、メニューをのぞき込みながらそう言ってきた。


 シャーベットはここのところ食べた記憶がないので、俺は桃のシャーベットを、シャーリーとラッティーも同じものを頼んだが、アスカは、アップルパイと紅茶、それにマスカットシャーベットとバニラアイスを頼んでいた。いつものことなので気にしたら負けだ。


 店の人に注文を告げたら、それほど待たずにシャーベットとアイスは届けられた。


 すぐに、みんなでスプーンにお皿の上のシャーベットをすくい、口の中に入れる。


「おいしーい! 冷たくて口の中で甘酸っぱい味が広がる。すごーい」


「こんなお菓子がアトレアで作れれば、名産品になるはず」


 相変わらずのラッティーに笑ってしまった。せいぜい味を覚えて再現するよう頑張ってくれ。資金なら俺が出すからな。


 俺も桃のシャーベットを口に入れてみたが、値段だけのことはある味だ。お土産みやげで買って帰れないのが残念だがそこは仕方がない。


 アスカを見ると、すでにマスカットシャーベットは食べ終わっているようで、目を細めるようにしてバニラアイスを口に運んでいる。もともと量が少ないものだったので、こちらもほとんど食べ終わっているようだ。


 すぐに、紅茶とアップルパイがアスカの前に運ばれてきたので、今度はそれを食べ始めた。


「二人とも、ケーキもいろいろあるようだから頼んだらどうだ?」


「そうします」「わたしも」


 シャーリーはショートケーキ、ラッティーはモンブランを頼んだようだ。


「これも、王都で食べてるショートケーキよりずっとおいしい」「ほんとだ。おいしい」


 こちらの世界で商品になっているものはそれなりの研究の末に売り出されたものなのだろうから相当おいしいのだろう。俺自身は、向こうのお菓子でも十分おいしいのだが、シャーリーとラッティーにとっては初めてのおいしさだったので当たり前か。


 十分甘味かんみ堪能たんのうしたわれわれは支払いを済ませ店を後にした。


 そのとき店の出入り口で俺の今着ている高校の制服を着た、長い黒髪で切れ長の目を持つ際立きわだった美形の女生徒と髪の毛をオールバックにした四十がらみのおじさんとすれ違ったのだが、二人とも何か武道でもやっているのか姿勢のいい歩き方だった。


 店を出て、青空を見上げると、昼間の月がなぜか長四角だった。アスカのVRmmOも最後にバグったのか?






[あとがき]

200万PV達成、ありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。



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