第276話 新技! 名づけて『吸い出しくん、バキューン』


 『成り行き』というアンフェーバーな言葉に流されて、こうして俺は八角棒を握りしめ、屋敷の南の草原くさはらで、アスカと対峙たいじしている。もちろんアスカは素手すでだ。


 周りで見守るパイロット訓練生たち。騎士団からの派遣組はけんぐみだけでなくうちで雇った四人娘もかつて冒険者志望だけあって、興味があるようだ。


「それでは、マスター、適当に打ち込んでください」


 余裕をかましているアスカに一撃加えてやりたいが、いままで八角棒が一度もかすったことさえないわけで、この事実が今日これから解消されるとは思えない。


 それでも、みっともないところを訓練生たちに見せる訳にはいかないので、ここはできるだけのことをしてみようじゃないか。


「いくぞ!」


 もういちど、しっかりと『神撃の八角棒』を持ち直し、


「突き、突き、突きからの払い!」


 なかなかいいんじゃないか。今日はアスカの動きが見える。これは見切ったか?


 アスカの足元を見ると、あれだけの動きをしているわりに、草がそれほど踏みしめられていない。足を移動しても重心はそこまで動かしていないのか?


 ならば、重心に対して突きを入れれば、これでどうだ。


 とう!


 やはりだめでした。確かに重心を突いたはずだが、そこにはアスカの体はなかった。動きそのものは、俺の八角棒の方が早いような感じなのだが、ぎりぎりでかわされる。いつもの展開なので慣れてはいるのがが、ここは部外者の前なので少しは俺の立場というものを分かってほしいよな。


 訓練生かんきゃくたちは、俺が突きや払いを入れるたびに、


「おう!」「こんどこそは」「おしい」「次はいける」


 気持ちは俺を応援してくれているようだ。まあ、それは判官贔屓ほうがんびいきとでもいうのか、あきらかに弱いものを応援したくなるという人間心理のなせるわざなのだろうとは俺でも分かるよ。


 うーん。アスカの場合、俺に向かってくるわけではないので、守りの間合まあいしかない。俺の八角棒が繰り出されることで、勝手にアスカの守りの間合いに入ってしまう訳だ。


 ということは、俺が八角棒を使わずじーっとしておけばアスカは何もできないはずだ。


 いや待て、それでは、千日手せんにちて衆人環視しゅうじんかんしの中でそれはマズい。


 どうすればいい? どうすれば?


 俺の得意技は何だ? 俺にあるのは、『収納』だ。これだけは誰にも負けない自信がある。


 だからといって、アスカを収納してしまえばいいかというとそれは違う。


 『収納』を間接的に利用して何かできないか?


 アスカの足元に穴を作ってもすぐに反応するだろうからダメだし。


 俺の場合、水や土といったつながった物でも範囲や形を大まかに考えるだけで収納できる。ならば、今までやったことはないがおそらく空気も収納できるはずだ。


 呼吸する必要のないアスカの周りの空気を収納してしまってもなにもならないしな。


 こうやって考えをめぐらしているあいだでも、俺が何か作戦を立てているとアスカにさとらせないように、こまめに俺は突きを入れている。とはいえ、俺とアスカの仲なので、アスカにはお見通しだとも思うが、どうだろう。


 おっ、いいことをひらめいた! これならいけそうだ。


 名付けて、『吸い出しくん、バキューン』だ! バキューンよりバキュームがいいか。どうでもいいか。つづりはmで発音はnだな。もっとどうでもいいか。


 いくぞ、アスカ!


 アスカの胴体半分ほど右にずれたところを狙って俺は八角棒を突き出し始める。当然そのままではアスカに八角棒は当たらない。従ってアスカは微動だにしない。


 その突きを入れながら俺は、アスカの体の右数センチほどあいだを空けて、直径1メートル、高さ2メートルほどの円柱状の空気を収納してやった。


 ポン! と音がして、空気を抜き取られた空間にまわりの空気が押し寄せ、アスカの体も右に流れた? あれ? 流れていない。


 俺の一撃はむなしくくうを切ってしまった。


「マスター、お見事です。今の攻撃は、相手が私でなければ必殺技になり得るものです。私も今の攻撃に耐えるため、左足を踏ん張らざるを得ませんでした。

 特に今の技を対人に直接使用すれば、相手方は鼓膜こまくが確実に破壊され、さらに連続して空気を抜き続ければ、窒息は無理でも血液中の酸素が不足し、様々な障害しょうがいが発生します。それを防ぐ手立てはありません。

 また、空気を伝播でんぱしてくるような各種攻撃に対して絶対的な防御方法になり得ます。『今回は』このあたりにして、午後の訓練を始めましょう」


 アスカの左足を見ると、5センチほど土に沈んでいた。『今回は』という不穏ふおんな言葉もあったが、俺も少しは満足した。


『おおおー!』


『すごかったー』


『私は、コダマ子爵の棒の動きが後半は見えなかった』


『それをかわし続けるエンダー子爵はいったい何なんだ?』


『たしかに総長のいう通りだったことが分かった』


「それじゃあ、エキジビジョンはこれくらいにして、午後の訓練を始めるから、みんなコントローラーの前に座れ!」


「はい!」


 フフフ、今日はかなりみんなも俺への認識を改めてくれたようだ。ここにいる十名と冒険者学校の十二名。全部で二十二名は俺の潜在的せんざいてきファンということでいいな。


 余興よきょうとしてはなかなかのものだったのだろう。うちで雇った四人まで何だか動きが機敏きびんになったような気がする。


 俺が少し頑張るくらいである程度の効果があるのなら、今度、冒険者学校の生徒たちの前で、アスカとペラの模範試合をやってみるのもいいかもしれないな。俺も興味があるし。


「マスター、私とペラが模範試合といっても立ち会えば、あのあたり周辺が破壊されますし、マスターはまだしも生徒たちには動きが追えないと思います」


 だそうです。




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