第275話 操縦士訓練


 屋敷の南側の草原に出した飛空艇の模型は、今回の操縦士訓練のためにアスカが特別に作った模型で、外板が外れて、内部がうかがえるようになっている構造説明用のものだ。


 その構造模型をアスカが操ってかみのけで肩の高さくらいに持ち上げ、外板を取り外して、内部の構造の説明を始めた。もちろん、訓練生かんきゃくは宙に浮いた模型にひどく驚いている。


「飛空艇の内部、先ほど乗った時の足の下だな。そこはこのような構造している。まず、飛空艇で最も大切な魔導加速器がこれだ。理屈は、前から吸い込んだ風を、勢いをつけて後ろに吐き出す。その吐き出した反動で飛空艇が浮き上がったり前に進んだりする。

 そして、同じ形で小型のこの装置も魔導加速器だ。こちらは、飛空艇の細かな動きを制御せいぎょするために取り付けられている。どちらも、魔道具なので、魔石で動く。大きい方を主機、小さい方を補助機と呼んでいる。飛空艇の操作は、ほとんどがこの主機と補助機を操作することで占められている。……」


 アスカはこういった説明が大好きなので、ほんとに良かった。



 一応アスカによる飛空艇の構造の説明が終わったので、次はいよいよ操作の実習だ。


 訓練生十人のため五セットの操縦装置の模型と、十脚の椅子を草原くさはらの上に並べてやった。それと、操縦シミュレーション用の飛空艇の模型五隻も収納庫から取り出した。


 だからいちいち驚かなくてもいいから。


「騎士団の六人は騎士団で、うちの四人はうちの四人で、適当に二人ずつ、その箱の前に座ってくれ。その棒が何本も出ている箱が、いま説明した飛空艇の内部の装置などを操る操縦装置、コントローラーだ。左側が正操縦士、右側が副操縦士になる。訓練が進めば、正副パイロットは入れ替えるし、個人の組み合わせも変えていくからどのペアでも操縦できるようになるはずだ」


 そこから先は、アスカ式フライトシミュレーターを使った訓練が始まった。


 アスカがコントローラーを動かしながら、簡単に説明すると、模型の飛空艇がそのように動く。


『エンダー子爵は錬金術師と聞いていたが。エルフの魔法も操れるのか? しかも五隻の模型を同時に操っているということは、マルチキャスト!』


『すご過ぎる!』


 だれも、アスカが髪の毛で操っているとは分からないので、ひどく驚いている。残念ながら、俺の収納以上の食いつきだ。チクショウ!


 ここで競っても何も意味はないな。



 アスカの指示に従い、みんな見よう見まねでも何とかうまく離陸ができるようになったところで昼の時間になった。うちで訓練するときは、昼の食事はこちらで提供ていきょうするとあらかじめみんなに知らせておいたので、


「午前中はここまで。昼になったので食事にしよう」


 十名も見慣れない連中と食堂で食事をすると、うちのみんなが遠慮してしまいそうなので、訓練生の昼食はうちの広い方の応接室で行うことにした。こっちの応接室は、机がテーブル代わりになるので丁度ちょうど良かった。


 それで、初日の今日の昼食は、ゴーメイさんにいってカレーにすることにした。


 おそらく全員初めての味と思うが、辛さを押さえたものを出す予定なので、問題ないだろう。おなかに問題があるようならいくらでもポーションがあるので午後の訓練には支障ししょうはないはずだ。


 俺もアスカも、今日は初日なので、訓練生と一緒に昼食をとることにしている。


 全員が席に着いたところで、ミラが人数分のカレーライスを、ソフィアが野菜サラダとスープをそれぞれワゴンに乗せてやって来た。


 嗅ぎなれない珍しい匂いのカレーライスが目の前に置かれる。サラダとスープと一緒に、ナプキンやスプーンとフォークなどの食器と水の入ったコップも置かれ、数個の水差しもテーブルの上に置かれた。ソフィアもミラも配膳はいざんが終わったが、出口辺りで控えている。


 ここで、いきなりの『いただきます』はないので、それは割愛かつあいして、


「それでは、みんなに行き渡ったので、食事を始めましょう。

 きょうみんなに前にお出ししたのは、南方から運んだスパイスとコメを使った料理で、カレーライスといいます。見た目はすこしアレですが、食べてみると驚くと思います。少しからいかもしれませんが、それがまた癖になります。おわりはいくらでもありますから、うちのものに申し付けてください。それでは、どうぞ」


 そう言って、俺とアスカがカレーライスを食べ始めた。


『なんだろう? なんだかからそうな匂いだけど』


『男なんだから、あなた先に食べてみてよ』


『ん? からい! でもうまい!』


 最後の感想が効いたのか、みんなスプーンを動かし始めた。


 そこから先は、あっという間。最初に大柄な騎士団の男性がカレーライスのお替わりをうちのものに頼んだあとは、後から後から、お替わりの声。


 こんなふうに喜んで食べてもらえるとこちらも嬉しくなる。


 あんまり食べ過ぎると、午後からの訓練がつらくなると思うが、まあ、走り回るわけではないので問題はないだろう。


 騎士団の女性団員がミラに、カレーの材料のことを聞いていた。すでに、カレーの材料やコメなどは商業ギルドで取り扱い始めているのだが、騎士団で注文されてしまうとあっという間に買い占められてしまう。少しセコイが、あとで、ゴーメイさんに早めにスパイスとコメは購入しておくよう言っておこう。


 世の中、機を見るに敏であることが生き残るための条件なのだ。



 みんな、かなりの量をお替わりしたようだ。お腹をさすっているものまでいる。ミラとソフィアが食器を下げた後、お茶をみんなに配り終えて、部屋から出て行った。みんなの満腹の様子を見るに、1時から予定している午後の訓練は少しずらした方がいいか?


「最初の辺りは、説明を多めに取りますから、大丈夫でしょう」


 アスカがそういうなら大丈夫なのだろう。気分が悪くなれば言ってくれ、ポーションならいくらでもあるからな。



 お茶を飲みながら騎士団の連中の会話がカレーの話になるのは当然として、話しが変な方にずれて行った。


『俺たち、飛空艇の操縦に回されて良かったな』


『整備に回された連中は、今頃宿舎で渡された弁当だろ。やはり、子爵閣下のところは違ったな。カレーライスか、騎士団でも食べれるようにならないかな』


『そういえば、総長が言っていたそうだけど、エンダー子爵はおそらく大陸最強だろうって、自分じゃ足元にもおよばないって』


『うそだろ、あの総長だぞ』


『両子爵とも、あの若さでAランクの冒険者なわけだし。それに、総長が嘘や冗談を言うわけないでしょう』


『大陸一、二の大錬金術師の上にAランクの冒険者、その上エルフの魔法まで』


『それじゃあ、一度、お二人の立ち合いみたいなものを見てみたいな』


『わたしも、見たい』


 うちの四人はおとなしいのだが、どうも騎士団からの訓練生は要望が多いな。


「マスター、訓練生たちがああ言っていますが、食後少し生徒たちの時間を空ける意味でも手合わせしてみませんか?」


 それみろ、アスカが食いついてしまったじゃないか。





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