第270話 アスカ、昔語り


 アスカによると、重い列車が、振動しながらレールの上を走ることで、枕木まくらぎ砕石さいせきそうで、今現在砂虫の輪切りを転がすだけで、かなりいい加減かげんな感じで砕石をならしているのだが、列車の本格運行が始まれば、そのうちきれいに均されていくそうだ。


 その砂虫の輪切りだが、ヤシマダンジョンの手前まで転がしてきたところ、やはり大勢の人が驚いたようだ。一個目の輪切りは、アスカが転がしているうちにへたってきたので、もう一つの輪切りに取り換えてここまでやってきている。この輪切りもそれなりにへたってしまった。一応投げ捨てる訳にもいかないため収納しておいた。へたった分だけ肉が柔らかくなっているはずなので、食用には少しレベルアップしたかもしれない。



 レールをつなげるという意味では、レールを片側から延長していく方が最後に既存レールに接続するより無難ぶなんなのだろうが、アスカがいる以上問題が起こることはないだろう。


 ここまでくる間、街道上には宿場町が二つほどあったが、邪魔にならないように路線のルートが作ってあったようで、少し南寄りに路線が曲がった程度で畑などを横切ることもなく路線を延ばすことができている。


 ヤシマの終着地点からアスカがレールをある程度西向き、王都方面に伸ばしたところで、枕木や金物を乗せた台車を収納からレールの上に出してやった。ここからは、俺は資材を台車に補充ほじゅうしていくだけの楽な仕事になる。


 あたりがすっかり暗くなり、少し遅くなったが、いつものように収納していた料理と飲み物を取り出して、アスカと二人で枕木を重ねた簡易椅子いすの上で満天の星を眺めながら夕食を取った。


 食べながら、


「この世界には月がないのに、こよみ上は一月、二月があるだろ。少し不思議ふしぎじゃないか?」


「月の動きと暦は普通連動しているわけでしょうから、そういった疑問は当然です。実は、この世界にも月はあったのです」


「アスカは月を見たことはあるのか?」


「いえ、私は見たことはありません」


「それじゃあ、人づてに聞いたってことか?」


「はい。私が作られる過程で、大きな質量が必要だったため月をつぶしたと聞きました」


「ええっ! 潰した?」


 何だか、アスカがとんでもないことを話し始めた。


「私の機能を十分に発揮はっきするための装置をこの体の中に詰め込むためには、この外観の数十倍の容積が必要だったそうです。巨大化を嫌った私の開発者の一人が、小さな容積に大きなものを詰め込む対応策として、亜空間あくうかん格納技術というものを開発したそうです。その亜空間を最初に作り上げるためこの大地の次に大きな質量を持つ月を、大きさが無くなるまで圧縮して特殊な空間を作り出したそうで、月の質量そのものは私の亜空間格納庫の中に今も存在しています」


「それって、収納とブラックホールなんじゃないか? しかしすごい話だな」


「亜空間格納庫内にはある程度の物品を収納することはできますが、マスターの収納ほど便利なものではないようです。月の質量については、おそらくマスターのいうブラックホールに相当そうとうするものだと思います」


 アスカは、すごいとは常々つねづね思っていたけれど、思った以上にすごかった。


「前々から、不思議ふしぎに思っていたんだけれど、もしかして今の話の中の開発者の一人って、アスカの苗字みょうじのエンダーさんなのかな?」


「いえ、その方の名前は、ニコラ・ドライゼンという名前で、その当時この世界の半分を版図はんとに持つ帝国の皇帝でした」


 皇帝なのか。どんどん話が大きくなる。


「それじゃあ、エンダーというのは?」


「ドライゼン皇帝は若年じゃくねん時より有史以来人類最高頭脳と自称していたような方で、皇帝になる前から研究開発を続けており、その研究開発助手をしていたのがマーガレット・エンダーという方です。私はそのかたの名をいただいて、エンダーというせいにしました」


 アスカの生みの親の姓だったわけだ。どおりで、子爵になるとき迷わずエンダーという苗字みょうじが出てきたわけだ。それじゃああのとき苗字を俺の勧めたアサッテにしなかったことにも納得なっとくだ。いや、理由がなくてもアサッテでは嫌かもしれんな。


「エンダーさんの方の名を取ったと言うことは?」


「はい。私の母のような存在でした」


 うん? いまアスカの顔が明らかに変わった。母親のような人のことを思い出して、悲しんでいるのか?


 最初は笑い顔が見たかったんだがな。アスカには悪いが悲しそうにしている顔もなかなか新鮮だ。


「マスター、そろそろ作業を再開しましょう」


「そうだな」


 アスカが笑うのはどんな時で、今後アスカが泣くのはどんな時なんだろう?


「笑う時はまだわかりませんが、泣くのはマスターが寿命を終え別れる時だと思います」


 マスターだと言っても名ばかりなこんな俺でも、アスカは死ぬまで付き合ってくれるらしい。ありがとうアスカ。








[あとがき]

今回のアスカの昔語りは、

『ASUCAの物語』https://kakuyomu.jp/works/1177354054916821848 の設定となります。


なお、第268話 200万PV達成記念SSは、

『法蔵院麗華~無敵のお嬢さま~』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054904992245

第5話 接触、一条佐江 に連動したものになっています。

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