第260話 笑い顔


 ペラに対するアスカの手術オペの間、俺は何もすることもなかったので、しばらく玄関前に立って自主練じしゅれんを続ける生徒たちの動きを追っていたのだが、一人の女子生徒が玄関に向かって来た。新しい装備に慣れていないところなど、初々ういういしいといえば初々ういういしい。俺はこう見えても自信家ではないので、その生徒が俺の方に向かって駆けて来たなどつゆとも考えもしなかったハズだ。


「あのう、すみません」


 このは誰に話しかけるんだ? 後ろに誰かいたか?


「コダマ子爵さま」


 コダマ子爵? おおっと! 俺のことだ。ちょっとわざとらしかったかな?


「何だい?」


「ええと、お願いがあってきました」


「お願いとは?」


 ここのところ、お願いが多いな。まさかペラの改造のことを知って、整形したいとか言わんでくれよ。


「いま、ペラ教官もいらっしゃらないので、できれば私たちに武器の模範演技もはんえんぎのようなものを見せていただけないかと思いまして」


「模範といってもな。みんなはメイスだろ? 俺はただの棒使いだからなー」


「それでもいいのでお願いします」


 そこまで言われれば引けないので、一応、『進撃の八角棒』を収納から取り出した。


「うわ! いきなりですが、本当に子爵さまの収納?はすごいんですね」


「子爵さまは言いにくいだろうからこれからはショウタさんと呼んでくれ。あとでみんなにもそう言っておいてくれな。収納は俺の得意技だからもっといろんなことができるけど、今回は関係ないのでいいとして、さあてこの棒で何を見せようか?」


 そんなことを言っているうちに、他の生徒たちも玄関前に集まってきてしまった。こうなってくるとちょっとはインパクトがある方がいいな。


「そうだな、それじゃあまず、この八角棒を誰かに持ってもらおうか」


 俺が、片手で八角棒の片方の先端を持って前に出してやったのだが、それを、先ほどの女の子が俺と同じように片手で受け取ろうとしたので、


「片手で持つと手を痛めるから、両手で真ん中あたりを持った方がいいと思うぞ」


「えっ?」


「いや、これほんとに冗談抜きじょうだんぬきで普通の人が持つと重いから」


 それで、そのもちゃんと八角棒の真ん中あたりを両手で持ったので、ゆっくり俺の方の力を緩めてやったら、だんだん重みがそのにかかってきたようだ、


「腰を入れてしっかり持たないと、腰を痛めるぞ」


 そのは真っ赤な顔をして何とか八角棒を一人で持っていることができたようだ。はたから見ると、俺たち二人でコントをしているように見えるかも知れないな。


 周りで見ている連中は俺の八角棒の重みが伝わらなかったようで、不思議そうな顔をして俺たち二人のコントを見ている。


 10秒ほどその娘に八角棒を持たせたのだが、足の上に落とされてケガでもされてはかわいそうなので、俺が片手で八角棒を代わって持ってやった。あからさまにほっとした顔をされた。


 おおっと、ここで何かのフラグでも立ったかな?


 彼女のほっとした顔はかわいいのだが、八角棒の方を見ているだけで全く俺の方を見ているわけではないようだ。予想の範囲内。これは全く負け惜しみではない。そういったことにいちいち心を動かすのは平常心が足らない証拠しょうこだ。俺には平常心が足りていただけの話だ。平常心は足りる、足らないで測ることができるものとしての仮定の話だがな。


「それじゃあ、みんな集まったようだから、俺がこの八角棒を使って少し演技をして見せよう。そうだなー、そうだ!」


 収納の中に入っていた、ヘマタイト・ゴーレムをみんなの前に出してやった。


「うわー」「これは何?」「ゴーレムじゃないかな」


 みんなあたりまえだけどゴーレムは初めてだったらしい。


「もう一月ひとつきもしたらみんなにこれをたおしてもらうつもりだ。なーに、ペラの訓練についていくことができれば、簡単にたおせるようになるはずだから安心してくれ。こいつは鉄鉱石の塊だ、こいつを一体たおせば経費を除いて一人あたり小金貨1枚くらいになると思うぞ。魔石の分がそれに上乗せされるから稼ぎかせぎとしては悪くないだろう」


「一人小金貨1枚」「すごーい」「わたし頑張がんばる」


 お金の話をついでにしたら、みんなの目が$マークになったようだ。


「こいつは、ヘマタイト・ゴーレムというゴーレムの死骸しがいだ。特殊な方法でたおしているので、この通り見た目は無傷だ。ガタイは大きいしそれなりに硬い。これを俺の八角棒で粉砕して見せてやろう。あまり近くにいると、破片が飛び散るかもしれないからもう少し後ろに下がってくれ」


 そういって、八角棒を両手で握り直し、右足を踏み込んで一気に突き出した。


 ドッガーーン! 


 ほう、なかなかいい音がでた。今の一撃でヘマタイト・ゴーレムの頭部が粉々に砕け散った。残念なことに、いいところを見せようと少し力が入ったようで、アスカが見ていたら何か一言ひとこと言われそうな一撃だった。まあアスカは今はいないのでセーフ。新人たちでは俺の今の一撃の無駄な力みりきみは見抜けないだろう。


「すごい」


 誰かの口から出たその言葉だけが聞こえた。他の連中は口を半分あけたままだった。


「こんなところだ」


 そういって、ヘマタイト・ゴーレムの首から下を収納しておいた。


「あ、ありがとうございました」「ありがとうございました」


 さっきの女の子の声につられてみんなが礼を言ってくれた。素直すなおな連中じゃあないか。


「それじゃあ、みんなはペラに言われていたことを続けていてくれ」


 気分も上々。さて、アスカのオペの様子でも見に行ってみるか。




 玄関を入ってペラの部屋のドアの前で、


「アスカ、どんな塩梅あんばいだ?」


『ちょうど終わったところです』


 アスカは三時間ほどかかると言っていたが、結構早く終わったようだ。


「入るぞ」


『どうぞ』


 部屋の中に入るとちょうどペラが服を着ているところだった。それはいいとして、


「ペラどうだ?」


「はい、マスター、アスカさんにいろいろ調整してもらって食事ができるようになったようです。夕食が楽しみです」


「夕食の前に、試しに串焼きでも食べてみるか?」


「いえ、楽しみは後にとっておきます」


「そうか。ペラは食事の方法は分かるのか?」


「はい、そのあたりはアスカさんにインストールしてもらいました」


「それは良かった。夕食で初めての味やにおいを楽しんでくれ」


「ありがとうございます。それでは、生徒たちを見に行ってきます」


「おう、頑張ってな」


 受け答えも以前よりスムーズになったような気がする。


 ペラの改造も無事成功したようだ。これぐらいのことができるのならば、表情筋ひょうじょうきんについてもそれなりの物ができるのではないかとアスカに聞いたところ、


「表情筋なら、今回簡単ですがペラの顔に組み込みました。ペラの場合、変顔へんがおは以前でも可能でしたが、今回のレベルアップで微笑びしょううれい顔といった高難易度こうなんいどの表情を作ることが可能になったはずです」


「そうなんだ。そう言えばペラがいつぞや変顔をして戻らなくなったとかいって騒いだことがあったが、最初から表情筋があったわけだな。そしたら、アスカはどうして、自分にはその高性能な表情筋を組み込まないんだ?」


「マスター、私は最初にキルンの迷宮内でこの顔になった時以来、ペラのものよりも数段高性能な表情筋を組み込んでいます」


 あれれ? そうだったのか? いままで全く気付かなかった。


「ただ、表情を変えなければならない状況にならなかったため、いままで一度も表情筋を操作したことはありません」


 何だか表情というものの定義が俺とアスカでは違うのかもしれない。


「表情を変えなければならない状況というのは、感情がゆり動かされた場合だと認識しているのですが、私自身感情がゆり動かされたことはほとんどありませんので、表情を変える必要がなかったわけです」


 表情の定義というか考え方は俺とアスカで異なっていたわけではないらしい。それではアスカの感情が揺り動かされるような場面があればアスカの表情の変化がはっきり分かるわけだな。


 そういえば、中国の古い話で、お妃さまの笑い顔が見たい一心いっしんでバカなことを続けた王さまが家来けらいに見捨てられて国が滅んだ話があった。そこまではしないにしても、アスカの笑い顔をそのうち見たいものだ。



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