第253話 投擲(とうてき)訓練用ポール


 投擲とうてき練習用のポールを冒険者学校の近くに立てようと、トンネル東口あたりの針葉樹の立ち木たちき伐採ばっさいし、そのままトンネルをのぼって露天掘り跡地のすり鉢の底までやってきた。


 まだ屋根の工事は始まっていないが、資材などを運ぶ荷馬車が何台も坂道を下っていた。そのうち工事の人たちもやってきて作業を始めるのだろう。


 そこらは工事の人たちに任せておけばいいので、俺たちは、ポールを立てる場所を決めることにした。


 露天掘り跡地のすり鉢の底は、奥行き150メートル、幅が50メートルほどあり結構な広さがある。


 その中で、とうげ側の三分の一を冒険者学校の当面の敷地と考えており、そこには小さな池もある。生徒たちは昨日同様、午後からメイスの訓練をしているようで、ペラの号令ごうれいに合わせながら、突いたり、振り下ろしたりしている。さまになっている者もまだまだの者もいるようだが、すこしずつメイスの重さに慣れていけばみんなうまく扱えるようになるだろう。


 俺たちがやってきたことに気づいたペラが軽く会釈えしゃくしてきた。少しずつ成長しているのは確かだ。やはり、人に教えることによって自分も成長するというのは本当らしい。


 学校の反対側の三分の一を倉庫やレールも含んだ荷役にやく関係の作業場にしようと考えているので、二つに挟まれた残りの三分の一、50メートル四方が空き地になる勘定だ。


 いまのところ、メイスを使った訓練や体操などは、冒険者学校の前の広場で十分なので、ポールは10メートル間隔で六組、真ん中の広場の斜面側にくっ付けて縦に並べることにした。


「マスター、20センチ径で深さ1メートルほどの穴を私が指定する場所に空けてください」


 アスカが指先を使って器用に直径20センチの円を地面に書いてくれるので、そこを真下に1メートル分収納していく簡単なお仕事だった。


 すぐに穴が完成したので、まず柱として十二本、先ほど伐採した針葉樹を出してやった。枝は払っているが、まだ樹皮じゅひは残ったままだ。


「樹皮が残っていますと、雨の乾きなどが悪くなり、木がいたみやすくなりますから、樹皮は取ってしまいます。先ほど払った枝は生乾なまかわきですぐには使えませんが、こちらは焚火たきびの点火材にもなりますから、収納お願いします」


 と、アスカが言っている端から、丸太の樹皮がかれて行き、細い方を下に俺の空けた穴に立てられていった。穴の大きさの方がやや細かったようで、穴の中にアスカが丸太を突っ込んでいくだけで、ちゃんと固定されたようだ。


 すぐに十二本の柱が立ってしまった。生徒たちも見ている前での作業だったので、みんなかなり驚いたと思う。


「それでは、横木を取り付けていきます。横木は先ほどの針葉樹一本で二本作りますから、全部で三本お願いします」


 その場に出した針葉樹は、いったん皮をむかれそれが真ん中で縦割りにされたうえ、やや厚めの二枚の板に加工された。樹皮や端切はぎれ材は俺がその場で収納している。


 それで、これからどうするのかと思ったところ、


「塗料を先に塗ってしまいましょう」


 ああ、そうだった。


 ここに来る途中に買っておいた黄色い塗料と刷毛はけをアスカに渡し、これもあっというまに厚板の片面が黄色に塗られていった。


「それでは、横木を柱にはめてしまいます」


 アスカが髪の毛で切り取ったのだろうが、柱の上の方から木片もくへんが落っこちてきた。上を見ると、横木の形で柱にあないている。その孔に横木を通すのだろう。見ていると髪の毛に持ちあげられた横木が、黄色に着色された面を手前に、柱の孔にすっぽりはまってしまった。反対側の柱の孔へは、一度上の方で柱を外側に曲げて板を通したようだ。これもきっちりとした寸法で作られているため、きつく固定されたようだ。


 この作業をあと五回続けて作業は終了した。


「今立てたポールの木材は生木なので、一カ月くらいしたら、横木がゆるんできますし、塗料もげてくるでしょうから、そのころメンテナンスの必要があります」


 一度少し離れて全体のでき上がりを確認したが、確かにダンジョンの幅と高さが再現されていると思う。


 今回は全長50メートル分だが、実戦では、30メートルから40メートルは投擲とうてき弾を飛ばしたいので、かなりの技量と腕力が必要になると思う。


 実物の投擲とうてき弾を練習で投げるわけにはいかないので、そこらに転がっていた大き目の石を拾って、投げてみたが、天井てんじょうを意識した投擲とうてきはかなり難易度なんいどが高そうだ。もちろん、高ステータスの俺の投げた石は50メートルほぼ直線で飛んでいった。


 まだ練習中にもかかわらず俺を注目していた大勢の生徒たちが、俺の今の石の投擲とうてきを見て驚いていたようだ。ファンクラブを冒険者学校内で作ってくれてもいいんですよ。


 ということでもう一投。


 エアー野球帽のひさしに軽く手をやり、左手に持った石を右手に持ち換えて大きく振りかぶり、軸足じくあしの右足を地面にしっかり固定して、一度左足で良く乾いた地面を軽く蹴って靴の裏に地面の砂をくっつける。軸足じくあしの右足からの角度が、実際はできないので気持ちだけ180度になるように、左足を真上に思いっきり上げて、それから全身のバネを使って右腕を振り下ろす。


 『青虫が飛んで、青葉にとまった』わけではないので投げた石は消えることもなくそのまま普通に飛んで行った。自分で言うのもなんだが、なかなかの投球フォームと球速だったと思う。投げたのは野球の球ではなくただの石なんだけどね。


 ちらっと生徒たちの方を向くと、先ほどペラに注意されていたようで今度は誰も見ていてくれなかったようだ。


「マスター、私は見ていましたから大丈夫だいじょうぶです」


 こういうこともある。


 ちゃんとよそ見している生徒をしかるペラもなかなかしっかりしているじゃないか。ペラたちを見ているとなんだか楽しそうにしているようで少しうらやましいぞ。



 投球ごっこはそれくらいにして、訓練を続けている生徒たちの横で、ペラを呼び、一応ポールの説明をしておいた。そのとき、


「ペラ、ここ一日いちにち二日ふつかで生徒たちを見ていて何か気付いたことかないか?」


「マスター、生徒たちの訓練については問題がないようですが、基礎的なものが不足しているようです」


「基礎的なものとは?」


「冒険者としてというより、社会人としてこれから暮らしていくうえで、読み書き、足し算、引き算は必要と考えます」


「みんなそんなに読み書きできなくて、計算も苦手にがてなのか?」


「読むことはできますが、書くことは苦手のようです。数は数えることはできますが、ほとんどの者は足し算ですら二けたを超えるときびしいようです」


「なるほど、それは何とかしないといけないな」


「マスター」


「なんだ、アスカ?」


「読み書きについてはヒギンスさんに、算術についてはヨークさんに頼んでみませんか? ヨークさんは昔算術の家庭教師だったそうですし」


「その分給金を増やせば問題ないだろうが、二人が引き受けてくれればいいけどな。

 それじゃあ、ペラ、これから二人に頼んでみるから、今は生徒たちを見ていてくれ」


「よろしくお願いします」




 その後厨房ちゅうぼうに寄って、ヒギンスさんたちにさっきの話をしたら快く引き受けてもらえた。それで、今日から夕食の片づけ後、読み書き算術を交代で1時間ほど食堂でみてくれることになった。


 そのことをペラに告げて俺たちは、学校を後にした。








[あとがき]

昔、某野球漫画に大リーグボールというものがありまして、つい。



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