第251話 開校3、訓練開始


 最初の訓練風景を見てみようと、アスカと一緒に外に出てみたところ、ちょうど準備運動をしていた。


 この準備運動は、俺の知っているラジオ体操第一だ。うちでは朝のランニングの前にこのラジオ体操をしている。準備運動をしっかりせずに、無理な運動をするとすぐに体をいためるので、生徒にはしっかり準備運動させるようペラには言っていたから、そのままこの体操を取り入れたようだ。


 ペラが生徒たちの前で一つ一つの動作どうさをやって見せて、生徒たちがちゃんとその動きができるまで繰り返し動作させていた。これなら、生徒たちも二、三日でラジオ体操第一を覚えるだろう。


 そのあとは、二列縦隊でのランニングだ。


 今まで隊列を組んでのランニングなどしたことのない連中にはかなりハードな訓練メニューだと思うが、最初なのでそんなにはランニングのペースを上げていないようだ。ペラが六人ずつ二列で走る生徒の周りをあっちに行ったりこっちに行ったりしながらペースが乱れないように気を配っているため、なんとかみんな走り続けている。


 思いのほか、しっかり教官をこなしているペラをみて、やればできるの見本だなと感心させられた。



 露天掘り跡の斜面には、その周りを回るように、作業用の馬車道が何段にも作られているので、足元が固いのはやや難ではあるが、いいランニングコースだと思う。


「ペースを乱さず走るのが走り続けるコツだ。苦しくてもペースを乱すな。1、2、1、2」


 たいしたコーチぶりだ。走っている生徒たちの周りを走り回っているペラは、どう考えても生徒たちの数倍は走っていることになる。生徒たちも一生懸命いっしょうけんめい指導するペラの姿を見ていれば何か感じるものがあるかもしれない。


 みんなへとへとになりながらも、脱落者を出すこともなくランニングが終わったようだ。第一期生はみんなそれなりに優秀なのかもしれない。


 ランニングの後、生徒たちが息を整えるのを少し待って、最後の整理体操としてまたラジオ体操をしっかり行った。体操が終わったところでちょうど昼食の20分前。みんなでぞろぞろと建屋に戻って行った。




 運動のすぐ後に昼食は厳しいかもしれないが、しっかり食べておくことも訓練の一つだ。新人時代、経済的な理由で三食食べないものが多いと聞いたことがある。それでいざという時、力が出ないようではやるせない。少なくともここではそんなことはさせないつもりだ。


 俺たちの昼食も用意されているそうだったが、俺たちが一緒では生徒たちが緊張きんちょうしてはいけないと思い、俺とアスカは一階の空き部屋で、適当に食事をすることにした。


 食堂に集まった面々めんめんに対し、ペラが、食事前には必ずみんな揃って「いただきます」と言うようにと指導をしていた。自分は食事をとることができないが、今日は最初なので生徒たちを食堂で見守るつもりのようだ。


 そのあと歓声かんせいが上がったのだが、なぜなのかと耳も高性能なアスカに聞いたところ、食事が厨房から運ばれてくるたびに喚声が上がっているのだそうだ。


 そのあと、生徒たちのおおきな声で、


「いただきます!」


 が聞こえてきた。


 喜んで食事してくれればこちらとしてもうれしいものだ。このまま食堂にペラがいるのかと思ったが、しばらくして食堂から食事をしている生徒たちを残してペラが俺たちのいる空き部屋にやって来た。


 ペラによると、食事のとれない自分が食堂にいては生徒たちも遠慮えんりょするかもしれないと気をかせたそうだ。それと、食事の終わりは人それぞれなので、最初のうちは食べ終われば各自で「ごちそうさま」と言って席を立つことを許したようだ。今後パーティーが決まれば、こういった食前食後の決まりごとはパーティー単位になると思う。何はともあれ、ペラが気遣きづかいもできるようになったことが驚きだ。


「ペラ、だいぶ進歩したな」


 アスカがペラをめていた。これは本物だ。



 だいたい正午に昼食が始まり、昼からのメイスの授与じゅよは1時半からとした。どうも、生徒たちが食べ過ぎてしまったようで、予定の1時からでは午後の訓練中に食事を戻すものが出そうだと一度食堂に様子を見に行ったペラが俺たちの待機している部屋に戻って頼んできたので了承りょうしょうしておいた。ペラはただの鬼教官という訳ではないようだ。


 こういうふうに時間指定できるのは、ペラが要所で、後何分、今何時と大きな声で生徒たちに伝えているからできることだ。思い出したが早い時期に置時計を購入したいものだ。


 そして、1時半を報せるペラの声。


 アスカと俺が学校の前の広場に遅れ気味に出てみると、ちゃんと六人二列の横隊で生徒たちが整列していた。しかも、一糸いっし乱れずにだ。たった半日でここまできたようだ。普通に感心する。


「それでは、みんなに約束通りメイスを渡すので大切に使用してくれ」


 ここで一本メイスを取り出し、片手で持って軽く右左みぎひだりに振って見せた。


 シュッ! シュッ!


 俺にとっては非常に軽いメイスだったこともあり、軽く振っただけだが風切り音がいい塩梅あんばいに鳴って気持ちがいい。


 ついでにもう一度、


 シュッ! シュッ!


 生徒たちには何気なく目の前で展開されたパフォーマンスに目を見開いていた。


 そうか、ここにいる新人冒険者では俺が振るうメイスの動きは目で追えない可能性があるものな。


 生徒たちが、小声で、


『すごい!』


『なんだあれ』


『動きが見えない』


『やっぱりただのヒモじゃなかったんだ』


『バカ、ただのヒモじゃなくてただものだろ』


 フフフ。新入生諸君、俺をあがめてもらっても一向いっこうにかまわんのだよ。


 生徒達の前でメイスで遊んでいても始まらないので、


「このメイスははがね鍛造たんぞうして作ったものだ。正確に重心がメイスの中心にきているのでどこから相手に打ち付けてもぶれることなく力が相手に伝わるすぐれモノだ。あとで振って見ればそこらのメイスとの違いを実感できるだろう」


 俺が、メイスをアスカに渡し、ペラが最初の生徒の名を呼ぶ。


 アスカが前に出てきた生徒に対し、俺の手渡したメイスを持ち手を先にして手渡していく。一連の流れで全員にメイスが行き渡った。



「行き渡ったようだから、そのまま前後に間隔を取って広がるように。パチン!」


 ペラが手をたたくと、一斉に生徒たちが、これまでの間隔の二倍ほど取って広がった。


「まずは簡単に軽く振ってみよう。メイスを両手に持って、中段ちゅうだんに構える。中段の構えはこうだ。メイスに限らず両手での基本の構えだ」


 ペラにもメイスを渡しているので、それを生徒たちの前で構えるペラ。


 全員がちゃんとペラのマネをしてメイスを構えた。


「ようし、構えたら、そのまま腕の力を抜いて、メイスの重さで腕が下がるに任せる」


 一斉にメイスが下に振り下ろされ、先端が地面を打った。


「いま力を入れたものがいたが、力を入れるのはまだ先だ。もう一度、中段に構えて、よし、落とせ!」


 トン。


 今度は全員うまくいったようだが、これは果たして何の練習なのだろう?


「マスター、ペラは生徒たちに変なくせを付けさせないために工夫くふうしているようです。まっすぐ落とすようにメイスを振るえるようになれば、ねらいも正確になり、威力も増します」


 俺の杖術訓練の時はそんなことをアスカは俺に教えてくれなかったような気がする。


「マスターは、才能の塊でしたから、そういった基礎部分は省略できました」


 そうでしたか。ありがとうございます。



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