第229話 焼き印(ワッペン)


 ペラも、教えさえすればちゃんとした社会生活が送れるはずだし、まだ教師としての実践じっせんが始まるまでには一カ月あるわけだから、アスカもついているので何とかなるだろう。


 そんなことを考えていたのだが、ふとペラの存在理由? これはいったい何だろうと思い至った。


 ダンジョンの中でバラバラにされて宝箱の景品にされていたわけだけど、そもそもあの『鉄のダンジョン』は妙な場所に出入り口を作ったために、アリしか相手にしていなかったわけだし、アリはダンジョンから湧いて出るモンスターを迎え討っていただけで自分ではあの渦の中に入っていなかったようだし。


 まあ、大いなる謎ではあるが、ペラは『鉄のダンジョン』を含めて何らかのバグだったのかもしれないな。そして、俺の爆運が引き寄せた。そう考えると、俺にとってペラもアスカ同様重要な意味があるのかもしれない。俺が年をとって寿命で死ぬまでその意味が分からない可能性の方が高そうではあるがな。


 なんだか哲学的なことを考えながら居間のソファーに座っていたら、アスカがやって来て、


「マスター、商業ギルドの方はいかがでした?」


「寮の住み込みの人についてはだいたいの目途めどは立った」


「だいたいというと?」


「ギルド長のリストさんの秘書のポーラさんに事情を話したら、寮で二十人程度の面倒めんどうを見るには、二名は必要だそうで、そのうち一人はあのヒギンスさんに決めて来た。ヒギンスさんの息子さんのあの店が結構繁盛はんじょうしていて店の人を増やしたところ、暇になったから仕事を探してたそうだ」


「ヒギンスさんなら間違いなくてよかったですね。あと一人は、いま探してもらっているということでしょうか?」


「そういうこと。まだ、一月ひとつき近く時間があるから大丈夫だろう。こうなってくると寮ができて学校を開くのが待ち遠しいな」


「それまでにはペラも問題なく仕上がっていると思います」


「そうだな。アスカ、ペラのことは任せたぞ」


「もちろんです」


「学校というからには制服も欲しいが、冒険者に制服はないわな。しかし、うちの卒業生であることを示すような何かが欲しい。いわゆる差別化さべつかだな」


「差別化ですか。それならワッペンのようなものを防具に付けさせますか。こちらで支給する物ならそのくらい強制的に付けても問題ないと思います」


「ワッペンか。左胸辺りにワッペンもいいかもな。そうなると絵柄が必要だな。『コダマ・エンダー航空』のシローマークだともろ宣伝になってしまうからな」


「そういえば、コダマ家の家紋のようなものは作らなくていいのですか?」


「うーん。コダマ・エンダー家な。俺とアスカ。俺の八角棒を下にしてその上に、アスカが髪を四方八方に伸ばしている顔のアップなんかどうだ?」


「それですと、メデューサになりませんか? それより、私の双刀をクロスしたうえに、マスターの坊主頭を乗っけるのはどうでしょう?」


「それだと、海賊船の旗じゃないか」


「いえいえ、メデューサよりはおとなしくありませんか?」


「おとなしくないと思う。困ったな。それなら、いっそ日の丸はどうだ? この世界のどこも使ってないんじゃないか?」


「使っているところはないでしょうが、マスターの国の陸上自衛隊に見えませんか?」


「それもそうだな」


 そういった話をアスカとしていると、ハート姉妹の妹、ソフィアがお茶を用意して持って来てくれた。


「ショウタさま、アスカさま、お茶をお持ちしました」


「ソフィア、ありがとう」「ありがとう」


 いったん頭を使うのをやめて、お茶菓子のチーズケーキを付いていた小さなフォークで器用に三分の一を切り取り口に運んだ。


「おっ、これはうまいな」


「ミラ姉さんが一人で作ったケーキなんです」


「ほう。ミラはこういったことができるんだ」


「はい。お菓子屋さんを始めるのが夢だと言っています」


「そうなのか。ふーん」


 いますぐミラにここの仕事を辞めてもらうと困るが、何か仕事を始めるんなら援助はしなくちゃな。今そのことを伝えて気持ちが上ずってしまうとマズいからここはだまっておこう。ということで、無難ぶなんに、


「ソフィアの将来の夢は何なんだ? あれば教えてくれ」


「私は、姉さんの手伝いができればいいかなって思っています」


「なるほど、美人姉妹のお菓子屋さんか、なかなかいい夢じゃないか」


 俺も、女子に囲まれているせいか、少しばかりおだてるのがうまくなったのは本当だ。


「美人姉妹だなんてー」


 すごくうれしそうな笑顔で言われると、もしやこれがハーレムなのか? とか勘違いするかもしれないが、あいにく俺は心が穏やかなのでこの程度のことで、そのような妄想もうそうにとらわれることはない。色即是空しきそくぜくう空即是色くうそくぜしきの平常心なのだ。


 半分ソフィアと遊んで、頭の疲れをほぐしたところで、いいことを思いついた。


「いいことを思いついたぞ! アスカ、F1エフワンって知ってるだろう?」


「はい。マスターの知識の中にありますから」


「あのF1エフワンレーサーの服は、どっかの会社のロゴだらけで、ロゴ一つで相当な金額らしいぞ」


「そのようですね」


「うちも、いろいろなところから、スポンサーをつのってみたらどうだろう」


「新人に毛が生えた程度の冒険者にスポンサーがお金を払うとは思えませんし、私たちがお金儲けをしても今さら感がありますが」


「それもそうか。それじゃあ、最初に戻って、ワッペンの図柄だな。うーん。シローはこの前使ったから、いっそのことシルバーかウーマの顔はどうだ?」


「シローは可愛くてマスコット的でしたが、二頭には悪いですが、シルバーやウーマの間延びした顔では可愛くありませんし、あまり受けないんじゃないでしょうか」


「そうだよな。そしたら、ペラの顔をデフォルメ化するのはどうだ?」


「初代の教官ですからいいかもしれませんね」


「今からでは遅いが、最初にペラの顔を作った時、これに気づいていればよかったな」


「それは、またどうしてですか?」


「もうすこし、ワッペン向けの顔にできたんじゃないか?」


「マスター、それはいくら何でもペラが可哀かわいそうです」


「悪い、悪い。つい思いついただけだ。それじゃあ、正面からだと、月並みだから、横顔で、風で髪が後ろになびいている感じはどうだ?」


「髪の毛は短いですが、なかなか良さそうです。マスター、鉄のインゴットを一つお願いできますか?」


「ほら。それをどうするんだ?」


「これで、ペラの横顔を平面的にしたワッペンの型を作ってしまいます。作った型を焼きごてにして革鎧の胸のあたりにマークを付ければいいんじゃないでしょうか?」


「そいつはいいな。それじゃあ、さっそく作ってくれ」



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