第215話 大アリ


 いかにもといった感じでアゴをかみ合わせてガチガチ音を出している無表情の昆虫に取り囲まれて、いい気はしないが、俺たちを囲んでいるだけで、仕掛しかけてはこない。


 巨大アリに囲まれた俺たちだが、アリたちには敵意もないようだし、何かの拍子で敵意を持って俺たちに襲い掛かってこようと、この程度ならいつでも蹴散けちらせるアスカがいる以上まさに大船おおぶねに乗った気持ちで、アリを観察することができる。


 俺たちを後方から囲んだアリが少しずつ横に移動し始めた。気が付くと後方が空いている。


「アスカ、これは俺たちに帰れといっているのかな?」


「おそらくそうなのでしょう」


「見たところ、魔石もないようだから、こいつらはモンスターじゃないみたいだな。普通とはいわないが、大アリだ。ここは、いったん引こう」


「依頼はどうします?」


「いい手がないかな? こいつら、こうやって襲っても来ないし、道を開けるくらいの知能があるみたいだから、会話ができないかな?」


「それは、どうでしょう」


「あれ、今度は、前の方に道ができたぞ!」


 こんどは正面のアリが壁際かべぎわに移動して、先に進めるように通路ができた。


「行ってみるか?」


「アリはいつでも殲滅せんめつ可能ですから、危険ではありませんので、進みましょう」


 空洞の両脇に寄ったアリを横目で見ながら俺とアスカは、斜面を下りて行った。真っ黒い大きな複眼にランタンに照らされた俺たちが映っている。


 そのまま、何事もなく斜面をりきった先は、ドーム状の丸い広間になっていて、その正面に人が二、三人並んで通れるくらいの岩の割れ目のような通路があった。他にも割れ目は何個かあったが、人が通れる高さのものはこの一本だけだった。


「せっかく来たんだから先に進むか」


「はい」


 すぐ近くに大アリがいるのが気にはなるが、アスカがいる以上俺に危害は加えないだろう。逆に、俺に危害を加えようとしたら、その瞬間数百匹のアリの頭がアスカの髪の毛の斬撃ざんげきで落ちてしまうだろうから、逆の意味でひやひやするという変な状況だ。


 砂岩質さがんしつの通路がだんだんと赤茶あかちゃけて来た。鉄分が多く含まれているんだろう。


 さらに進むこと5分。前方がわずかに明るくなって来た。アスカに言ってランタンを消してもらい、先に進むといきなり大空洞が現れた。大空洞の天井がどういった仕組なのかは分からないが青白く鈍く光っていて空洞全体を照らしている。実際はそれでもかなり暗いのだが、とりあえず物の判別はできるくらいの明るさだ。


 大空洞の中は真ん中に道ができるように空間が空き、左右に大アリがひしめいている。数は正直わからない。数えきれないほどというほかない。よく見ると、ここにいる大アリは、先ほどの大アリと違いアゴがそれほど発達していない。ということは、さっきのが兵隊アリで、ここにいるのが働きアリかもしれない。


 覚悟かくごを決めて、アスカと、通路のように空けられた道をまっすぐ進んでいく。


 大空洞の突き当りには、ややゆかが高くなったステージの上に薄茶色の円筒形で、規則正しく縞模様しまもようの入ったのタンクのようなものが転がっていた。


 さらに前に進み、ステージに近寄って見ると、その円筒形のタンクは巨大なアリの腹部。要するに女王アリの腹だったようだ。そして黒い胸部の先には黒い頭部。真っ黒で巨大な複眼が、俺たちの方を見ている。


 その、女王アリの巨大なアゴが動き音を立てている。兵隊アリがアゴをかみ合わせて出していたような音ではなく、少しリズムがあるように思えた。アスカを見ると、アスカも女王アリの顔を見ている。


「アスカ、女王アリが何か言っているようだが分かるか?」


 ダメもとでアスカに聞いてみたところ、


「分かります」


「で、なんて言ってる?」


「特殊な言語ですので、かなりの意訳いやくになりますが、『いじめられているので助けてくれ』ですか」


「それはまた」


「『助けてくれれば礼はする』と言っています」


「誰にイジメられているのか分かるか」


 女王アリがまたカチカチ音を立てて何か言っている。


「……どうも、この先の洞窟がダンジョンにつながってしまったそうです。兵隊アリをそのダンジョンの出入り口にりつけて警戒しているものの消耗しょうもうが激しく、いずれ突破とっぱされるだろうと言っています」


「そうか。お礼が欲しいわけではないが、モンスターは退治すべきものだろうし、アリと言えどもこうして話ができて俺たちに助けを求めているのなら助けてやろう。調査については、ここまで来た以上成功したことになるだろうしいいんじゃないか? アスカ、引き受けたと言ってくれるか?」


「マスター、申し訳ありません。女王アリの言っていることは分かるんですが、こちらからアリの言葉を話すには、口蓋こうがいの形状からアゴの形状まで変更することになります」


「いや、そこまですることはないよ、こういう時は、こんなふうに親指を上に立てて突き出せばたいてい通じると思うぞ」


 そう言って、右手で拳を作り親指を上げて、女王アリに良く見えるように突き出してやった。


「マスターのそぶりを理解したようです。そのダンジョンへの出入り口へ案内するため、兵隊アリを一匹付けるそうです」


 女王アリの脇にでも控えていたのか一匹の兵隊アリが一度こっちにやって来て、そのまま方向転換して大空洞の脇にあった小さな裂け目のような穴の中に入って行った。俺たちは、急いでそのアリについて行った。当然穴の中は俺には真っ暗だったのでアスカがランタンを点灯してくれた。




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