第212話 感謝も大事、シャーリン竣工


 リバーシ戦から戦略的転進てんしんをした俺は、しばらくブリッジでアスカと話をしていたのだが、やっと窓の外の雨が小降りになって来た。


「アスカ、この空模様そらもようなら何とか帰れそうだな」


「そうですね。それでは、港に戻りましょう」




 また、20分ほどで港に帰り着いた。帰り着いたころには雨は上がっていた。


 舳先へさきから、俺がロープをもっていったん岸壁がんぺきに飛び移り、岸壁の杭ボラードにロープを掛けて、渡り板を岸壁から『シャーリン』の舳先へさきに渡した。




「みんなー、港に着いたぞー」


 すでにキャビンの中を片付け終えていたみんなが、渡り板の上を順に渡って下船していった。 


 全員岸壁に降り立ったことを確認して、渡り板を収納し、ボラードからロープを外して『シャーリン』に投げ入れ、それから『シャーリン』を収納した。



「それじゃあ、屋敷に帰ろう」


 みんなを引き連れて港から屋敷に帰る。


 屋敷に帰りついたときには、昼の時間をいくらか過ぎていたが、ちゃんと昼食は用意されていたので、すぐに昼食をとることができた。


 俺とアスカは、昼食をとった後、船架せんかの上に置いた『シャーリン』の中に入り、先ほど言っていた、キッチンから上の居間までの荷物用のシャフトを作る改造を行うことにした。


 アスカにかかって、この程度の改造はあっという間に完了してしまった。


 試しに、キッチンの中で収納から取り出した料理の入った大皿おおざらを箱の中に入れて、ふたを閉め、上のキャビンに上がって天井からり下がった滑車から伸びたロープを手動の巻き上げ機で巻き取っていくと軽い力で箱が上がってきた。床から上がり切ったところで、ストッパーであなを閉じてその上に箱を下ろす。箱のふたを開けてみたが中身はどこにもこぼれていなかった。


 箱を下のキッチンに下ろすときは、一度ストッパーを動かして孔を空け、巻き上げ機を逆転させて下ろすことになる。巻き上げ機自身は今のところ木製のためあまり大きな荷重には耐えられないそうだが、通常の物品の巻き上げには支障ししょうはないとアスカが言っていたのでそうなのだろう。


 これで『シャーリン』、完成だ。


 残った最高速度試験と、復元力ふくげんりょく試験はアスカと二人でそのうちすればいいだろう。




 これで、もう一月ひとつきもして暖かくなったら、みんなで海で魚釣りをして、バーベキューだ。


 そして夏になればどこかの砂浜のあるようなところに行って海水浴だ。その前には、みんなに水着を用意しておくように言っとかないとな。というか、みんな泳げるんだろうか? 学校で水泳を習ったわけでもなければ漁師りょうしでもなかったみんなで泳げる者はあまりいなさそうだし、そもそも水着など売ってなさそうだもんな。アスカみたいにマッパで泳ぐわけにもいかないし水泳は無理か。



「それじゃあ、アスカ。屋敷に戻って一休みしていよう」


「はい、マスター」



 ここ数週間忙しくあっちに行ったりこっちに行ったりして、結局アスカに船を造らせたが、それはそれで楽しかった。



 さーて、今度は何をしようか? 本来なら、俺はもうすぐ高2なんだが、実際何をするわけでもなくのほほんとしているうえ、かなり裕福ゆうふくな生活を送れている。だれがどう見ても幸せ者だな。要するに、俺は両親に心配を掛けてはいるが、この世界に呼ばれて良かったのかもしれない。というかすごく良かったんだろう。今の生活があるのは99.9%はアスカのおかげだけどな。


 ということは、いままで、ちまちま目に付くところに手を伸ばして偽善ぎぜんじみたことをしてきたが、これはもう少し大掛かりにして、この世界に恩返しおんがえしした方がいいのかもしれない。今は何をどうとは思いつかないが、心の中にとどめておこう。



「船も出来ちゃったなー」


「そうですね。意外と簡単でしたね」


「アスカがいればたいていのことが簡単にできちゃうな」


「いえ、マスターと一緒だからできただけです。私一人では大量の材料をすぐに用意できませんし、マスターに手伝っていただいたから簡単にできました。何より、マスターが喜ぶ顔が見れますから」


「ありがとう。アスカ」




 アスカと二人居間でくつろいでいると、ソフィアがお茶を持って来てくれた。


「ソフィアも、ありがとう」「ありがとう」


「? は、はい。ありがとうございます」


 


 そして、翌日の午後。晴天せいてんの空のもと、アスカと二人で港に行き、残った二つの試験を行った。


 最高速度試験は単純に直線航行して1キロの区間を航行する時間をはかるだけなので簡単で、時速55キロを達成することができた。


 復元力ふくげんりょく試験は、アスカが海の中にマッパで飛び込み、舷側に髪の毛を等間隔になるよう10本ほど伸ばして、自分は水中にもぐりながら船を傾けた。『シャーリン』は傾いた状態でも、浸水することはなかった。最終的に90度ほど傾いた『シャーリン』は、アスカが髪の毛を緩めたとたんに簡単に復元した。俺はその間、ブリッジの舵輪だりんにしがみ付いて転がるのを耐えていた。


 復元試験が終わると、海中からフィルムを逆転するような感じで上甲板に飛びあがって戻てきたアスカは、タオルで体を拭きながら、


「復元性能は問題ないようですね。これで、一応『シャーリン』は竣工しゅんこうです。

 いま、海に入って見たところ、かなり魚がいました。少し深いところなので、マスターの高速弾ではできそうではありません」


「ああ、ダイナマイト漁な。となると地道じみちに釣り道具を用意しておかないといけないな」


「そうですね」


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