第209話 シャーリン


 アスカと二人、商店街の先の、繊維製品を扱っている問屋街とんやがいにやって来た。問屋なので、通常は個人客に小売りをするわけではないが、そこは、王都で顔の売れた子爵閣下のお二人が店先みせさきに顔を出したものを邪険じゃけんにできるはずもなく、しかも、王都の問屋は全て商業ギルドの会員で、うちに対しては最大限の便宜べんぎを図るようにとの依頼を商業ギルドのリストさんが出していると聞いている。


「これは、コダマ子爵さま、エンダー子爵さま。初めてお目にかかります……」


 ……


「お買い上げありがとうございます」


「こちらこそありがとうございます」「ありがとう」


 ありがたいことに、こういった感じで、おろし価格でたいていの物が手に入る。そのままその場所で商品を収納してしまうので、問屋さんにとっても楽な客だと思う。



 仕入れた寝具関連のマット、枕、シーツ、タオルなどをさっそく船の下のキャビンの寝室のベッドにセットしていく。物入れの中には、予備のそういった物品ぶっぴんも入れておいた。


「そういえば、この船、名前をどうする?」


「そこは、いつものようにマスターが決めてください」


「『スカイ・レイ』のように形が特別なわけじゃないし、なかなか難しいな。あのときは、ボルツさんのことを考えずに勝手に名前を付けちゃった関係で、次の飛空艇の名前はボルツンにしたから、ここは、この船を造ったアスカに敬意を払ってアスカンとかどうだ?」


「いえいえ、ここはショウタンでしょう」


「アスカンなかなかいい名前と思うがな」


「ショウタンもなにかヒョウタンのようで可愛らしくありませんか?」


 ……


 なにがあいだなのか俺にも分からないし、たぶんアスカにも分からないと思うが、


「二人で言い合っても仕方しかたないから、あいだを取って、シャーリンでいくか?」


「そうしましょう。『シャーリン』、素晴らしい名前です。さすがはマスターです!」


 アスカのヤツ、アスカンでなければ何でもいいような口ぶりだな。俺もショウタンじゃなけりゃ何でもいいからおたがいさまか。まさに、間をとったいい名前だったようだ。




 その日の夕食時、


「おーい、みんな聞いてくれ。南の建屋でアスカと造っていた船がやっとさきほどでき上がった。それで、あしたの朝、朝食をとったら、南の建屋の前で船の命名式をしたあと、港で進水式しんすいしきをするから。時間がある人は南の新しい建屋の前に集まってくれ」


「もうできちゃったんだ」「操縦してみたい。船だと操船そうせんなのかな?」「わたし船に乗るの初めて」「私も初めて」……


 シャーリーも明日は学校が休みの日なのでちょうどいいし、午前中だからラッティーの勉強に支障が出るかもだけど、心配はいらないだろ。


 普通は進水式ではじめて船を水に浮かべて、その後いろいろ工事を進めるんだろうけど、そんなに大きくない船だから竣工しゅんこうしたあとの進水式でいいんだよな。この場合は進水式じゃなくて単に完成式でよかったのか? 俺が勝手にすることだし、うちの連中しかいないから問題ないだろう。



 次の日の朝、アスカ時計によると9時。


 ここ王都では最近機械式の置き時計が売り出されたらしい。かなり大きな装置だという話だが、俺はまだ実物を見ていない。俺にはアスカがいるので時計は必要ないが、うちの連中には正確な時間が分かった方が良いので、手に入るようなら、玄関ホールか居間にでも置きたいところだ。


 この世界も、少しずつ進歩している。もうしばらくしたら鉄道が発達していくかも知れないが、機関車は魔道具の応用で何とかできても、鉄が大量に必要となるレールはハードルが高そうだ。なんとかなればいいなと漠然ばくぜんと思う。



「みんな、集まってくれてありがとう。それでは、われわれの船の命名式を行いまーす!」


 別に除幕式じょまくしきではないので、建屋の中、できたばかりの船が船架せんかの上で、横たわっている。きょうは、曇り空だが、これくらいなら問題ないだろう。


「それでは、

 コダマ、エンダー家の新しい船の名を『シャーリン』と命名する」


 パチパチパチ。みんなの盛んな拍手はくしゅの中、「え、えーー」と聞こえたような、聞こえなかったような。


 顔を真っ赤にしたシャーリーが何か言いたそうな顔で口をパクパクしながら俺を見ている。俺だけで名前を決めたんじゃないんだからな。あれれ、アスカのヤツは明後日あさっての方ををむいてるよ。


 拍手が収まったところで『シャーリン』を収納しておいた。


 一応、約一名言いたいことがあるようだがそれは無視して、みんなで港に向かった。男性陣は妙に気をきかせて屋敷に残るようだ。誰もいなくなるのはまずいのは分かるが、最近、変に気を使われているようだ。



 俺とアスカが先頭に立って、みんなで、ワイワイ、ゾロゾロと港に向かって歩いて行く。道行く人たちは、何か始まるのかと俺たちを見るが、俺とアスカを見て、道を開けてくれた。俺にはそれが意味することが分からなかった。まさか、俺とアスカは王都の人にとってアブナイ人なの?



 港の岸壁にやって来たところ、今日は休日のせいか、あまり人はいなかった。


 ちょうどいい。以前、砂虫を港で出した時は大変なことになってしまったが『シャーリン』の大きさなら問題ないだろうし、海面すれすれに出せば波もほとんど立たないだろう。


「それでは、これから、『シャーリン』の進水式を行います。一瞬でおわるから、よく見ておいてくれ。それじゃー、『シャーリン』の進水です。5」


「5」 みんな乗りがいいな。


「4」、「4」


「3」、「3」


「2」、「2」


「1」、「1」


 パチパチパチ。


 ……、みんなの拍手の中、『シャーリン』は、舳先へさきを岸壁方向に向けて音もしぶきたてず、すうーと海面に浮かんでゆっくり揺れるだけですんだ。




 岸壁から少し離れたところに排出した関係で、岸壁から飛び乗るのは、ラッティーだとちょっと厳しそうだ。まだ、収納庫の中には板があったので、丈夫そうな板を取り出して、渡し板にして、岸壁から『シャーリン』の舳先に渡してやった。


 本当は岸壁の杭ボラードに船からのロープをもやっておかなくてはならないが、まだ誰も『シャーリン』には人が乗り込んでいないので仕方がない。アスカをみれば、何本かの髪の毛が煌めいて『シャーリン』の方に伸びている。これなら安心だ。


「みんな、気を付けて板を渡るんだぞ」


「はーい」「はい」「……」ひとり、まだ膨れているのか?


「シャーリーの名前から『シャーリン』と名前を付けたんだから、最初にシャーリーが乗り込んでくれ」


 ここでみんなの拍手。こうなるとさすがに膨れ続けることは出来なくなったようで、


「もう」


 とか言いながら渡し板をわたり、甲板の上に立った。そしたらまたみんなの拍手。


「ラッティーは、私と手を繋いで渡るぞ」「はい」


 アスカとラッティーが渡った後はみんなぞろぞろと渡し板をわたり甲板の上に立った。


 ほんの少し『シャーリン』が揺れているだけで、みんなキャーキャー騒いでいる。


 渡し板を引いて甲板かんぱんの上に置き、


「岸壁の近くからいったん離れるからみんなは、キャビンの中に入っていてくれ。

 それじゃあ、アスカ。操船は頼んだ。少し沖に出よう」


「了解しました」




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