第198話 アトレア2


 アトレアの王さまの住むやかたに来てはみたものの、体調がすぐれないという王さまに取り次いでもらう方法はやはり直接的な方法しかない。最初からそのつもりだったんだけどね。


 エリクシール作戦だ!


 館の奥から現れた年配ねんぱいの女性はその言葉や物言ものいいから判断するに、この館の人に間違いないだろう。


「アデレート王国で、王女さまがエリクシールで一命を取りとめ、いまでは元気に生活しておられるという話をごぞんじではありませんか?」


「もちろん存じています。なんでも二人の若い錬金術師がエリクシールを王女さまに献上けんじょうされたとか。その二人はそのこうで、陞爵しょうしゃくされたと伝え聞いております。え? まさかお二人はその錬金術師さま?」


「まあ、そういったようなものです」


「ほんとうですか?」


「はいそうですといっても、信じられないでしょうから、これを見て判断してください」


 収納から1本のエリクシールを取り出し、女性に手渡した。


 エリクシールが輝く液体で、輝く液体はエリクシールしかないということを、この大陸中の人が知っているそうなので、これはいけるだろう。


「これは、まさしくエリクシール! 失礼いたしました。私は、当館とうかん女官長じょかんちょうを務めておりますハンナと申します。この、エリクシールをおゆずり下さるといったお話でしょうか?」


「はい。その通りです。もちろん対価たいかはいただきます」


「エリクシールと言えば、大金貨5000枚以上の値打ちがあると聞きます。当家には残念ながらそのような大金はございません」


 そういってハンナさんは、一度手にしたエリクシールを俺に返してきた。


「お待ちください。お金でどうのという話でしたら、わざわざわれわれがアデレート王国からここアトレアの王さまの館にうかがわなかったでしょう」


「それは、どういう意味でしょうか?」


「わたしたちのお願いを聞いていただければ、このエリクシールはここアトレアの王さまに献上けんじょうします。いかがですか?」


「おふた方の願いの内容にもよりますが、どういった願い事なのでしょう?」


「一度、王さまにお会いして、ある事柄についてご存じのことをお話していただきたいということだけです」


「分かりました。アトレア王の容態ようたいなど、本来なら他国のお二人にお話することなどあってはならないことですが、王の容態がここ数日特に思わしくありません。今では会話もできない状態です。会話ができるようになるためにもエリクシールを先にアトレア王に服用させてはいただけませんか?」


「もちろん構いません。それでは、これからでも伺いましょう」


「ありがとうございます。こちらです」


 廊下を引き返すハンナさんに先導されて館の奥の方に歩いていった。外側から見た時はそれほど大きな建物だとは思わなかったが、案外大きな建物だった。


 立派な木の扉を開けてハンナさんに連れられて入ったのは広い寝室だった。真ん中に置いてある天蓋てんがい付きの大きなベッドの上で、年の頃は50歳くらいで顔色の悪いせたおじさんが、目をつむって横になっていた。寝息ねいきは聞こえてこない。かなり容態ようたいは悪そうだ。


 部屋の中には、病人のほか白い上っ張りうわっぱりを着た若い女性が二名ほどベッドの脇の椅子に座っていた。


 この二人にハンナさんが事の次第を簡単に説明してくれた。ハンナさんの話の最後の辺りでは、二人とも大きな目を見開いて俺とアスカを尊敬の目で見てくれた。今回の尊敬のまなざしは、アスカだけでなく俺も含まれていた。と思う。


 アトレア王の容態をざっと確認したところで、ある違和感いわかんがあった。アスカの方を見るとうなずいたので一応この違和感はアスカも気づいたのだろう。治療の方が今は優先なので、それは今のところは置いておき、


「それじゃあ、アスカ、頼む」


「はい」


 アスカにエリクシールのポーション瓶と、患者の口の中にエリクシールを少量ずつ含ませるためのティースプーンを渡した。


「エリクシールを飲ませていきますから、病人をすこし起き上がらせてくれますか?」


 看護に付いていた女性にお願いし、病人がエリクシールを嚥下えんかしやすいよう少し起きあがらせてもらった。相変わらず病人の目は閉じたままだ。


 アスカが手に持ったエリクシールのポーション瓶から、少量のエリクシールをスプーンにらし、それを病人の口に運ぶ。俺は、病人が口を開けやすいように、首筋を片手で支え、額を軽く押して少し頭がのけぞるようにしてやった。そうしたら、うまい具合に少しだけ開いた口の中にアスカが素早くスプーンの先を突っ込んで、柄を上に上げ、エリクシールを口の中に流し込んだ。


 二度ほど、スプーンからエリクシールを患者に飲ませたところ、二度目は自分の力でスプーンの上のエリクシールをなめとったようだ。何とか患者が自力で嚥下えんかできるようになったので、アスカはポーション瓶の口を直接患者の口に当て、ゆっくり傾けていった。中身が半分ほどになったところで、一気にポーション瓶を傾けたところ、患者は音を立ててエリクシールを飲み干した。


「これで大丈夫なはずです。完治かんちまでは長くても半日程度でしょうから、このまま患者を寝かせておいてください。患者が汗をかくようでしたら、着替えさせてください」


 さきほどまで、精気せいきもなく五十がらみに見えた患者の顔が、今では赤みを薄っすら帯びてりとつやがある三十代後半に見える顔付きになった。


 ヨシュアの時は、体自体がおとろえていたわけではないので、ここまで劇的な変化を目にすることはできなかったが、エリクシールとはこれほどの物なのかと思うと、決してうかつ、むやみに使ってはならない薬であることが良く分かった。


「明日の昼前にこちらに伺いますから、そのとき王さまにお話を伺ってもよろしいですか?」


「もちろんです。子爵さま方はどちらにお泊りでしょうか?」


「これから、宿を取るつもりですので、まだ決めてはいません」


「それでしたら、ぜひ当館にお泊り下さい。そうでないと、陛下に後でしかられます」


「それならば、お言葉に甘えさせていただきます」


「アン、お二人を、貴賓室きひんしつにお連れしてちょうだい」


「それではお二方ふたかた、こちらになりますので、どうぞ」



 そういうことで、俺とアスカはこのアトレア王のやかたに泊まることになった。




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