第184話 ダンスパーティー準備2


「はい、スローからクイック、クイック」


「はい、スロー、クイック、クイック、スロー、クイック、クイック」


「スロー、クイック、クイック、スロー」


「マスター、そこでちゃんとヨシュアの体重を受け止める……」


「はい、最初から、……」




 こんな感じでヨシュアと手をつないで、背中に手を回し行ったり来たり、そして、たまにくるっと回ってヨシュアの体重を受け止める。いかんいかん、考え始めると、握った指先や背中に当てた手のひらに神経が集中してしまう。


 最近、若い女性に囲まれた生活に慣れてしまったせいか、男子高校生的反応が失われてしまって仙人せんにんにでもなってしまったかと少し心配になっていたのだが、そうでもなかったようだ。


 気になってヨシュアの顔を見ると少し赤い顔をして俺の顔をみていたので一瞬見つめ合ってしまった。


 まあ、こういったいい雰囲気ふんいきになったりすると、何か外部アスカ的要因でこの雰囲気が台無だいなしになるのは俺にはお見通しだ。


 あれ? そろそろ、アスカが何か言ってきそうなものだが何も言ってこないな。


 俺はこの程度では全く疲れはしないが、ヨシュアはだいぶへばって来てるんじゃないか。もう一時間くらい経ってる気がするぞ。


「アスカ、ヨシュアがだいぶ疲れているようだぞ」


「いえ、まだ大丈夫です、ショウタさま」


「ヨシュア、無理しても意味がない。そろそろ私と交代だ。マスターは残念そうな顔をしてるが、気にするな。ヨシュアはそこに座って、手をたたいて拍子ひょうしをとってくれ」


「はい」


 ヨシュアが赤い顔をして、俺から離れていきアスカと交代した。


 そういえば、アスカと手をつないだことがいままであったかな?


 アスカの右の手を左手で取り、俺の右手をアスカの背中に回す。左手で握ったアスカの指が冷たかった。当たり前か。いままで、温かいヨシュアの手を握っていたせいでその違いが良く分かった。アスカの体温的なものは気温に準じているんだろうが指先は意外と柔らかい。これは新鮮な驚きだ。


「それじゃあ、マスター、最初から。はい、クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスロー」


 ステップが遅れることもなくちゃんと合わせられるようになってきた気がする。こうやってマンツーマンならぬマンツーツーウィメンで特訓をしている以上それなりに上達じょうたつするようだ。これなら、ダンスパーティーでリリアナ殿下をちゃんとリードできそうだ。


……


 さすがにアスカ相手に男子高校生的反応は起きなかったようだ。それはそうだ。それでも、俺の指の熱が移ったのか、俺の握ったアスカの右の手が温かくなったようだ。


「マスター、ステップにどうも切れがありませんね」


 とはいえ、そこはアスカ教官。気が付いたことはどんどん指摘してくる。


「そうはいってもな。それに俺はダンス競技会に出る訳じゃなくて、リリアナ殿下をちゃんとリードできればそれでいいんだからな」


「マスター、そういった後ろ向きの考えがいけないのです」


「そうでもないだろ。そろそろ夕食の時間じゃないか?」


「それでは、最初からおさらいをして、今日の鍛錬たんれんは終了としましょう」


 やっぱり練習じゃなくて鍛錬だったんだ。


「はい、クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスロー」


 ……


「今日は、ここまで。ヨシュアありがとう」


「ヨシュア、ありがとう」


「いえ、お役に立ててよかったです」




 そして翌日。


 今日は学校が休みとかで、シャーリーは屋敷にいる。


 誰がいつの間に手配していたのかわからないが、以前商業ギルドで、褒章式ほうしょうしきの時に着る衣装を作ってくれた仕立て屋さんたちがうちに来た。ダンスパーティー用の衣装を作るのだそうだ。もちろんアスカも一緒に作る。


 毎回、何かあるごとにあの礼服ばかりを着ていくわけにもいかないので、新しく仕立てるそうだ。アスカが頼んだのか、ハウゼンさんが頼んだのか。


 俺からすればあの礼服が一着あれば十分だと思うのだが、一応貴族のはしくれは、見てくれのためというより、お金を回すため衣装を新調する必要があるらしい。そういった出費込みでの年金なんだそうだ。


 居間でアスカと待機していたら、ハウゼンさんに、


「応接に仕立て屋を待たせていますので、生地きじなどを選んでいただき寸法を測らせてください。季節が季節ですので、少し厚手の生地がよろしいかと存じます」


「アスカ、行こうか」


 アスカとそろって広い方の応接に入ると、あの仕立て屋さんたちが待っていた。


 軽くあいさつをして、すぐに採寸さいすんに入ったが、ある程度測ったところで、前回の寸法と変わらないことが分かったので、採寸は取りやめになった。この歳で成長が止まったようだ。


 俺の見てくれを気するのは、どうせ自分しかいないし、気にしたところでどうなるわけでもない。そう考えていたら、自分でも納得してしまったが、この歳で老成ろうせいしてしまっていいのだろうかと、そっちの方が気になった。


 後は仕立て屋さんが持参した何種類かの生地を見せられたので、今回はすこし派手目に、上着はえんじ色のウール生地で作ることにした。丈は長めで、燕尾えんびというほどではないが背中側が少し長く伸びている。ターンした時その方がえるそうだ。ズボンの方は同じ生地だが色は黒にした。上着の下に着るシャツは厚めの絹製ですこしつやのあるものを選んだ。カッコ付けに、腰には同じく絹製の黒のサッシュを巻くといいのではとアスカに勧められたのでそうすることにした。


 アスカの方は、ダンスパーティーなので、今回は銀糸の入った白のロングドレスにしたようだ。スカート部分はフレア気味で、長そでの袖口そでぐちはやや拡がっている。装飾品も必要だろうということで、プラチナのブレスレットと翡翠ひすいのイヤリングを用意することになった。アスカは銀髪なので、金の髪飾りを俺が勧めたのだが、もしもの時に邪魔なので髪飾りは付けたくないと断られた。その代り、金のネックレスを選んでいた。


 衣装や小物はダンスパーティーの前日までに仕上げて、屋敷に届けてくれるそうだ。


 これで、一安心ひとあんしん。余裕をもって正月を迎えられそうだ。


 やっと、一仕事が終わってほっとしていたら、シャーリーが入り口で部屋の中をのぞいていた。と思ったら、シャーリーの下の方にラッティーもいた。要するに二人が上下になってのぞいていたようだ。二人とも女の子だし、こういったものに興味があるのだろう。


 仕立て屋さんは持参した荷物を片付け始めていたが、せっかくなので、ついでに二人の余所よそ行きを作ってしまおうと思い立った。


「シャーリー、ラッティー、そんなところでのぞいていないで中に入ってこい。ついでだから二人にも余所よそ行きを作ってやろう」


「いいんですか? うれしー」


「ほんとにいいの?」


 そんなにうれしそうな顔をされたら冗談だなどと言えるわけはないだろう。言うはずもないがな。


「仕立て屋さんたちと相談して好きな服を仕立ててもらえばいい。

 そういうことなんで、この子たちの衣装もお願いできますか?」


「もちろんです」


 二人がどんな服を仕立ててもらうのかでき上がってのお楽しみと思い、後はアスカに任せて俺は退散した。代金は受け渡しの時でいいそうだ。


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