第183話 ダンスパーティー準備1


 リリアナ殿下の名前で、招待状が俺とアスカあてに届いてしまった。昨日、餅つき大会をやった時のおすそ分けでリリアナ殿下のところにモチとアンコを、食べ方と一緒に勇者たちにも食べさせてやるよう一筆いっぴつ付け加えて届けたのだが、礼状と一緒に新年のダンスパーティーへの招待状が送られてきたのだ。


 来週、王宮で新年のダンスパーティー! ヤバい、ヤバい、ヤバい。



 アスカは一度目にしたものは確実に自分のものにできるのでぶっつけ本番でダンスもできると思うが、俺にはそのような便利な素養そようはない。


 まっただ。ハハハ。


 だがそんなことは自慢にはならない。いや、俺は何を言っているんだ?


 頭の中が混乱してしまった。そうだ、仮病けびょうだ、仮病作戦だ。だが、リリアナ殿下には先日ダンスのお相手をすると約束をしたようなしなかったような。どうする俺?


「アスカ、俺にダンスを教えてくれ」


 結局いつものアスカ大明神だいみょうじん頼み。信頼と実績のアスカだから今回もなんとかしてくれるだろう。


 と思っていたのだが、ここで思わぬ返事が、


「マスター、ヨシュアならダンスができると思いますので、ヨシュアにダンスを習ってください。ヨシュアは午後からは時間がいていますので大丈夫です」


 最悪意識を失ってアスカの二人羽織りににんばおりで危機を乗り切ろうと思ったのだが、すげないお返事をいただいてしまった。


 とにかく、ダンスパーティーにはアスカと二人出席しますと返事だけは王宮からの使者の人には持たせたものの、困ってしまった。


 ダンスパーティーまで実質8日。


「ヨシュア、今日の午後から俺にダンスを教えてくれないか? 王宮で開かれる新年のダンスパーティーにリリアナ殿下に呼ばれたんだが、全く俺はダンスなどできない素人しろうとなので困ってる。素人相手にダンスを教えるのは難しいと思うが何とか頼む」


「殿下からの招待状ですか? それは殿下と少なくとも一度はダンスをされるということでしょうからかなり難易度なんいどが上がると思います」


「それはまたなぜ?」


「殿下はわたしの覚えている限りでは一度もダンスのレッスンをされたことはありませんし、ダンスパーティーにお出になったこともありません」


「と言うことは?」


「全くの素人。そう思って間違いありません。お元気になられて以降も、学問優先でしたから」


「そうか。そうだろうな。俺が殿下をリードできるくらいにならないといけないわけか。よーく理解した」


「マスター、気は心です。明るい気持ちになりましょう。表情だけでもにこにこしているだけで違いますよ」


「こうか?」


 アスカのいうのももっともだと思い、顔だけにこにこ笑ってみたところヨシュアの顔が逆にひきつった。


 俺たちが居間でワイワイやっていたら、いまのところ午後からは自由時間なのでプープー犬と遊んでいたラッティーがやって来て、


「なにかあった?」


「ダンスパーティーに呼ばれたんだが俺は全くダンスなんてしたことがないから困ってるんだ」


「ふーん、ダンスなんて、相手に合わせて踊るだけだから、慣れればすぐだよ」


 ラッティーが至言しげんを残して、プープー犬を探してまたどこかに行ってしまった。


「マスター、ラッティーの言う通りです。死ぬ気で踊り続ければおのずと道は開けます」


 ラッティーの言っていたこととすこしニュアンスが違う気がするがそれはおいておこう。


「俺はそうかもしれないが、ヨシュアの体がもたないだろう」


「ヨシュアが疲れたら、私がヨシュアの代わりに踊りますからマスターは心行くまでダンスに打ち込んでください。一種類あたり100回も踊ればおのずと覚えるはずです」


「それじゃあ、何種類くらいあるんだ、ダンスの種類は?」


「ショウタさま、おそらく王宮でのダンスは10種ほどかと」


「10×100で1000回、一曲5分として5000分、83時間少々です。あとダンスパーティーまで実質八日、192時間有ります。寝ないで踊り続ければ二セット可能です。余裕ですねマスター」


「余裕と言えば余裕かも知れないが、少し無謀むぼうじゃないか? しかも、途中正月三が日さんがにちもあるんだぞ」


「そうですね。それでしたら、これぞという曲の時に殿下をダンスに誘うのはどうでしょう?」


「どういうことだ?」


「いわば、必殺技を一つだけ徹底的てっていてきに練習して、それで試合に臨むわけです」


「なるほど。だけど、必殺技が一つだと心細くないか?」


「すべてを望む者は、すべてを失うのです」


 アスカの言う通りだ。すべてを望む者は、すべてを失う。そうだ、『あぶはち取らず』になるくらいなら必殺技を一つ自分のものにする方が良いかもしれない。


「それじゃあ、どんなダンスを必殺技に選ぼうか?」


「王宮では四曲に一曲はワル……」、ヨシュアが何か言いかけたがそれをアスカがさえぎって、


「マスター、ここはタンゴ一択いったくです。ヨシュア、そうだろ?」


「え? あっ、ええ、そうです。そうでした。タンゴでいきましょう」


「ヨシュアもそう言っています。マスター良かったですね」


「何が良かったのか知らないが、それじゃあタンゴを取りあえず1時間ほど教えてくれ、そしたら、アスカに代わってもらうから」


「分かりました」



 居間のソファーなどをすこし収納に片付けて、広くなったところで練習することにしたのだが、


「音楽がなくてもいいものなのか? ダンスなんだろ」


「マスター、素人のマスターが音楽に合わせて踊れるわけはありませんから気にしないでください。それでは始めましょう。

 二人ともまっすぐ立って、背筋せすじを伸ばす。そう、もっと二人ともくっ付いて。マスターはちゃんとヨシュアの手を握って、反対側の手は背中に回す。ひじは下げない。はい、前、前、前、前、回りながらスロー」


 俺が、一歩ずつ前に進むと、ヨシュアが一歩ずつ後ろにさがって最後にくるりと方向転換。そこで、ヨシュアのスカートがふわっと広がる。


「もう一度、前、前、前、前、回りながらスロー」


「もう一度、前、前、前、前、回りながらスロー」


「はい、もう一度、クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスロー」


 なんだ、簡単じゃないか。まあ、これは素人の俺にヨシュアが合わせてくれているだけで、甘く見ない方が良いな。


 しかし、ヨシュアにコーチを頼むと言っておきながら、アスカのヤツしっかりコーチしてるよ。いつの間に覚えたんだ。



「はい、スローからクイック、クイック」


「はい、スロー、クイック、クイック、スロー、クイック、クイック」


「スロー、クイック、クイック、スロー」


「マスター、そこでちゃんとヨシュアの体重を受け止める……」


「はい、最初から、……」


 ……




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