第167話 孤児


 目の前を走り去った子とそれを追う男の先回りをしようと、俺とアスカが駆けだした。手に持った荷物はすぐに全部収納したが、それに気づいた人はいなかったようだ。いきなり駆けだした二人に驚いてしまいそれどころではなかったのだと思う。


 ある程度の人ごみの中なら、超高速で疾走しっそうするのは慣れたものなので、俺たちの接近で目をく通行人を急回避きゅうかいひしながら追跡をする。


 セントラルやキルンの人たちだったら慣れたもので、俺たちが決して人にも物にもぶつからないことは分かっているのでそこまで驚くことも怖がることもないのだが、初見しょけんの人には相当怖い思いをさせてしまったかもしれない。反省猿はんせいざるになって気持ちだけ反省。反省猿は格好だけだったか?


 そうやってアスカとそろって人ごみを走り抜け、ものの2分で子どもを追いかけていた大人を追い越した。その人は商人風の服を着たおじさんで、ゼエゼエ肩で息をしながらも、子ども追っている。よほど大切なものを取られたらしい。おじさんを追い抜いて1分ほどでその子に追いついた。


「少年、いや、少女だったか。少しいいか?」


 アスカの呼び止めた子どもは女の子だったらしい。


「なんだ、おまえは? 俺はおまえなんかに用はない。じゃあな。あれ? あれ? おまえ何かしたのか?」


 アスカの髪の毛が西日の中で数本きらめいている。少女の方に伸びて、拘束こうそくしたようだ。アスカ、その子にケガだけはさせるなよ。


「おまえ、人さまのものをったらこの国では相当の罪になるんじゃないか?」


 遠くの方で、この子を追っていたおじさんの声がする。


「それが、どうした?」


「いや、われわれが、おまえと一緒にその荷物の持ち主に謝ってやろうかと言っている」


 そう言って、アスカは少女の持つ包みを有無うむを言わさず取り上げてしまった。


「何をするんだ!」


「この荷物は、いまあそこでこっちに向けて走ってきている男から盗ったものだろう。私がおまえの代わりに返しておいてやる」


「やめろ! それは俺のものだ。荷物を俺に返せ! そして、俺を自由にしろ!」


「女の子だったら自分のことを俺とか言ってちゃダメだ」俺が少女をたしなめた。


「うるさい! この坊主頭。何えらそうなこと言ってるんだ?」


「マスター、荷物の持ち主が来ます。ここはわたしに任せてください」


「ごほっ!」何をアスカがしたのかはわからないが、目の前の少女が一声上げて気絶して白目をむいている。そのままなら倒れ込むのだろうがアスカが髪の毛で支えているのかそのまま立っている。


「やっと追いついた、小僧こぞう、わたしの荷物はどこだ? ハア、ハア、ハア」


「ご主人、われわれが、この子をつかまえて、ご主人の荷物を取り返しておきました。これですよね?」


「ああ、これです。ありがとうございます。これがなくなってしまうと、わたしの店は破産はさんするところでした。ありがとうございます。ハア、ハア、ハア」


 息が上がりながらも、アスカから受け取った荷物の中身をあらためた主人が、


「これです。間違いありません。本当にありがとうございました」


「ところで、ご主人。つかまえたこの子のことですが、われわれに預けていただけませんか? ご主人が許せない気持ちも分かりますが、ここはわれわれに免じてどうかお願いします。このとおり、この子も頭をさげていますから」


 いつもの、アスカの髪の毛二人羽織ににんばおりで少女が頭を下げた。見てて、不自然じゃないのがアスカの二人羽織のすごいところだ。


「ほんとうは、この小僧をいやというほど殴りつけて警備隊に突き出してやりたいところですが、荷物の恩人の方にそのように言われては仕方が有りません。何かお礼を差し上げたいのですが、あいにく今持ち合わせがございません。このチラシの場所に店を構えておりますので、お越しください。サービスさせていただきます」


 そういって、おじさんは俺たちに頭を下げながらひとごみのなかに消えて行った


 貰ったチラシには、店の名前と場所が書かれており、


     各種穀物取り扱い

 穀物問屋こくもつどんや、パンプキン商会、○○通り△番。


 あのおじさんは、穀物問屋さんだった。久しぶりの俺の豪運が火をいたようだ。


 しかし、この白目しろめをむいて気絶してしまった少女をどうしようか?


「アスカ、この子気絶しちゃってるけど、どうするんだ?」


「このまま人気のないところまで運んで行って、そこで目を覚まさせましょう。こっちです」


 アスカに連れられて商店街からわき道に入った。そこは表の商店の裏通りになっているようで、近くに人は見えなかった。


「マスター、ゴブリンの死体をこの子の鼻先に一瞬だけ出してくれますか?」


 いつぞや俺たちを襲った女の気絶をこの手でませたが、小さな女の子にあれはかわいそうじゃないか? しかも、ここは裏通りとはいえ、すぐそこは食料品を扱っている店が沢山ある商店街だ。一瞬とは言え、アスカほんとにいいのか?


「いったんその子を座らせてくれるか?」


 アスカが少女を道の上に座らせ黙って俺の方を見ているので、仕方なくゴブリンの死体を一匹、少女の鼻先に出して、すぐに収納し直した。


 ゴブリンを出したとたんに、少女はせき込みははじめ、目を醒ましたようだ。ゴブリンの嫌な臭いが周りに広がらないうちにすぐに収納できてよかった。


 道に座った少女に対して、俺もしゃがんで話しかけた。


「さっきは、悪かったな。お前が盗んだ包みは持ち主に返しておいた。持ち主はお前を警備隊に連れていくとか言っていたが、おまえを連れて行かないよう頼んだら、納得してくれた」


「……」


「おまえ、みなしごなのだろ?」


「みなしごで悪いか?」


「いや、悪くはない。それでだ、さっきおまえの持っていた荷物を取り上げたのは私だ。済まなかったな。おびに、おまえに好きなものを食べさせてやろう。どうだ?」


 アスカが何か考えがあるのか妙なことを言い始めた。


「ほんとだな? ほんとに俺の食べたいものをわせてくれるんだな?」


「ああ、約束する」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る