第141話 新素材 『ダンジョンガラス』


 新しい屋敷に引っ越して、新しい生活が始まり、最後に合流したヨシュアも他のみんなと馴染なじんでくれたようだ。アスカの構想こうそうでは、ある程度ヨシュアに錬金術を仕込んだら、さらに一、二名を増員して、安定的にポーションを作る体制を作りたいそうだ。なるほど、新しい屋敷には立派な錬金作業場もあるし、収益性も高そうだ。これまでお世話になったリストさんにも恩返しになるいい考えだと俺も納得した。


 新しい生活を始めて、最初にあの浴室に入る時は緊張した男子高校生だが、浴室に入って例の衝立ついたてを期待の目で見ると、板と板の間の隙間がなくなっている。近寄ってよく見ると、隙間にぴったりと薄い板が挟まっている。ここまで正確に板を切り出した犯人は一人しか思いつかない。その犯人が、となりの浴室から、


「マスター、お湯加減ゆかげんどうですか?」


 とのたまった。このー、男子高校生の期待を返せ。




 ボルツさんの新工房も竣工しゅんこうし、引き渡しも完了した。いよいよ、次の飛空艇の建造が本格的に始まる。現在の新飛空艇建造計画の要目ようもく


飛空艇2号


全幅:25メートル

全長:30メートル

 うち胴体部全長:15メートル

 うち尾部全長:15メートル


胴体部最大厚:4.5メートル


上昇限度:1800メートル

速度:巡航時、時速300キロメートル。最大400キロメートル(30分)

航続距離:6000キロメートル(巡航20時間)


本体重量:30トン

離床加重:38トン

(搭載荷重:8トン)



主機:改良型魔導空気加速器×4(吸気を加速し、排気として出力する)

補助:改良型小型魔導空気加速器×4(方向転換、主機の補助として使用)

改良型魔導空気加速器:スカイ・レイでは汎用はんよう魔導加速器を使用していたが、入気口を大型化し加速対象を空気専用に改造。出力が増大した。

さらに、内部で入気を加熱し吐き出すことで出力がさらに上昇。しかし、燃費ねんぴは低下。


使用動力源:レベル3以上のモンスターの魔石×8+


 今回の飛空艇だが、完成した後の利用法について、ボルツさんたちと話し合ったところ、


 乗員、操縦士二名と、スチュワーデス一名で三名。それに乗客に十名程度に郵便物くらいを載せて王都セントラルと迷宮都市キルンを結ぶ定期便にできないかということになった。

 

 王都だと、西門の駅馬車駅の前あたり、キルンだと北門脇のこれも駅馬車駅辺りに発着場を設ければいいと思う。搭乗とうじょうチケットや運賃などの事務仕事は馬車駅に委託いたくもできると思うし、商業ギルドを通してもいいだろう。


 問題は、キャノピーや展望窓用の素材が今のところ竜の目の角膜かくまくしか思いつかないことだ。ただのガラスだと強度に問題があるし、何かほかにいい素材を見つけないと毎回ドラゴンをりに行くのは面倒だ。何か砂虫みたいに便利なモンスターはいないかな?


 困った時のアスカえもん。アスカに聞いてみるか?


「アスカー。今度の飛空艇に使うためのキャノピーや展望窓用の素材、ドラゴンの角膜以外に何かないかな? 飛空艇を作るたびにいちいちドラゴンを採りに行くのは面倒だろ。砂虫みたいに一匹で大量に素材が手に入るようなモンスターがいないかな?」


「さすがに、私もそのような素材がとれるモンスターには心当たりは有りません。ですので、一度キルンの深淵しんえんの迷宮に戻ってコアに作ってもらうのはどうでしょう?」


「その手があったか。ついでに俺の欲しい文明の利器りきを作ってもらえばいいしな。さすがはアスカ」


 いよっ! さすアス!


 先日キルンに行ったとき思いついていればよかったが後の祭り。今日はもう中途半端ちゅうとはんぱな時間なので、あしたの朝からキルンに行こう。


 膝に乗ったシローを撫でながら明日のことを考える。シャーリーが学校でいないときは、シローも俺のところに来るのにな。



 翌朝、シルバーとウーマにかれる箱馬車に乗るシャーリーを見送った。箱馬車の御者はもちろんサージェントさんだ。新居に移った翌日からシャーリーの学校への送り迎えを頼んでいる。


 シャーリーを見送ったあとすぐに『スカイ・レイ』を置かせてもらっているボルツさんの工房にアスカと駆けてゆく。


「ボルツさん、おはようございます。皆さんもおはようございます」「おはよう」


「おはようございます。ショウタさんにアスカさん」「「おはようございます」」


「さっそくなんですが、今日『スカイ・レイ』を飛ばせますか?」


「いつでも飛べるように、ちゃんと整備は終わっとるで。二人してどこぞに行くんやろか?」


「はい、キルンに用事ができたんで、もう一度行ってこようと思います」


「気いつけてな。それじゃあ行ってらっしゃい」


「はい。ありがとうございます。お土産みやげを持って帰れると思うので期待しててください」




「『スカイ・レイ』発進!」。うー、気持ちいい。


「『スカイ・レイ』発進します」




「アスカ、俺たちが最初に深淵の迷宮から外に出た場所を覚えてるだろ? あの近くで『スカイ・レイ』を下ろせそうなところに着陸してくれ」


「了解」




 約二時間後。


「キルンの西をかすめて、目的地上空に進入します」


 キルンの街並を左に眺めて『スカイ・レイ』が頭を若干じゃっかん右に振り、目的地の隠された迷宮出入り口付近の上空に向かっていく。


「マスター、このまま降下して着陸できそうです」 


 うなずくと、


「『スカイ・レイ』降下、着陸脚展開」




 着陸した『スカイ・レイ』の床が若干傾いたように見える。着陸前にメリメリ変な音が外からしたので心配だったが問題はないようだ。


 外に出てみると、背の低い木が何本も押しつぶされている。砂虫の皮でできた外板でなかったら、こっちが壊れてたと思う。それも含めて、アスカが着陸可能と判断したんだろうけどね。


 すぐに、ミニマップに見えるダンジョンの出入り口が見つかり、その黒い渦の中に二人で入る。


「コア、聞こえるか?」


「はい。聞こえます。お久しぶりです。マスター」


「俺たちをコアルームに運んでくれるか?」


「了解しました。五秒後に最下層に転移します。三、二、一、転移!」



 台座の上で浮いているコアが目の前にあった。散髪屋の椅子も、ダンジョン内を見るモニターも前回のままだ。律義りちぎなヤツである。


 さっそく、散髪屋の椅子を収納しようとしたができなかった。『???』


「マスター、その椅子も、モニターもダンジョンオブジェクトなので収納できないと思います」


「はあ? なに、俺が、ここにきたらコアに作ってもらおうと思ってた便利グッズは持って帰れないの?」


「素材ならダンジョンの外に持って帰れると思いますが、ダンジョンオブジェクトは無理だと思います。この世界にあるものならコアはオブジェクトとして作ることができますが、この世界にないようなものはダンジョンオブジェクトになるようです。その椅子も、変わった機能のない椅子ならば普通のオブジェクトとしてマスターが収納できたんじゃないでしょうか?」


 そうだったんですね。ガックリ。


「それじゃあ、今回の主目的の、透明素材とうめいそざいもダメなのかな?」


「それは、素材なので、大丈夫だと思います」


「分かった。とにかく試してみよう。コア、透明な板ガラスって分かるよな?」


「はい。わかります」


「そのガラスで、割れにくい物を作ってくれないか? 俺が収納できる形で」


「大きさはどの程度でしょうか」


「そうだな、一枚縦横二メートルで頼む、厚さは一センチで作ってくれ。枚数は百枚。できるよな?」


「問題ありません。マスターのすぐ横に出しますので気を付けてください」


 縦横二メートルの透明な板ガラスが積まれた高さ一メートルの小山が現れた。上からのぞくと薄青く床が良く見えるが、横から見ると濃い青色をしていて向こう側は見えない。一枚を残し九十九枚を収納。無事に収納できた。


「コア、ありがとう。

 それじゃあアスカ、そのガラスの強さを試してみよう。そいつを五十センチ角で切ってくれるか?」


「はい。縦横四分割して十六枚にしました」


 今さらながら、あっという間だな。



 名前だけはガラスという謎素材がどの程度強いのか試すため、アスカに五十センチ角に切ったガラスを両手で持ってもらい、俺の『神撃の八角棒』で全力の突きを入れてみたが、ヒビも入らなかったしアスカも平然へいぜんと立っていた。


 これは俺が弱すぎるのかと思い、今度は俺が強化ガラスを持って、アスカに軽く殴ってもらったらガラスが粉々になった上、俺は後ろに吹っ飛び、若干ではあるがPAも減ってしまった。

 

 このガラスはかなり強いんだろうということしかわからなかった。後片付けはコアに任せ、残った十五枚を収納して、俺たちは、深淵の迷宮を後にした。


 手に入れたガラスをただガラスと言うとまぎらわしいので、この素材を『ダンジョンガラス』または『強化ガラス』と呼ぶことにした。



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