第58話 モンスターの噂話


「ただいま、シャーリー」「ただいま」


「お帰りなさいませ、ご主人さま。お帰りなさい、アスカさん」


「シャーリー、昼の用意はまだだろ。だったら、昼食はみんなで外で食べて、その後今度の旅の準備をしよう」


「ご一緒して、いいんですか?」


「何を言ってる、当たり前だろ、俺たちは家族だ」。何か照れるセリフだね。


 久しぶりに、シャーリーを連れての外出だ。俺が右側、アスカが左側、そしてシャーリーが真ん中。この年の差じゃ親子には見えんな。


「アスカ、今何時だ?」


「午前十時三十分です」


「まだ、昼にはだいぶあるな。そしたら、先にシャーリーの着替えでも見に行くか。アスカ、案内お願い」


 タウンマップのアスカに道案内を頼む。


「先日の衣料用品店でよろしいですね」


「ああ、任せた」




「いらっしゃいませ」


 アスカの案内してくれた店の扉を開けて中に入ると、すかさず、女性の店員が出迎えてくれた。


「この子に合う服を見に来たんですけど」


 シャーリーを前に出して言う。その女店員が、シャーリーの奴隷紋どれいもんを見て何か考えているようなので先回りして言っておく。


「四、五着あつらええるとしたら、何日くらいかかります?」


「えーと? 何をお誂えでしょうか?」


「この子の服ですが、何か?」


「失礼しました。えーと、お召し物の種類にもよりますが、一週間は見ていただきたいと思います」


 汗を拭いてるよ。俺たちが上客と思い知ったか。この人、何回かこの店に来てる俺たちのこと忘れてたのかな。それじゃ接客業せっきゃくぎょう失格だぞ。俺も人の顔と名前を覚えるのは苦手だから同情はするがな。


「少し急いでるもんで、すぐに着れる服は、古着だけなんですよね。でしたら、なるべく質の良いもので、この子に合ったものを何点か選んでいただけませんか」


「かしこまりました。まず、お客さまですと、こちらのワンピース辺りがお似合いではないでしょうか? お客さまの身長ですと、このあたりにるしております。こちらなどいかがでしょう?」


「俺は、シャーリーに似合いそうだと思うけど、シャーリーどうだ?」


「ご主人さまにお任せします」


「シャーリー、それじゃだめだ。自分で気に入ったものを見つけなくちゃ。値段のことを気にすることないんだぞ」


「シャーリー、マスターの言う通りだ。お金はいくらでもあるから心配するな。私がポーションを作ればいくらでも稼げるんだからな」


 すみませんアスカさん。アスカさんばかり働かせてしまって。資本主義は資本家による労働者の収奪しゅうだつから成り立っているんだよ。


「ご主人さま、ありがとうございます。自分で選んで決めます」


 それでいい。


 シャーリーは、それ以降、ちゃんと自分の意見を言えるようになり、何点か気に入った服を預かってもらい、試着などをして結局四着ほどの余所行よそいき服と下着などを購入した。


 女性の下着になにがしかの思い入れがあれば別だが、いくら男子高校生でも、カボチャパンツじゃ興奮できないよ。ちなみにシャーリーに合うブラは有りませんでした。


 まだ不要との店員さんの厳しいご指摘にご自身はかなり不満のようだったが、俺があんまり胸が大きいと垂れて見苦しいから好きじゃないぞと言うと、シャーリーは安心したようだ。俺の言った言葉をよく聞いていれば、一言も胸がない方がいいとは言っていないのにな。


 シャーリーもこうして少しずつ大人になっていくんだなー、と感慨深く、世の父親の気持ちが少しわかったような。


 俺は、店の中を見て回っているうち、テンガロンハットみたいなつば広帽があったので一つ買っておいた。坊主頭に直射日光は結構つらいんだよ。それもだけど、を意識してそれなりの帽子を探してたわけだ。


「ご主人さま、ありがとうございます」


 鷹揚おうよううなずいておいた。人はしがらみの中で生きてゆく。ならば あがめよ、さらば与えられん。そういうことだよ。

 

 なぜかアスカもうなずいていた。まあ、お金を稼いだのはアスカだもんな。 


 服選びに随分時間がかかってしまった。すでに昼も過ぎていたので三人で近くで目に付いた食堂に入ったのだが、この近くにはキルンダンジョンの入り口があるので冒険者風の人が結構ここで食事をしているようだ。俺はキルンダンジョンのダンジョンマスターなのでダンジョンの場所はわかるし、ミニマップにも出てる。


 四人席に座り、シャーリーには少し多いかと思ったが、まあ、リスっ子シャーリーなら、頬一杯にしてほおばるからいいかと、三人分周りの人が食べているのと同じ冒険者用の定食を頼んだ。


 水を飲みながら、定食が来るのを待っていると、隣のテーブルで冒険者風の三人組が食べながら話している声が聞こえて来た。


「おい、聞いたか? あのうわさ


「なんの噂だ」


「大森林にすげー怖い悪魔みたいなモンスターが出るんだと」


「俺たちゃダンジョンにもぐってるんだから関係ないだろ」


「関係ないちゃ、ないけどよ。まあ、噂よ噂」


「それで、どんな噂なんだ、そのモンスターの噂」


「何でも、形はスライムを大きくしたようなもんなんだと。で、スライムと違うのは、体中から触手が生えてて、そいつが気味悪くうごめくのがすげー怖いんだって。じっと見てると、狂うやつもいるらしいぞ。しかも、触手も体も白い粘液まみれで、その粘液がひどい毒で皮膚に付くとえれーことになるそうだ」


「そんなモンスター、ダンジョンにもいねえよ」


「いや、そいつはほんとにいると俺は思うぜ、なんてったって本物と戦ったやつがいたらしいからな」


「誰だいそいつは。俺らの知ってるやつか?」


「俺も実物は見たことねえが、ほら、あのいつも街ん中すげースピードで駆けまわってる坊主頭の男とフードをかぶった女のおかしな二人組のこと聞いたことがあるだろ? 名前は確か、ショタアス」


 プッフー。リアルで水噴いた。


「俺も、そいつらの噂は聞いてる。おかしな奴らだけど、腕は確からしいぜ」


「そいつらが死にかけて何とかたおしたんだと。何でもそのモンスター、火が弱点だったらしく、最後にショタて男の方がすごい火炎魔術で仕留めちまったとよ。ショタって魔術師だったんだな」


 やめてー俺のライフはもうゼロだよ。それと、俺の名前はショタじゃねー。


「案外ほんとにいるかも知れんな。そんな厄介なのに出くわさねーことを祈ろうぜ」


「それで、モンスターの名前はなんてんだい」


「たしか、ヒプチャ…



 そこで、頼んでた定食が人数分運ばれてきたのだが、俺には味が分からなかった。元凶のアスカはいつものようにすました顔でしっかり食べてた。シャーリーはいつも以上に元気一杯で食べていた。


 俺だけは食べた気のしなかった昼食を終え、俺たちは、旅に必要そうな装備を本格的に購入していくことにした。


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