第41話 死闘!ヒプチャカメチャチャ戦


 日も暮れた中をアスカと二人でひた走り、午後八時にはキルンの西門に着いた。門衛もんえいの人に軽く会釈えしゃくして街の中に入る。ラノベのように日が暮れたら門が閉まるということはない。そんなことをすると、門の前に野宿する人が増え、挙句あげくの果ては、その野宿する人を目当てに宿屋まで出来てしまうのではなかろうか。


 門衛の人たちは何時間で交代するのかは知らないけれど、二十四時間体制で、いつも門の両脇に二人ずつ立っている。


 東西南北四つの門に各々四名で十六名、一日二交代としても三十二名の門衛の人がいることになる。そう考えると結構な数で、俺が心配することじゃないけど、維持費いじひは相当なものとなるだろう。


 大通りは両脇の建物から漏れる明かりで少しは明るいが、俺のきょてんの近くは真っ暗だ。それで、明かりのついた玄関を目にしたときは、ほっと安心した。なお、当該とうがい拠点には、出入り口はありますが、玄関はありません。そのまま土足で作業場だ。


「ただいま。シャーリー、ただいま帰りましたヒギンスさん」「ただいま」


 ドアを開けて、帰宅の挨拶あいさつをすると、二階からどたどたとシャーリーが飛んできた。狭い階段だから気を付けてくれよ。


「お帰りなさいませ。ご主人さま。お帰りなさい、アスカさん」


 少し遅れて、ヒギンスさんが二階から降りてきて、


「二人ともお帰りなさい。無事でなによりです」


「ヒギンスさん、留守るすの間、ありがとうございます」


「それはそうと二人とも、食事はまだなんでしょ? 今温めますから、ちょっと待っててね」


「お二人とも、少しお待ちください」


 そう言って、シャーリーもヒギンスさんについて台所に行った。


「アスカ、俺たちは着替えて来よう」「ヒギンスさん、アスカが部屋使いますからね」


「はーい」


 やー、家庭はいいよね。ほっとするよ。


 ……


「食事の用意ができましたよ」


 シャーリーもヒギンスさんも、俺たちなら予定よりも早く今日帰ってくるかもしれないと思い、四人分の食事を作っていたそうだ。家にいた二人は、夕食をすでにとっていたので、俺たちが食べてる間、お茶を飲んで話を聞いている。


「それで、ご主人さまたちはモンスターをやっつけにいらしたんですよね。どうでした?」


「ああ、たおしたぞ。俺たちにかかればあっという間さ」


 まさにあっという間だったので、血き肉おどる冒険は毎度のことながらなかった。そこで、俺はハッと気付いた。目の前の少女には目に見える形のヒーローが必要なのだと。間違っても勇者ではない、ヒーローだ。


 そこで俺はアスカに目配せする。


「シャーリー、マスターはああいったが、そんなに簡単な相手ではなかったんだ。なぜかというと、マスターと私が挑んだのは、凶悪であることで有名な、」


「凶悪であることで有名な?」


 シャーリーが続きを促すようにアスカの言葉を繰り返す。シャーリーがアスカの話に食いついてる。アスカ、ナイスフォロー。


「そう、凶悪なことで有名なあの、ヒプチャカメチャチャだったのだ」


「すみません、ヒプチャカメチャチャってどんなモンスターなんですか?」


 俺も知らんわ。伝説の出まかせモンスターだろ!


「それはもうおぞましい化け物で、無数の触手しょくしゅがうねうねとうごめき、見るものを狂気に誘うモンスターなのだ」


 クトゥルフ出て来たよ。


「おおー。そんなのと戦ったんですか」


「そう、マスターと私が上手く連携れんけいをとって、一人がヒプチャカメチャチャの触手攻撃を受け流す隙に、もう一人が、やつの死角から攻撃をするんだ。それでも、やつの防御力は絶大なので、少しずつしか、削れない」


「それで? それから?」


「一度でもヒプチャカメチャチャの触手攻撃を受けると、PAが吹き飛んでしまう、しかも、すべての触手がこちらの急所を狙って突いてくる。その上、ヒプチャカメチャチャを覆う白い粘液が曲者くせもので、触手が動くと白い粘液ねんえきが飛び散って、それにあたると、皮膚ひふがぷっくりと水膨みずぶくれになるんだ」


 シャーリーは両手をぎゅっと握っている。


「そんなギリギリの攻防を続けること一時間。とうとう攻撃の当たらないことにじれたヒプチャカメチャチャが大振りな触手攻撃を私に繰り出した」


「……」ゴクリとシャーリーのつばを飲み込む音。


「その攻撃の前にこれは何か大技が来るなと予想していた私は、とっさに後ろに飛んで、ギリギリでその攻撃をかわすことができた」


「攻撃を空振りしたヒプチャカメチャチャは体が前のめりになった。これは、俗に言う、泳いだって状態だな。体を泳がせたことでヒプチャカメチャチャに大きな隙が生まれたんだ。

 そこを逃さず、マスターの指先からほとばしる、必殺の火炎攻撃がやつの急所に決まり、なんとかヒプチャカメチャチャを撃退できた。死ぬ寸前に一瞬大きくなった体の先端から大量の白い粘液をまき散らせて、ヒプチャカメチャチャは燃えきてしぼんでしまった」


 シャーリーがほっとした顔をしている。


「いやー、運もあったと思うけど、さすがはマスターと思ったよ」


 こいつ何気に俺の指先ライターをディスりやがった。しかし、アスカさん、クトゥルフからいきなりの十八禁的展開。こういうのが好きだったとは知らなんだ。


 シャーリーの俺を見る目がキラキラしてるよ。ヒギンスさんの方は何か冷めてる?


「アスカさん、必殺の火炎攻撃一回でヒプチャカメチャチャがたおせるんだったら、最初からご主人さまが、その攻撃をすればよかったんじゃないですか?」


 もっともな疑問である。さあ、アスカよ、この攻撃をどうかわす。


「シャーリー、それは聞いてはいけない。お約束に理由などないのだ」




「食べ終わったし、片付けたら寝るか。ヒギンスさんはもう遅いから家に泊まってってください。そのままアスカの部屋でいいでしょう。アスカはシャーリーと一緒だな」


「それでしたら、私がシャーリーちゃんと一緒に寝ます」


「片付けは、私たちでやっておきますから。二人は疲れてるでしょうし早めにお休みなさい」


「それじゃあ、お願いします」「します」。また略した!


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