第20話 錬金道具


 あくる日。


 見知らぬ天井てんじょうだ。はい。言ってみたかっただけです。すみません。


「お早う、アスカ」


「おはようございます。マスター」


「アスカってさすがに、料理はできないよね?」


「食材さえあれば、これまで食べた物なら、特に問題なくできますが。何か?」


「そう。やっぱり」


 やはり料理もできたか。


 アスカに料理をさせると連れまわせなくなるから、そのうち誰か雇うか。それはそうと今朝けさは、ホットドッグにしよ。


 お湯を沸かし、ポットに適当に茶っ葉をいれて、色が付いたところで、二人分のカップに注ぐ。


今朝けさ昨日きのう買っておいた、ホットドックな」


 皿にホットドッグを四本出しておく。まだ温かい。


「二本ずつな」


 テーブルの真ん中にホットドッグを載せた皿を置き、紅茶の入ったカップをアスカの前にも置く。カップに紅茶を注ぐとき、茶こしで茶っ葉を取らなくちゃいけなかったが、俺にはそんなスキルはないので、紅茶をいれたカップの中には、紅茶の葉っぱがたくさん泳いでいる。上澄うわずみを飲む分には問題ないはずだ。


「マスター、ありがとうございます。食材を出していただければ、私が料理を作りますが」


「いや、いい。とりあえず買い置きの物で済ませてしまおう。アスカには、ポーション作りの時、手伝ってもらわないといけないからな。そのうち料理できる人を雇おう」


「了解しました」


「今日の予定は、昨日買い忘れたこまごましたものを買いそろえたら、ポーションを作るための錬金道具を買おうと思う。アスカなら売ってるところ知ってるだろ?」


「はい。わかります。キルンにはその手の店は一軒だけだそうですが、それなりの品揃えがあるそうです」


 ほーら、やっぱり知ってた。


「ただ、その店の主人は一風変わった方のようです。具体的にどんな方なのかは不明です」


「ふーん」


 一風変わった方とは? 悪い予感しかしねー。


 昨日きのう買い忘れた、歯磨き道具、水をすくう柄杓ひしゃく、そういったものを先に買いそろえ、アスカの案内でくだんの錬金道具屋へ。




「ここかー」


 いかにもな店構え。ここが店とは普通わかるまい。閉め切った鎧戸よろいどから中は全く見えない。間口は三メートルほど。入り口のドアも狭いし低い。客をあからさまにこばんでるぞ。


 くぐり戸のようなドア開けて店の中に入ると、案の定、薄暗い。両脇の壁は棚になっているが、棚の上には何も乗っていない。奥の方に狭いカウンターがあるが誰もいない。その先はそこまで光が届かないようで真っ暗。この店大丈夫なのか? というかアスカを疑う訳ではないがここは本当に店なのか?


「ごめんくださーい」


 ……。


「ごめんくださーい」


 ……。


 留守か? 戸に鍵も閉めず物騒ぶっそうだな。仕方ない、出直でなおすとするか。


「だれだい? うるさいね。もう少し静かにできないのかい」


 店構えから予想した通りの老婆が奥から出て来た。


「ん? 見ない顔だね。客かい?」


 客だよ。


「最近、このキルンに越してきたショウタと言います。実は、この店でポーションを作るための錬金道具を扱っていると聞いたもので、お邪魔じゃましたんですが」


「あんた、妙に丁寧ていねいな話し方するね。ああ、錬金道具ならここで売ってるよ」


「それでしたら、ポーションを作るということで、一そろいいただけませんか?」


「あんた、若いのに錬金術師なのかい? いや、錬金術師なら自前の道具くらい持ってるか」


「これから錬金術を始めようかなと」


「初心者用の低級品でもそれなりの値段がするけど、そんなんで代金が払えるのかい?」


「おいくらぐらいですか? その初心者用で」


「そうさね、初心者用だと一式全部揃えて。小金貨十五枚ってところかね」


「でしたら問題ありません。ちなみに、高級なものと低級なものとは、値段のほかに何が違うんですか?」


「そこからかい。低級な道具じゃ、いくら腕のいい錬金術師がポーションを作っても低級なポーションしかできない。言い換えれば、いくら腕のいい錬金術師でも道具を超える等級のポーションは作れないんだ。そういうもんなんだ」


「そういうもんなんですね。分かりました。それでしたら、この店で買える一番高級な道具はおいくらですか?」


「うちでは、いま中級までしか置いてないんだ。それでも、結構値は張るよ」


「で、如何いかほど?」


「それだと、大金貨二枚だ」


「結構しますね」


「それじゃ、初級のにするかい?」


「いえ、その中級のをお願いします」


「あんた、払えるのかい?」


「問題ありません」


 そういって、大金貨二枚を老婆に渡す。


「いま持ってくるからそこで待ってな」


 奥に取りに行ったんだろう。言うほど、変な人物ではなかったな。


「どっこいしょ。この箱の中に一式入ってる。さすがに使い方はわかってるんだろ。これが薬研やげんで、乳鉢とすり棒、そっちが蒸留機じょうりゅうき。これが錬金焼炉しょうろに魔導コンロ、魔導コンロは最新式だ。最後のこれがこの中で一番値の張る錬金板れんきんばん。あまり出番はないが特殊なポーションを作るときに必要になる。これは特に大事に扱いなよ」


 なるほど、錬金板はきれいな布に包んである。


「確かに。ありがとうございます」


 そういって、箱ごと収納。


「あんた、収納持ちかい? 珍しいねー。三十年ぶりで見たよ」


 いけない、また触らず収納してしまった。しかし、このばあさん、アイテムバッグと思わず、収納とすぐわかったよ。歳の功なのか? このばあさん、見た目八十くらいだけど元気あるな。


「あんた、今失礼なこと考えてなかったかい?」


「いえいえ」


「あのねえ。こう見えても、あたしは乙女なんだ。いままで、言い寄ってきた男どもに最後の一線だけは超えさせなかったのさ。だからあたしは乙女、ユニコーンにだって乗れるんだ。あんたもあたしのことを呼ぶときは、フレデリカ姉さんと呼びな」


「分かりました。フレデリカ姉さん」


「あんた素直すなおだねー。そういう子は好きだよ。サービスにこの本をあげるよ」


 そういって、ふところから一冊の小冊子?を取り出し俺に寄こした。中を見るとレシピ集らしい。懐から出したところをみると最初からくれるつもりだったかもしれないが、さらに消耗品もサービスでもらってしまった。



「ありがとうございます。フレデリカ姉さん。それじゃあ失礼します」


 フレデリカ姉さんが鷹揚おうよううなずいていた。


「分からないことがあったら聞きに来な」


 どうやら、フレデリカ姉さんに気に入られたらしい。



 図書館で読んだ本には、薬草は自前で栽培した方が品質も安定するし、薬効も高くなると書いてあったが、今はポーションをお試しで作るだけなので、街の外に自生している薬草で間に合わせようと思う。




 そういうことで、今は昼食代わりの串焼きをアスカと二人ほおばりながら、街の南門からの街道を外れて、森の方に向かって薬草探しをしているところだ。


 ミニマップで『薬草』と指定して見ていると、黄色い点がちらほら見える。残念ながら、指定収納は生えてる薬草には効かなかった。


 それでも薬草採取は簡単だった。どうやら、俺のミニマップ、アスカも共有できるようなのでアスカに薬草採取を任せることができた。


 アスカは髪の毛を使って薬草を切り取り、切り取った薬草に毛先を巻き付けて、手に持って広げた大きな麻袋あさぶくろまで運んでいる。麻袋は街を出る前に雑貨屋で買っておいたものだ。ときおりきらめくアスカの銀髪がきれいだ。いまさらながら、その髪の毛にうっかり触ると、スパッと指が飛ぶかもしれないと思うとちょっと怖い。


 俺は、ミニマップを眺めながら、黄色い点のある方へ移動するのが仕事だ。アスカは手に持った麻袋が薬草で一杯になったら俺の方にやってくるので、袋ごと収納し、中身を残して袋だけ排出してアスカに返す。収納した袋の中身は、種類ごとに収納庫の中で勝手に分類される。


 このあたりの薬草は粗方あらかた採り尽したようなので、そろそろ拠点に帰るとするか。採った薬草は麻袋十袋分、大漁だ。


 このあたりで、薬草を取って生計を立てている人がいたらごめんなさい。


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