第一章 一話

 エジプト――そう呼ばれるこの世界は、遙か昔、水と太陽によって創られた。太陽は神を生み、そしてその神がまた子を生み、また別の神は人間を生み、そうやって世界は形を造り、色をつけた。

 神と人は互いに寄り添い暮らしている。人は世界を創った神を敬うことで恩恵を与えられ生きることができ、神は人に崇拝されることで神として存在できるからだ。

 神と人の間に大きな争いごとが起きないのは、天を守る原初と太陽の神アトゥム・ラーの絶対的な力と、その曾孫であるオシリスが、王として地上の神と人の頂に座していることも理由のひとつである。

 オシリスは大地の神ゲブと天空の女神ヌトの長男として生まれた。争いを好まない穏やかな性格の彼は、神にも人にも、誰からも愛された。地位も名声も全てを与えられたオシリスは正しく生まれながらの王であった。

 しかし、彼を妬んでいる者が唯ひとり。それは彼の弟神であるセトだ。

 セトは母神であるヌトの胎内にいる頃から世界を欲しがった。王に相応しいのは他の誰でもない自分だと思い、与えられた武力は未来の玉座のためにと振るってきた。ラーはセトの力の強さを認めてはいたが、しかし、後継者に選んだのはオシリスだった。

 当然セトはそれを良しとはしない。毎日のように荒れ狂っては砂嵐を起こして、どうやったらオシリスを玉座から引き摺り下ろせるかと、そんなことばかり考えている。人々の間で、オシリスの暗殺を企てているのではないかと噂をされるくらいには。

 世界の隅にまで香る、その砂の匂いはセトが暴れている証だ。


 乾いた土の匂いと共に舞い上がる砂の香りは、地上の状況を報せるのに充分すぎるほど。

 黒い靄を纏って出現した一柱の神は、少しだけ苦しそうに息を吐いた。

「……叔父上が、また」

 彼はセトがいるのであろう方角へと首を向けた。

 二匹の犬は立ち上がって、友の登場に喜びを隠せずにいる。彼の足首に顔を擦りつけて、その風貌からは想像できない仕草がとても可愛らしい。

「ああ、ごめんね。アレティ、エラトマ、今日もご苦労様。ありがとう」

 アレティと呼ばれたのは金目の、エラトマと呼ばれたのは赤目の犬だ。神は膝を曲げて二匹の頭を撫でた。

「変わったことはなかった?」

 いつもと変わらぬ毎日を過ごしているのは、この神とて同じだ。

 彼は王――オシリスの子であるが、母は正妻ではない。彼を生んだのはセトの妻、ネフティスであった。彼女はオシリスに対するセトの日頃の行いの悪さや、荒み嵐を起こす乱暴な性格を好んでいなかった。そのせいもあってかオシリスの持つ人望や穏やかで優しい性質に惹かれ、オシリスを求めて一夜限りの逢瀬を為した。

 ただの一度きりであったが、ネフティスは孕み、男児を生んだ。だが、夫のセトはあの性格だ。しかも、よりによって相手は憎きオシリスである。赤子が見つかれば殺されるに違いない。ネフティスはオシリスの妻であり姉でもあるイシスと、知恵の神トトの力を借りて赤子を冥界に隠すことにした。死者で溢れる冥界は腐った臭いがすると言って、セトが近付こうとしなかったためである。

 赤子はアヌビスと名付けられ、死者の守護者である女神ハトホルの乳で育てられた。そして、ある程度の年頃にまで成長するとトトの仕事の手伝いをするようになった。

 トトは知恵の他に、医療や魔法、時間や法を司っている。それ故に多くの神々から頼りにされていたので抱える仕事も実に多かった。

 彼の職の中には冥界への務めがある。ゲブが管理をする冥界で、その日に死んだ者の名を帳面に記載する、といったものだ。

 死者の生前の行いを、正義と秩序を司る女神マアトの羽根と秤にかける。トトはそれをプシコスタジーと名付けた。

 羽根と均衡が取れれば善と見なし来世への旅立ちを許可するが、均衡が取れなかった場合は悪として幻獣アメミトに心臓を喰わせる。

 アヌビスはこの『心臓を抜き、それを羽根が乗っていない方の皿へ乗せる』という役割を担うことになった。もう赤子ではないとはいえまだ幼かった彼は、最初は上手に心臓を抜くことができず、死者に対して『死んだ後も苦しませる』という行為をしてしまっていた。けれど多くの死者のプシコスタジーを日々何年もかけて行うことで、今では随分と手慣れたものだ。

 アヌビスの心身の成長は、地上への外出許可に繋がった。

 許可を出したのはトトだ。トトはよく書物を持ってきてくれていた。アヌビスが飽きないように、また知識が偏らないようにとジャンルは様々であったが、彼のお気に入りは何より絵本だった。

 冥界は暗く、色は無いに等しい。だから、初めて見た彩りに大きな衝撃を受けて、その世界を見てみたいと思っていた。トトから地上の話も聞いていたし、時が来たら、と彼は約束してくれていたから、その日が来ることを楽しみに生きていた。

 地上の土を踏んだのは、それから間もなくのこと。

 冥界とは比べものにならないほどの、例えようもない眩しさに一瞬怯んでしまったが、少しずつ、少しずつ目を見開けば、絵本で見た世界は紛れもなくそこに広がっていた。辺りは一面の砂金と、恵みのナイル。青い空に鳥や草木もあって、宮殿にて父オシリスと、母ネフティス、それから叔母イシスとの再会も果たした。叔父のセトもその場にいたが、その頃のセトは良き神を演じていた。腹の中では変わらず王になることを企んでいたし、アヌビスの姿を見てオシリスに対する憎悪も増える一方で。けれど、セトから見るアヌビスという神は幼い子どもに過ぎない。ネフティスが不義を働いて赤子を生んだと耳にしたときは引き裂いて殺してやろうと思ったが、オシリスのように人望も地位も名誉もあるわけではない。イシスのように魔術に優れているわけでも、トトのように突出した知恵があるわけでもない。普段は冥界にいるアヌビスをこのまま生かしておいたところで直接的な害は特別なかった。どうでもいい、そんな存在だ。ただ感じたのは、死臭を纏うこの子どもの側にいたくない、それだけだった。

 せっかくの親子の場だ、ゆっくりしていきなさい。セトはそう言って宮殿を後にした。オシリスへの憎しみをひたすらに煮やしながら。


 二匹と出会ったのはその日の帰り。

 冥界に入るには、太陽が沈む場所から。トトからそう聞いていたアヌビスは西方の地に立った。

 ナイルからは随分と離れているのに、ここはどうしてか湿り気を帯びている。

 石碑がひとつ建てられているだけなのに、その気候と石に刻まれた文字が、この場一帯それ自体が墓所であることを示していた。湿気は地中の水分、即ち湿った冥界から溢れているもの。

 トトに教わった言葉を唱えて、冥界への扉を開こうとした――その時だった。

 音もなく現れたのは黒い犬が二匹。並んだ四つの目がじっとアヌビスを捉えている。

 迷い犬だろうか。アヌビスは言葉を止めて二匹に近寄った。すると、一度も吠えることなく、逃げることもなく、二匹は立てていた後ろ足だけを曲げて尾を地に着けた。その姿は、人が神へとする礼拝の仕草のようにも見えた。これもトトから借りた書物でしか見たことはないけれど。

 アヌビスはまだ色々なものに興味を引かれる年頃だ。加えて今日は初めて冥界の外に出た日。二匹の視線と合わせるようにアヌビスも膝を折って、手を伸ばした。

 金色の目と深い赤色の目は、地上の砂の色と心臓の色によく似ていると思った。

 どこから来たのか、名前はあるのか、いくつか訊いてみたが返ってくるものは何ひとつなかった。だからアヌビスは二匹に名前をつけることにした。金色の目を持つ者にはアレティと、深い赤色を持つ者にはエラトマと。

 特に何か会話をするようなことはなかったのに、気が付けば辺りは薄闇の世界に変わっていた。

 動物とはいえ、冥界に生者を連れて行くことはできない。縁があればきっとまた会えるだろう。名残惜しさを感じていたが、二匹に別れを告げてアヌビスは冥界へと帰った。

 それから数日に一度、幾度となく地上に出たアヌビスの、冥界帰りを迎えてくれたのはアレティとエラトマだった。二匹はいつでもそこにいて、それはまるでアヌビスが来るのを待っていたかのようで。

 今日はこんな発見をしたよ。この前のプシコスタジーでこんなことがあったんだよ。

 アヌビスは二匹と会う度にそんなことばかり話すようになっていた。同じ神の中でもトトとはよく会話をする方だが、彼は文字や言葉を教えてくれた師であり、セトから守られるために冥界に隠されていたとき世話をしてくれた父のようなもの。それに加えて創世記から存在する古い神であり、オシリスたちが生まれる際もヌトの出産に一役買っている。アヌビスとは対等ではない、それどころか目上の神だ。そもそもトト自身多忙な身であるし、会話をする方、といってもやはり独りでいることが多い。だからこうして黙ってずっと寄り添ってくれる二匹は、アヌビスにとって、とても大きな存在となっていた。


「変わったことはなかった?」

 その問いに二匹は静かに頭を垂らしたまま。それを肯定の意味と取って、アヌビスは小さな笑みを作った。

「じゃあ、今日は何から話そうかな」

 言いながら腰を地に着けようとして、けれど丸められた黒い背がぴくり、何かに反応を示したのでアヌビスも動きを止めた。それから立ち上がって喉を鳴らす。警戒するようにグルルと低く音を出して、そして一度大きく吠えた。

 珍しいことがあるものだ。声を出したのはエラトマだった。彼の咆哮に釣られてアレティも腰を上げる。

「えっ、待って!」

 二匹は小走りで駆けた。アヌビスは慌ててそれを追う。

 石碑のある墓所から南へ、やや進んだところ。そこは痩せた大地と小さな湖がひとつ、それから少しばかりの草木が貴重な水を囲んでいる。

 この場所には何度か来たことがあった。けれどそれ以上は何もない地であり、神も人も、誰もここに用がある者はいない。だからこそ、その光景を目にしたのはその日が初めてだった。

 座しているせいできちんとした判断ができないが、恐らく自分と同じくらいの少年。ひと言でいうならきっとそれが近い。

 〝彼〟は二匹と、その後ろにいたアヌビスに気づいて気怠そうに腰を上げた。それから距離を取るようにその身を後退させる。立ち上がったことで見られた身形にアヌビスは驚いた。

 元はもっと明るい色だったのだろう。汚れた衣服に、肩下まで伸びた髪は整えられることなく無造作に後ろでひとつに纏められているだけ。靴も穴が開いて親指の爪が顔を覗かせている。

 貧しい家の子なのか。第一印象はそれだった。しかし、どうしたらいいかアヌビスには分からない。分からなかったけれど、ただ、何となく気になって、気がつけば声を掛けていた。

「……きみ、誰? どこの子?」

 少年は答えない。だが、その代わりにアヌビスを強く睨む。オリーブグリーンの瞳はナイルの畔と同じ色で、優しい色なのにその表情はひどく硬い。

「えっ、と……」

 無言のまま睨まれている状況にアヌビスは困惑してしまう。しかし、もうじき陽が落ちる。この辺りは町からも遠い故に灯りもなく、夜になると野犬も出るから危ない場所だ。自分のような神ならば、野犬程度の動物に襲われる心配はないが〝彼〟は人間である。しかもまだ若い、少年。周囲を見ても、狩りの道具はおろか食料が入っているような袋も持っているわけではなさそうだ。ここから立ち去った方がいいと理解はしても、舌が上手く回らない。

 思えば、こうして人間と話すのは初めてだった。冥界にも死者はいるが、口を開くことがない死者と直接の会話はできない。ゲブやトトと話したり、アメミトと遊んだり、地上に出た際にオシリスやイシスたちと話すことはあっても、彼らは皆、神である。人間とする会話の――コミュニケーションの取り方がアヌビスはよく分からなかった。

「……アンタ、神だろ」

「えっ?」

 互いに無言で対峙する中、口火を切ったのは少年だった。睨んでいた視線を外して、ひと言そう吐いた。

「金の装飾は神にしか許されてない。……アンタ、神だろ。どこの神だ、名前は」

 先程のアヌビスの質問には答えなかったのに、少年は同じことを神に訊き返した。

「……アヌビス」

「アヌビス? 聞いたことないな」

「いつもは冥界にいるから、たぶんほどんどの人間はぼくのこと知らない」

「冥界ってのは、死んだら行くっていう、あの冥界のことか?」

「うん、そう。冥界でプシコスタジーしてる」

「……じゃあ、オレは死んだのか? アンタはオレを迎えに来たっていうわけ? 死神?」

「違うよ。ぼくはトトの手伝いをしてるだけで、司るものはまだ」

 何もない、と言いかけて、返す言葉はそうではないと気づいた。

「そうじゃなくて、きみは死んでない。生きてる」

「……ふうん、……そっか」

 少年はそれだけ言って、その場にまた腰を下ろした。害のある者ではないと思ったのだろう。

「……あ、あの」

「……なに」

 距離を保ったままアヌビスは続けた。どうも立ち去る様子には見えないこの人間を、陽が暮れるまでにこの場から離さなければと思って。

「……きみ、もう帰った方がいいよ。ここは、その……夜になると危ないから」

 湖はあっても口にできるほど水は綺麗ではない。きっと腹を壊してしまうだろし、果実もなければ木の実もない。夜は気温が下がるし、ぼろぼろの薄着でいては例え野犬に遭遇しなかったとしても、このまま独りで過ごすには適していない。

 どうにかそれだけ伝えると、少年は表情を変えずにただこう告げた。

「……帰るとこなんて無いから」

 正直そのことは何となく気づいていた。オシリスは全ての民に等しく接している。それは神も人も違いはなく。だから、こんな身形の人間は書物の中でしか見たことがない。一体どこに住んでいて、どこから来たのかは分からないが、アヌビスはそれ以上何も言えなくなった。

「……上の国から来た」

 少年はそんなアヌビスの様子を見て、ようやく自身のことを口にした。

「……アンタ、いつもは冥界にいるって言ったな。上の国のことは知ってるか」

「……上の国?」

「セトの国だよ。そんなことも知らないのか」

 かつてラーとゲブ、そしてオシリスが全土を統治していたエジプトは今、上下に別れている。ナイルの恵みを受ける肥沃な地である下の国はオシリスが、そして反する上の国はセトを王として。だが、下の国に比べて上の国は嗄れた地が広がっている。そのせいで穀物は育たず、実りがないのはセトの力が足りないからだと、やがて人間はそういうことを口にするようになっていた。

 セトは野心を腹の底に隠して良き神を演じていた。オシリスのように穏やかで優しき神を演じていれば、やがて玉座に就けると信じて。なぜなら、オシリスには無いものを自分は持っているからだ。己には力がある。そのぶん自分はオシリスよりも優れている。オシリスと同じだけの人望と、そこに彼には無い力が加われば、誰もが勝ることのないエジプト随一の王になれよう。

 やがてラーはセトを認めた。エジプトをふたつに分けて、兄弟それぞれに王を命じた。互いに助け合うことでこの世界は今以上に豊かになるはずだ、と。そう思ったからだ。

 だが、セトが与えられた上の国は痩せていた。これは元からでありセトのせいではない。寧ろセトならばきっとこの地を良い方向へと直せると信じてのことだったが、セト自身にそれは伝わらなかった。なぜ自分が上の国なのだ、どうしていつもオシリスばかりが愛され、目をかけられるのだ、と。

 必ず私が上の国を繁栄させましょう。セトはそう言ったが、当然心中は穏やかではなかった。それどころかこの一件で、オシリスへの憎しみはもう隠しきれないほどに溢れていた。

 殺してやる。どうせなら彼を慕う神々の前で四肢を八つ裂きにして、ただの血と肉の塊にしてやる。この世界で一番強い神は己であることを――誰も手出しはできない王であることを示してやるのだ。

 上の国をセトが治めるようになって、大地は一層嗄れていくばかりだった。王である彼の腹の中が兄殺しの野心で埋め尽くされているからだ。

 セトの気は嵐を起こす。毎日それが起こるせいで、そこに住む人間の暮らしも悪くなる一方だった。オシリスとラーは見るに堪えられなくなり、セトへ手を差し伸べようとした。けれどセトはそれを振り払った。

 上の国の現状を聞いてアヌビスは言葉を失った。足を踏み入れる地上はいつだって決まって豊かな下の国だ。そんなふうに生きている人間がいるなど知る由もなかった。

「神のくせに、アンタ何も知らないんだな。セトと違ってオシリス王なら、何とかしてくれるんじゃないかってみんな思ってるけど……」

 絶対口には出さない。それを万が一にもセトに知られることがあれば、きっと殺されてしまうからだ。

 だから逃げてきたのだと少年は言った。母親を少し前に病で亡くしたことが行動を起こすきっかけになったらしい。父親が生まれたときからいなかったことも幸いしたようだ。

「まあ実際、オシリス王も何もしてくれなかったけどな」

 ナイルは上下のエジプトを繋げている。それに沿ってひたすら歩き、その水を飲みながら、ときどき目にした果実や木の実を食べて飢えを凌いできた。豊かな下の国に入りさえすれば後はどうにかなるだろう。仕事をして金を稼ぐ。そうすれば宿にも泊まれるし食事もできる。そう希望を持って信じてやって来たが、現実はそうでなかった。道中人を見つけては声を掛けたけれど、汚らしい格好の自分の相手をしてくれる者はひとりもいなかった。人が多くなるにつれてそれは一層ひどくなり、話し掛けることはおろか、近づくことすら許されなくなった。

 この地に来ればきっとオシリスが助けてくれる。そんな微かな希望は一転、絶望へと形を変えた。

 故郷に戻っても食べるものなんてない。仕事もない。死ぬのを待つだけだ。それにもう、長い道を戻る体力も残されていない。人目を避けるべく身体を引き摺るように歩いて、ただひたすらに歩いて、この湖の淵で崩れるように倒れてしまった。

 長旅による疲労と空腹から、同時に意識も手放してしまっていた。

 随分と長い時間眠っていたらしい。目が覚めたときには、全身の倦怠感と疲労は僅かだけれど楽になっていた気がした。

 大きく息を吸って身体を起こす。それから湖に自分の姿を写した。

 ああ、これはひどい顔だ。髪はぼさぼさだし、改めてよく見れば衣服も汚ならしく、それに何よりも臭い。こんな人間が寄ってきたら物乞いにしか見えないし、誰も寄りつこうとはしないのは納得できる。

 とりあえず顔を洗って、そのまま水を飲もうとしたときだ――何者かの足音が聞こえたのは。

 二匹の犬の後ろにいたのは自分と同じ背丈くらいの者だった。その身を彩る金色が、彼が神であることを報せている。訊けば冥界神だというものだから、もしや自分は死んだのかと思ったが、そうではないと神は答えた。

 まだ生きている。けれど、このまま生きたところでどうしろというのだ。砂漠が大地を占める上の国から、実り豊かな下の国へと逃げてきたというのに、これでは何ひとつ変わらない。せめてこの身だけでも綺麗にできたらと思うが、その気力すらも到底涌くどころではない。それならばいっそ、今ここで死んだ方がいい。どうせ遅かれ早かれ自分はこのまま飢えに負けて死ぬのだから。

「あーあ、まさか冥界の神とやらに出会うなんて、これも何かの縁ってやつなのねえ……」

「え?」

「ねえ、冥界の神様……オレを殺してよ」

 そう言った少年の顔は、少しだけ笑っているようにも見えた。

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