今から飛び散るよ!

沢菜千野

明るい未来を目指して

「いってきます!」


 そよ風に吹かれ、そうイケボで消えていったのは、ポポだった。

 綺麗な綿毛を生やし、その毛は白く染まる。黄色く輝いていた時期の面影は、もう残っていない。


「次は俺の番かなあ」

「いや、あたいだよ」

「みんなよ! みんなで飛び出すのよ」


 周囲は賑わい、色めき立っていく。

 旅立ちの時だ。長きに渡って慣れ親しんだ土地を離れ、風に乗り、新たなる場所で新生活を始める。


 楽しみな部分と不安な部分、両者がせめぎ合う。いつ自分は飛び立つのか、ドキドキで、せっかく白くなった毛も赤く染まってしまいそうだった。


「いろいろあったよなあ、ター子」

「そうだね」

「あれ、いつだったっけ。花が咲いたの」

「そうね。もう一月以上前じゃない?」

「あの輝かしいときから、そんなに経ったんだな」

「あのときのポポ、凄かったよね」

「やっぱりター子も、ポポ派か。いいよなあ、花びらが綺麗なやつは!」

「あら、おしべの嫉妬は醜いものよ?」

「うっせ」


 じゃれあっていると、不意におとずれる。

 名残惜しい気もするが、綿毛になったタンポポの先端に、抵抗する力はほとんど残っていないのだ。


「お別れね。私は、あなたも素敵に思うけどね」

「お、おい、どういうことだよ!」

「じゃあ、先に行くわね」


 陽気な風に誘われて、ター子も旅立っていった。

 周りには、一緒に飛んだ仲間が浮遊しており、寂しそうでは無さそうだ。


 遠く遠く、小さくなっていくター子の綿毛を見つめながら、タンポポ本体に残ってしまった自分に一人言ちる。


「寂しいのは、俺の方だな」


 それが何に対してなのか、考えないようにして。

 わざとらしく、周囲を見回してみる。


 始めはたくさんいた綿毛仲間も、多くが散り散りになり、タンポポの頭は寂しいことになっている。

 薄くなった上部から目を離し、空を見上げた。


 高く澄み渡った青空に、白い雲が浮かんでいる。どこまでも広がっていそうな空に想いを寄せ、これから待つ未来に思いを馳せる。


 一体、どんな新生活が待っているのだろう。

 立派な花を咲かせることはできるのだろうか。

 桜のように大きく、人々を魅了することはできないけれど、野に咲く花として、綺麗な黄色で心を癒したい。


「敵襲! 敵襲!」


 風が吹いたときとは、明らかに違うそれ。

 ついにあれがやってきた。やってきてしまったのである。


 怪物――人間の子供だ。


 その子供は、ずんずんと進んできて、不適な笑みを見せた。

 意味のわからない音を発し、手を伸ばしてくる。


 そして……。


 小気味良い音をたてたかと思うと、今度は一転して急上昇。

 振り落とされないように、付け根にしがみつくのが精一杯だった。


「お前ら! こんなところで負けるんじゃないぞ! 振り落とされれば未来はない!」

「おおおおっ!」


 奮い立つ刹那。


 そよ風とは異なる、一点集中の突風が綿毛たちを襲った。

 ただ綿毛を散らすためだけに吹かれたそれは、無惨にも大半の仲間を飛ばし散らした。


「お前らぁぁぁぁ」

「そんなああああ」

「嫌だぁああぁぁ」


 せっかく頑張ってきたのに。

 タンポポの輪を広げるために、綿毛になったのに。

 こんなはずじゃなかったのに。


 そして、自由落下が始まった。

 捨てられたのだ。


「ここまでかっ!」


 地面が目前に迫る。叩きつけられたら最後、地面に飛び散り、潰れるだけだ。


 残された綿毛たちが諦めかけたそのとき。

 奇跡は起こった。


 風が吹いたのだ。

 破壊光線のような風ではない、優しい天使の光のようなそよ風が。


「ラストチャンスだ。これを逃せば、もう。――飛ぶぞっ」


 綿毛たちは、最後の力を振り絞り、空へと舞い上がる。根を張るまで、束の間の自由を掴みとったのだ。



「ママ見て! 綺麗!」

「本当ね。綿毛さんたちは、どこまで飛んで行くのかなあ?」

「わかんなーい」


 飛び出した綿毛を見上げ、親子はのんびりとした時間を過ごす。

 通りがかった老夫婦は、そのやり取りに笑顔を見せた。


 そこには、陽気に負けないほど穏やかな時間が流れていた。


 綿毛が飛べば、笑顔が咲く。

 種はどこまでも拡散し、それは際限無く全てを包み込んでいく。

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今から飛び散るよ! 沢菜千野 @nozawana_C15

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