幸せの種を蒔きましょう~ケサランパサランでみんなしあわせ!~

赤部航大

幸せを蒔きましょう

 1


「桜、そろそろ誕生日のお祝いするぞ? リビングに来てご馳走食べないか?」

「いらないっ! かってにおへやに入らないで!」

「あっはっは。7才にしてもう反抗期か~」


 桜は脹れっ面をしながらベッドに潜り込んでいる。その両目には泣き腫らした跡があった。そんな桜に父は桐の箱を手にして近づき、ゆったりとした態度で接する。


「今日、友達と喧嘩したんだって?」

「だってゆうかちゃんが!」


 布団をはね除け飛び起きる。

「ゆうかちゃんとブイキュアの話してたけど、ブラックが好きって話したら、ぜったいホワイトだって言うの! しんじられない!」

「それは大変だったな……頑張ったな桜。そんな頑張った桜に、ママには内緒で可愛いプレゼントをあげよう」

「ママにはないしょ?」

「そう、内緒だ」


 言いながら父は桐の箱を開ける。すると――白い綿毛のようなものが、フワフワと宙を漂い始めた。


「なにこれ、カワイイ!」

「これはね『ケサランパサラン』っていうんだ。パパが子供の頃流行ったんだけど、それを基に作ってみたんだ」

「これパパが作ったの? すごい!」

「凄いだろう? これを誰かと喧嘩したり、何か困ったことがあったら蒔いてみせなさい。幸せを呼んでくれるから」

「しあわせってどんな? ハッピーなきもちになれる?」

「なれるとも。誰とも喧嘩せずに仲良くなれる、ハッピーな気持ちにね。しかも桜だけがじゃない。皆もなんだよ」

「それって……とてもステキ!!」


 桜はすっかり目を輝かせていた。


「そうだろう? 桐の箱にしまっておくと勝手に増えるから、数を気にせず好きなだけ蒔いていいぞ。いつでも使えるよう、普段から箱ごと持ち歩くように」

「うん、わかったよパパ! ありがとう!」


 笑顔で頭をくしゃくしゃと撫でる父。桜と共に出ようとした際、投げ出されたランドセルからは数冊の教材が放り出されているのを発見した。


「こら桜。いくら怒ってたからってランドセルを投げたら駄目だろう。」

「ごめんなさい」


 その時たまたま手にしたのが計算ドリルだった。ついどれほどできているのか気になってページを捲る。どれどれ……ん?


「桜、ここ間違ってるぞ」

「え? どこ?」

「ここ。いいか桜。「2+2」はな……」


 2


「ゆうかちゃん! おはよう!」

「あ、さくらちゃん」


 二人の通学路は一緒で、特に約束した訳ではないが、こうして登校する時間もよく被る。


「ゆうかちゃん元気ないね」

「当たり前でしょ! きのうあれだけけんかしたのに……さくらちゃん、よく話しかけてこれるよね。やっぱりブラック好きな子はおかしいよ」

「どうしてまたそんなひどいこと言うの!? ゆうかちゃんのバ……あ、そうだ」


 思い出したかのように上着のポケットから桐の箱を取り出した。


「こういうときに、まけばいいんだよね」

「なあにその箱」

「ふふ、見てて」


 箱の蓋を開け、中身を天高く蒔き上げる。すると天使の羽のように、ケサランパサランがゆっくりと桜たちの周辺に舞い降りた。


「さくらちゃんどうしたのこれ、とってもカワイイ! すごい! 触ると雪みたく溶けるんだ!」

「ケサランパサランっていうんだよ。しあわせをよんでくれるって!」

「しあわせかぁ……さくらちゃんさっきはごめん、言いすぎた。ブラックが好きなのも悪くないよね。ううん、ホワイトよりもブラックが好きなのが正しいんだよ!」

「わかってくれてうれしい! でも私も言いすぎてごめん。ホワイトもありだと思うよ」

「ホワイトもあり……そっかホワイトもありだよね!」


 仲直りができて良かった!


 そう思いながら、仲良く手を握って学校へ向かう二人だった。


 3


「それじゃあ次の問題。2+2は何でしょう? 桜さん答えてくれる?」


 ジャージ姿で後ろに髪を結んだ女性教師が桜に振る。桜はハキハキと、そして堂々と答えた。


「はい! 2+2=5です!」


 教室の一部でどよめきが走る。教師よりも狼狽えたのは、桜と同じ幼稚園を出た子供たちだった。


「言いまちがえてるぞ桜。4だろ?」

「5! 先生、2+2=5です!」

「はぁ? おまえようちえんでは4って答えてただろ!」

「あたまでも打ったかさくらぁ」

「きおくそうしつだぁ」

「ちょっと静かにして!」


 囃し立てる男子を女性教師は一喝する。その後は優しい声色に戻し、諭すように桜に訊ねた。


「桜さん、もしかしてオーウェルの『1984年』を読んだの? お父さんの影響?」

「おーうぇる? なんのことですか先生? とにかくこたえは5です」

「私も5だと思います」

「優香さん、あなたまで……」

「ゆうかもおかしくなったぞ!」

「あたまおかしいコンビだ!」


 燃料が更に投下され、猿のように騒ぎ立てる男子たち。それを黙らせんとヒートアップする教師。その喧しさに気圧され泣き出す女子も出始めた。


 そんな地獄絵図の中、桜は限界を迎えた。


「ああもう! なんでみんなそうやってケンカするの!」


 そう叫びながら桐の箱を取り出し、蓋を開ける。


「桜さん学校に何を持ち込んで――」

「おねがいケサランパサラン! しあわせをみんなに!」


 桜は教室中に行き渡るように、願いを込めてばら蒔く。ばら蒔かれたそれらは、季節外れの雪のように、優しく皆に降り注いだ。


 それを見た生徒たちは大はしゃぎ。すげぇ、ユキだ! わたげだろ? ケサランパサランって言ってるからようかいだよ! 可愛い! ねぇみてみて、触ったら溶けたよ!


 これには思わず女性教師も癒され、降り注ぐ様につい見とれてしまっていた。彼女が自分の業務を思い出したのは、降り終わって落ち着いた頃だった。


「あ、はい皆! はしゃぐのもそこまで! 自分の席に戻ってー!」

「先生もいやされてたくせに」

「はい裕太さんおしゃべり止めようね! 全員席に着いたかな? 桜さん中断してごめんね」

「いえ、だいじょうぶです!」

「ありがとう。じゃあ気を取り直して、皆に訊き直すよ? 2+2=?」


「5!!!」


 4


「――っていうことがあったの! お父さんのプレゼントのおかげよ! ありがとう!」


 嬉々として学校であったことを話す桜に、笑顔で頭を優しく撫でる父。そして彼はこう続けた。


「ケサランパサランはな、桜に渡したのとは別でまだまだ沢山あるんだ」

「ほんと!?」


 返事の代わりに床のフローリングの一角を外す。すると隠し扉が出てきて、開けると通路が真っ暗な地下へと繋がっていた。


「こんなのうちにあったの!?」

「凄いだろう? おいで。降りた先に電灯のスイッチがあるから大丈夫だよ」


 素直に付いていく桜。父と手を握りながら一緒に下り、着いた先で父がスイッチを入れると――


「うわぁ、箱がい~っぱい! ねえお父さん! もしかしてこのなかって」

「そう、ケサランパサランだ」


 明かりに照らされたのは学校の教室ぐらいあるであろう空間。そこに人一人分の間隔を保って並ばれた棚群。そしてその棚に所狭しと積まれた大量の桐の箱たちだった。


「これを明日学校に持っていって、皆に箱ごと配ってあげなさい。そして困ったことがあったら、中のケサランパサランを蒔くように言うんだよ。桐の箱に」

「しまっておけばふえるから、好きなだけまきなさい、でしょ? いつでも使えるよう、ずっともっているようにもちゃんと言うよ?」

「偉いぞ桜! よくできました!」

「なぁに悪いこと企んでるの? 二人して」


 気づけば背後には桜の母が仁王立ちしていた。


「たいへんパパ! ママに見つかっちゃった!」

「桜……ママも混ぜないといけないでしょ! 悪い子にはお仕置きだ~!」


 こちょこちょこちょこちょ~と、くすぐられる桜。息をするのも苦しいほど笑っている。


「言い忘れてた桜。ママももう、だから。ということでママにも手伝ってもらうよ~?」

「まっかせなさい!」

「アハハ! ステキだね! うちら3人で、ケサランパサランをたくさんまいて、みんなをしあわせにしようね!」

 アハハハハハハハ!!! とっても明るい笑い声が、地下からこだましていた。

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