第7話「変化する気持ち」






   7話「変化する気持ち」






 周に抱きしめられ泣いていると、少しずつ思い出した悲しみが薄れてきた。もう大丈夫だと思えるから不思議だ。

 しかし、自分より年下でしかも異性の胸を借りて泣いてしまった事に、吹雪は気恥ずかしさを覚えてしまう。

 けれど、そんな風に思っても後の祭りだ。今でも、周は優しく頭を撫でながら抱きしめてくれている。本当にどちらが年下なのかわからないなと思った。



 「あ、あの………周くん……」

 「ん?」

 「もう、大丈夫だから………そのありがとう」



 吹雪は恥ずかしがりながら彼の体から離れる。すると、温もりがすぐに冷めてしまい、寂しさを感じてしまった。けれど、そんな事を言えるはずもなく、吹雪は苦い表情のまま彼を見た。



 「ごめんね……年上なのに、泣いちゃって………」

 「俺が泣かせたかったから」

 「え?」

 「吹雪さんは泣いた方がすっきりするんじゃないかと思ったから……だから、俺が泣かせたんだよ。ごめんね、吹雪さん」



 周はごく自然のそう言って小さく頭を下げた。

 そんな事など吹雪が思うはずもないし、彼は話しを聞いて慰めてくれた。「それは違うよ」と言ってしまうのは簡単だけれど、その言葉は彼の優しさからくるものだ。それを無下には出来ない。それに、吹雪は気恥ずかしさよりも、嬉しさが勝って思わず微笑んでしまった。



 「ありがとう、周くん」

 「…………」

 「………周くん?どうしたの?」



 何故かポカンとした表情で吹雪を見たまま固まってしまったので、吹雪は彼の顔を覗き込み声を掛けた。すると、周はハッとして少し頬を赤くした。



 「ご、ごめん………泣いた顔より笑った顔の方がやっぱり可愛いんだなって思って」

 「………っっ………」

 「だから、これから泣かせないようにするね。吹雪さんのためにも、俺のためにも」

 


 ポンポンと、頭を優しく触れるように撫でた周。そんな彼を見て、吹雪は思っている事がポロッと言葉になって出てしまった。



 「………それはホストの台詞なの?」

 「え?」

 「…………ごめん。何でもないよ」

 「え、台詞っぽかった?じゃあ、吹雪さんドキドキした?良かった?」



 満面の笑みで微笑み、そう問い詰めてくる周。それを見て、先ほどよりもずっと嬉しそうに見ててしまい、吹雪は面白くなくなってしまった。



 「………ドキドキしてないよ」

 「だよね………残念だなー」



 プイッと怒ったように顔を背けてそう言うと、周の落胆した声が聞こえてきた。

 本当は、ドキドキしたなど彼に伝えられるはずがない。伝えたくない。吹雪はそう思ってしまったのだった。











 周と出会ってから、吹雪の生活は一変した。

 仕事に行って、家事をして好きな本を読んで1日を終える。それは変わらない事かもしれない。

 けれど、その中に突如として現れた年下の周。次に会った時はどんな言葉を言われるのか。どんな事をするのだろうか。彼の事を考える時間が増えてきたのだ。



 しかし、その度にドキドキしては、現実を思い出す。

 彼の言葉は仮初めのもの。女の子をドキドキさせる言葉を彼は選んでいるのだ。

 ホストの練習台になる。吹雪は、甘い言葉を代償に貰う事でそれを引き受けたのだ。

 その事実を思うと、吹雪はため息が漏れてしまうのだった。


 



 「次、会える日は吹雪さんも俺も休みの日なので、デート行こう、ね?」

 「え………」



 彼の言葉と笑顔に、吹雪は驚きそして思わず頬が緩んでしまう。

 デートというのは、恋人や夫婦、そして付き合う前の想い人とするものだろう。吹雪はそう思っていた。それだけに、そのデートという言葉で、彼の気持ちが気になってしまった。



 「あれ……ダメかな?」



 吹雪、驚き返事に困っていると周は残念そうな表情を見せた。子犬が何かをねだるような顔をする周に、吹雪は弱かった。

 けれど、それを我慢して吹雪は彼に理由を聞くことに決めた。



 「………どうして急にデートなの?何か訳があるの?」

 「えっと………理由ならありますよ。ホストって同伴あるじゃないですか」

 「同伴……?」



 聞き慣れない言葉に、吹雪は首を傾げた。

 すると、周は「あ、そうですよね」と優しく微笑み、その言葉の意味を丁寧に教えてくれた。



 「お店に行く前に、お客さんと外で会う事があるだ。買い物をしたり、食事をしたり……デートのような事をするんだよ。そして、そのまま2人でホストのお店に行く事を同伴って言うんだ」

 「………そんなシステムがあるんだ」



 ホストの店に行く女性は、吹雪のように一時の甘い時間が欲しくて訪れる人も多いはずだ。けれど、中にはホストに恋をする人もいるだろう。もしそんな想い人とお店の外でも会えるとなったら、希望する人は多いだろうな、と吹雪は思った。



 「だから、よかったらデートでその雰囲気を知っておくのもいいかなって思って」

 「そっか……いつかは同伴する事になるんだもんね」

 「……たぶん。少し人気が出れば、かな……」

 「いいよ。デートしようか」

 「本当に!?よかった!」



 その日もカラオケショップで話をしており、吹雪と周の距離は近いものだったが、デートの承諾をすると、周は吹雪の手を取ったので更に近いものになった。


 いつか、周はホストでも人気になるのではないか。純粋さもありながらも、サラリと女の子が喜ぶ事を言ってくれる。少し恥ずかしい台詞も多いけれど、それもまた楽しいのかもしれない。

 そうしたら、可愛い女の子とお酒を飲み、デートをして、その相手にも甘い言葉を囁くのだろう。

 その姿を想像するだけで、胸がキリキリと痛んでくる。



 「吹雪さん?どうかしました?」

 「え?何でもないよ。ホストさんと同伴デートなんて体験出来ることじゃないから楽しみだなって思って」



 声だけは弾み楽しそうに聞こえたはずだ。

 けれど、表情はどうだろうか。

 自分は笑顔で答える事が出来ているのだろうか。固まった笑みを見せながら、吹雪は周を見つめる事しか出来なかった。



 もう彼との関係を続けられるのか。

 吹雪は不安に思いつつも、彼に会う日を心待ちにしてしまっているのだった。







 

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